職業は遊び人
久安7年(1151年)
こんにちは、平重盛です。
出仕すると宮中に変な人がいた。
朝っぱらから一人大声で歌っているのだ。ただの変人かと思ったが身なりは非常に良い。
貴族の中には、急に立ち止まって和歌を詠む人はいる。でも歌を大声で歌っている人は初めて見た。
しかもこの時代では聞いたことのない曲調だ。強いていえば現代の曲に近い感じがしないでもない。
「今様じゃな。」
「ぬおっ!」
僕の背後から、ぬっと現れた人が訳知り顔で言った。
誰だっけか、この人。どこかで会ったような・・・。
「今様ですか?」
とりあえず話を合わせておこう。
「うむ。最近の流行らしいぞ。素朴な歌いぶりであろ。あれがうけておるらしい。ま、あそこまでする酔狂な者はそうそうおらんがの。」
扇で口元を隠しながら、ヒソヒソと教えてくれた。
「で、あれはどこのどなたで?」
相手は呆れたような顔をした。
「何じゃ、知らぬのか。雅仁親王じゃ。」
「親王様ですか。吃驚しますね。」
「そうじゃろう、そうじゃろう。おっといかん、朝議に遅れる。ではの。」
どこぞの誰かは、満足したのかスススと去って行った。
いや、あんた何者だよ。
「ねえ、君。」
「ぬわっ!?」
またしても背後からぬっと現れた男に声をかけられ、驚いてしまった。
しかもさっきまで話題にしていた雅仁親王ではないですか!
「な、何か?」
まずい、これでは挙動不審すぎる。
しかし、雅仁親王は、気にするふうでもなかった。
あごに手をあて、格好よくポーズを決める。
「君、今様に興味はないかい? 今なら無料で今様を愛する会に入会させてあげるよ。」
「いえ、結構です。では。」
皇族相手に、思わず冷たい返事をしてしまったが、僕は悪くないと思う。
一刻も早く立ち去ろうとする僕に親王様がすがりついてくる。
「待って! 今ならボクが作った曲集をプレゼントするよ。」
「いや、要りませんから。仕事があるので離してください。」
しつこいな、この人。走って逃げるか。
急に走り出した僕を「待ってよー」と言いながら親王様が追いかけてくる。
建物の角を曲がったところで、すばやく幽世に転移した。これで追ってはこれまい。そのまま幽世を通って、職場へと向かった。
「・・・と、いうような事があったのですよ、左府様。」
書簡整理をしながら、事の顛末を頼長様に報告した。
「ただの遊び人だ。まあ、することが他にないのだ。放っておいてさしあげよ。」
「はあ、左様ですか。」
頼長様はあまり関心がないらしい。読んでいる書物から目を離さずに会話されるのは、関心がないときの頼長様の癖だ。
そんな頼長様がふと顔をあげた。
「今様といえば、忠正も好んでおったな。」
「忠正・・・様、ですか。」
誰だっけ?
「知らんのか。そなたの大叔父だ。我が家の家人をしておるのだが・・・。そういえば忠正は、そなたの父や祖父とは疎遠であったな。」
聞けば去年、頼長様の若君・師長様の元服の儀がなされたそうなのだが、その後の宴で忠正殿が今様を披露したらしい。
ちなみにじいちゃんも清盛パパも出席していない。
・・・あれ?
じいちゃんって、頼長様から距離とってる?
平氏でも保元の乱の下地ができつつある?
ちょっと待って。じゃあ、僕の立ち位置って・・・ちょっとまずい?