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魂魄を運ぶクジラ


 仁平3年(1153年)1月


 じいちゃんの調子が良くない。


 昨年のあの忌まわしき宴の後あたりから、じいちゃんは徐々に調子を崩していった。

 いつもならじいちゃんが出席していた行事も清盛パパが代わりに出るようになった。


 僕は病蟲や病鬼の仕業じゃないかと様子を見ているが、そういったものの干渉は無い。あったとしても、僕がどうにかする前にじいちゃんに憑いている手乗りクジラが飲み込んでしまっている。


 そんな状態が昨年の春から続き、秋になっても変わらず、冬になると悪化の一途をたどった。


 じいちゃんの病が篤いことは、早い段階から宮中でも知られるところとなった。

 各所から多くの見舞いをいただいたり、修験者や高僧を紹介いただいたりした。

 あと、じいちゃんの四男・教盛殿が従五位上に、五男・頼盛殿が正五位下に叙されたのも、じいちゃんの病と無関係ではないのだろう。


 じいちゃんも自身の死を悟ったかのようで、僕に刑部卿の辞表を頼長様に渡すよう託した。

 僕から辞表を受け取った頼長様は、しばらくの間、じっとその辞表を見ていた。そして静かに僕の肩を2回たたいてくれた。

 僕は静かに頭を下げた。


 邸宅に戻るとじいちゃんが髪を剃っているところだった。

 別室でばあちゃんも出家の最中らしい。

 この時代の人たちは、死の直前に出家する。間に合わなくても死後に戒名を与えて出家する。これは現代の葬式仏教とも同じか。

 出家を死への旅立ちと同義と考えているのだろうか。


 そんなことをぼんやり考えながらじいちゃんを見守っていたら、出家の儀は終わったらしく、僧たちが退室していった。


 部屋に残ったのは僕とじいちゃんだけ。なんとなくじいちゃんの側に座った。じいちゃんは苦しそうというよりは、静かに命を削られているかのように、徐々に弱ってきている。


 じいちゃんは、そっと僕のほうを見た。


 「重盛、平氏を頼んだぞ。」


 「うん、必ず守るよ。」


 「・・・清盛はな、あやつにも同じように言ったのじゃが、清盛は栄華を極めてみせると言いおった。そなたは、守る、と言うのじゃのう。」


 それは視点の違いだろう。清盛パパは底辺から上がっていく平氏を見ているし、僕は平氏が隆盛し、没落していくのを知っているから、その没落を防ぎたいと思っているから「守る」なのだ。


 「じゃが、覚悟は逆でのう。清盛には、いや、わしにもじゃが、摂関家や王家、寺社に遠慮や畏怖をもっておる。対立するにはそれなりの覚悟をもって挑む。しかし、そなたは、遠慮はあっても畏怖がないように思う。違うか? 寺社を上回る武力があれば、さほど覚悟がなくとも、利さえあれば寺社を潰すであろう?」


 一緒に湯治に行ったときに話したことを、じいちゃんなりに考えてくれたのだろうか。確かに寺社に畏怖はない。王家にも現代の天皇家と違って敬うという気持ちがそこまで大きくはない。けど、別の懸念もあるんだ。


 「じいちゃん、僕は確かに寺社にも王家にも畏怖はないよ。だけど覚悟なく対決できるかというとそうじゃない。僕は人を殺すことについてためらいがあると思う。そのことについての覚悟は必要なんだ。」


 「ふっ、それは自分で乗り越えるしかないのう。」


 じいちゃんは目を閉じた。少し話しすぎて疲れたのかもしれない。


 昼過ぎ。いつもなら軽く何か食べるところだけど、何か予感があったのか、そのままじいちゃんの側にいた。


 僕との会話の後からずっと眠っていたじいちゃんが目を閉じたまま、両手を自分の頭にやった。


 「!!」


 じいちゃんは自分に憑いている手乗りクジラを持ち上げると胸のあたりにもってきて、クジラの頭をそっと撫でた。


 「ずいぶん、世話になったのう。お主が何者なのかは知らんが、わしは守護獣のように思うておった。これからは平氏を見守ってくれるとうれしい。」


 じいちゃんにはあれが見えていた。衝撃の事実だ。いろいろと聞いてみたい。

 だけど、その時間はもう残されてはいない。


 太陽がわずかに西に傾きはじめたころ、じいちゃんは息を引き取った。


 じいちゃんの胸のあたりにいたクジラが、ぽんぽんとじいちゃんの胸をたたくと、じいちゃんの体からうっすら光る玉のようなものが出てきた。

もしかして魂魄こんぱく


 クジラはその光の玉を抱きながら、ゆっくりとかき消えていった。

 黄泉へとじいちゃんの魂魄とともに行ってくれるのだろうか。


 なあ、お前たちも、僕が死んだら、僕の魂を運んでくれるのかい?

 側にいる3匹の狼を撫でながら心の中で思った。



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