遊び人は仲間になった
仁平2年(1152年)3月
今日は、挨拶は無しだーーー!
何で朝から追いかけっこせにゃならんのだーー!
僕は宮中を必死で走っている。ちょっとでも立ち止まろうものなら、
「まってよ~」
ほら、きやがった。雅仁親王だ。今様好きの変な人だ。
あいにく、今日は死角がなかなか見つからなくて、あっても人がいたりして、幽世に逃げ込めていない。
「ぜはあ、ぜはぁ、もう、無理。」
ああ、遂に僕の足は止まってしまった。
「待ってくれたんだね~。感謝。」
雅仁親王は、すぐに僕との距離を詰め、目の前でぴたりと止まると、爽やかな汗を額に光らせながら姿勢を決める。
なんなんだ、この人は。何でこんなに体力を有り余らせてんだよ。
「今様をたしなんでるとね。肺が鍛えられるのさ。」
聞いてもないのに答えてくれる。
「さあ、今日こそ今様をこよなく愛する会に入ってもらうよ。」
前に聞いたのと名前が変わっている気がするけど突っ込まないぞ。突っ込んでも何も良いことなんて無いとしか思えない。
「ねえねえ君さあ、先月の鳥羽法皇の50歳の御賀でさあ、演奏に合わせてこっそり踊ってたでしょ? 音楽好きなんでしょ? ボクと一緒に今様やろうよ。」
しまった。うっかりステップを踏んでしまったのを、一番見られてはいけない人に見られてしまった。
そして親王様は僕がしまった、という表情をしたのを見て、いけると思ったらしい。
「じゃあさあ、ボクと今様勝負をして、ボクが勝ったら君が入会するということで。」
言うだけ言うと、いきなり一曲披露しはじめた。
騒ぎを聞きつけた野次馬貴族たちが、わらわらと集まりだした。いいネタにされそうだ。
「――っと。どうだい? 次は君の番さ。」
僕が周りを気にしているうちに、歌い終えたようだ。
しかし、今様の持ち歌なんて無いぞ。どうする?
いや、1曲使えそうなのがある。
「では、いきます。――っ♪」
「な、なんだこれは、新曲か!?」
野次馬貴族たちが騒ぐ。
「いや、古今和歌集だ。だいぶ編曲してあるがな。」
ん? この曲って、古今和歌集なの? 新事実発見だ。
歌い終わると野次馬貴族たちから歓声がおこる。拍手の習慣は無いようだ。
しかし、よかった。なんとか評価してもらえたようだ。僕が歌ったのは「君が代」だ。この曲が僕の知っている曲のなかで今様に近いイメージがあったからだ。
まさか古今和歌集が出典だとは知らなかったけど。
「素晴らしかったよ!」
振り向くと雅仁親王が感動したのか、目を潤ませながら立っていた。
「これで君も今様を共に歌う会の会員さ!」
くうう!どうやら勝負に応じるというのは悪手だったようだ。
悔やんでももう遅い。
その数日後には、鳥羽法皇の御賀の後宴で雅仁親王と共に今様を披露させられる羽目になった。
後宴に参加していたじいちゃんと清盛パパは、あんぐりと口を開いて今様を披露する僕を見ていた。