一「ゆうちゃんはかわいい」
以前文学フリマにて、別名義で頒布していた作品です。
彼女は、どうして泣かないのだろう。
真っ赤に腫らした目で、ポカンとしている彼女を僕は見つめる。
何でこんなに暗い雰囲気なのか、何で僕や皆が泣いているのか、どうやら彼女には皆目見当もつかないようで、辺りを見回しながら首を捻っていた。
「ねえ、正助君」
ああ、今にも明日は暇? だなんて聞いてきそうな声音だ。何でそんな風でいられるんだと怒鳴り散らしそうになったけど、何とかこらえて僕は返事をしてやる。
「……何?」
「明日は暇かな? 私皆で行きたい場所があるんだけど」
当たって欲しくなかった予想が見事に的中して、僕は思わずため息を吐きそうになる。
「ゆうちゃん……」
皆でって、皆って、誰だよ。
明日は、葬儀だ。
「この間駅前に出来たケーキバイキング、友達がおいしいって言ってたの、思い出したんだよ! 私ね、あのチョコレートでマシュマロをくるくる~ってするやつね、やってみたくて――」
「ゆうちゃん!」
思わず声を荒げた僕に、ゆうちゃんの小さな肩が跳ねる。もう、我慢の限界だった。
「こんな時に何言ってるんだよ……ケーキバイキングなんて、よく今そんなこと言えるよ……一体どうしたんだよ!」
くりくりとした大きな瞳が滲む。白いカーディガンが小刻みに揺れて、栗色のボブカットが頭を垂れた。
「正助君……どうして怒るの……? 意味わかんないよ……」
「意味がわからないのはゆうちゃんの方だよ。大体、こんな時に何でそんなラフな格好してるんだ!」
なるべく声を荒らげないように気をつけていたけど、どうしても怒気がこもってしまう。
だけどその怒気は、彼女からすれば見当違いのものだ。
だって、その時、彼女の中では。
「勝彦君もっ……行きたいって言ってくれてるよぅ……」
「勝彦……が……? ゆうちゃん、何を……」
賀上勝彦は死んでなどいなかったのだから。
見えている世界が、彼女は違うんだ。そう気づくことがその時は出来なくて、僕は彼女を怒鳴り散らした。僕だって気持ちがしんどくて仕方がないのに、何でそんなわけのわからないことを言うんだと、彼女の状態なんて考えてもみないで自分本位に怒声を浴びせた。
気づけば僕は滅茶苦茶に泣いていて、後ろから姉さんが僕を取り押さえていた。
賀上勝彦、享年十四歳。僕の親友で、幼馴染で、ゆうちゃんの大切な人。
あの日僕らの胸には、埋めようがない穴が空いた。
一「ゆうちゃんはかわいい」
「ああ、うん、今から行く」
「わかってる、勝彦ならちゃんと連れて行くから」
「うん、うん、一旦家に荷物置いて行くから、もう少しだけ待ってて」
ゆうちゃんには、彼氏がいる。成績優秀で野球部のエース、絵に描いたようなサワヤカイケメン優等生の彼氏だ。僕の幼なじみ、ゆうちゃんこと向日葵遊菜にはそんな神様から二物どころか何物ももらってしまったような彼氏がいる。
僕、灰神正助とゆうちゃんとその彼氏、勝彦は小さい時からの幼なじみだ。もう物心ついた時から遊んでいて、何歳の頃に出会ったかさえ判然としないくらいだ。そんな三人の中でゆうちゃんと勝彦だけ付き合っている……そんな状況が僕のメンタルにどれくらいの影響を与えているか、今更真面目に考えるのも億劫だ。
ゆうちゃんはかわいい。本当にかわいい。とろんとしたタレ目もちょっとだけ丸っこい顔も愛らしい。栗色のボブカットからはいつもシャンプーの良い匂いがするし、服もなんだかいつもふわふわひらひらしていてとにかくかわいい以外に言葉が見つからない。
僕は、ゆうちゃんが好きだ。それは今のところ叶わない恋なのだけど。これから話すのは、そんな叶わない恋をする僕の物語だ。
僕の家は少し前から片親で、今は父さんと姉さんが働きに出ている。工場の現場で働いている姉さんは休みが基本的に不定期で、土日に休んでいる時もあれば平日に休んでいる時もある。今日は後者だったみたいで、家に帰ると、明日は休みなのかリビングの机で幸せそうに一升瓶を握りしめていた。
「お帰り少年、一緒にどうかね」
「昼間っから酒あおった挙句未成年の弟にほとんど空の一升瓶を差し出す姉があるかよ!」
「あおってないよ、ちゃんと味わって大事に飲んでる。正助、冷蔵庫からもう一本取ってきて」
「はいはい……って」
よく見ると姉さんの足元には軽く五、六本は空の一升瓶が転がっていた。
「大事にちゃんと味わって飲んだ奴の足元とは思えない」
「いやいや口の中でねぶるようにして飲んだよ」
「そこら辺の詳細は言わなくていいから」
これだけ飲んでちょっと顔が赤いくらいですんでいるんだから、姉さんのアルコール耐性はどうなってるのかよくわからない。
「おいおい少年はやくビールを取って来ておくれ。そろそろ日本酒よりビールが飲みたいのだよ」
「わかったわかった。持ってくるから、これでやめにしときなよ」
考えとくーだなんて曖昧な答えを返す姉さんに、冷蔵庫から取り出したビールの瓶を渡してすぐに自室へ向かう。荷物を置く以外に特に用もないのですぐに部屋を出てゆうちゃんのところへ行こうとすると、その背中を姉さんに呼び止められた。
「お酒買ってきてくれんの?」
「……未成年なんだけど」
「はやく制服脱ぎなよ、それは代わりに姉さんが着ておいてあげよう」
「何が悲しくて実の姉に自分の学ランでコスプレされなきゃいけないんだ……」
「似合ったらどうするつもりなんだい。試しもしないでそんな寂しいこと言うんじゃないよ」
そういう問題じゃないし似合ったら似合ったでコメントに困る。
「それで、結局どこに行くのさ」
「ああ、ちょっとゆうちゃんのとこに行ってくるだけだよ」
それを聞いた後、姉さんはしばらく思案するような表情見せたけど、すぐにふにゃりと笑みを浮かべる。
「はいはい、じゃあ遅くならないね。しかし少年はゆうちゃんにベッタリだねぇ」
「……うるさいな。良いだろ別に、幼なじみなんだし」
「男同士ならね。でも男女の幼なじみでベッタリなら話は別だよ少年。頼むから姉さんより先に大人にはならないでおくれよ」
「心配しなくても大人の階段は僕には勾配がキツ過ぎる……」
「いやいや、案外何かの拍子にのぼれるモンだよ。ああいうのは気づいたらのぼってるものさ」
それっぽいことを言いながらビールを瓶ごと一口。せめてコップか何かに入れて飲んで欲しいものだが、大体姉さんはいつもあのままグイグイと酒を飲む。
「いいかい少年。姉さんはね、今普通にやばい。工場現場なんて男ばっかりだってのに入社以来まったく浮いた話がない。しかもつい昨日、昨日のことだよ、姉さんはね、振られてね、それがね、もうね、悲しくてね」
「テンポ悪いから急に文節で区切り始めるんじゃない」
ていうかじゃあそれやけ酒じゃねえか。
あれからしばらく酔ったまま絡んでくる姉さんをどうにか振り切り、僕は少し急いでゆうちゃんの家へと向かう。ゆうちゃんの家は僕の家から徒歩五分。インターホンを鳴らすとすぐにおばさんが出てきて中へ入れてくれる。
「ごめんね正助君、いつもいつも……」
「いやそんな、気にしないでよおばさん。ゆうちゃん、部屋?」
僕の言葉にええ、とだけ答えるおばさんの表情は本当に申し訳なさそうで、僕が少しでも強気に出ればすぐに土下座でもしてしまいそうな程だった。そんな顔されたら、僕だって申し訳ない。おばさんがそんなに謝る必要なんてないし、誰にも何の責任もない。誰かに追及出来れば楽だとは思うけど、そういう事柄に限って責任者はいない。強いて言うなら神様くらいか。かと言ってどこのどの神様に追及すれば良いのかさえわからなかった。
「上がって良い?」
「ええ勿論。お菓子とジュースはもう置いてあるから、好きに食べてね」
「いつもありがとうございます」
これ以上はまた謝られそうだったのもあって、僕はおばさんの言葉も待たないですぐにゆうちゃんの部屋に向かった。
ゆうちゃんの部屋は二階にあって、ドアノブには「ゆうなのへや」と書かれたかわいらしいプレートが提げられている。
静かにドアをノックすると、「はーいどうぞー」と甘ったるい声が返って来る。もうこれだけで鼓膜が砂糖まみれになったかのようだ。
「ゆうちゃん」
言いながらドアを開けると、待ちきれなかったとでも言わんばかりに満面の笑みを浮かべたゆうちゃんがドアの前で待っていた。
この染み込むような笑顔。綺麗な絵の具を紙に染み込ませるようにじんわりと広がる笑顔だ。これが見れただけでも僕は今日まで生きてきて良かったくらいには思う。
「勝彦君!」
だけどその時ゆうちゃんの目は、信じられない程に遠くを見ていた。僕の方を向いてはいても、決して僕を見てはいない。ゆうちゃんの視線がどこにあるのか、目の前にいる僕にも全然わからなかった。
「ありがとう正助君、勝彦君を連れて来てくれて」
「ああ、うん、気にすんなよ。僕は席、外した方が良いか?」
「とんでもない、おもてなしだよぉ」
そう言いながら部屋に入るよう手で促すゆうちゃんに従って、僕はゆっくりとゆうちゃんの部屋に足を踏み入れる。淡いピンクのカーテンやカーペット、ふりふりした装飾の小物、あからさま過ぎるくらい”女の子”な風景は、僕にとっては異世界みたいなものだ。景色も、音も、匂いも僕が普段見るものとは違う、触ればふわふわで、テーブルの上にあるのは甘いチョコレートにオレンジジュース。僕とゆうちゃんのいる世界は、何もかもが違うように思える。
「ほら座って座って! あ、隣はダメだよ?」
「わかってる、ゆうちゃんの隣は」
「勝彦君の特等席!」
そんな話をしながら、僕とゆうちゃんは向かい合って座布団に座る。
「ほら飲んで飲んで! 私のおごりだよぉ」
いやこれ多分用意してくれたのおばさんだよね。そんな野暮な言葉をオレンジジュースと一緒に喉へ流し込んで、僕は一息吐いた。
「おいしい?」
「おいしい。甘くってたまらないな、最高だよ」
「自信作です」
えへんとあんまりない胸を張るゆうちゃんが本当に愛おしい。僕はおっぱいは好きだけど神は二物をあんまり与えない。与える場合は結構稀だ。ゆうちゃんはおっぱい以外のとこで何物かもらってるしこれで良いと思う。まだ十五だし。
「ごめんね勝彦君、既成品ばっかりで。その内ちゃんとクッキーとか焼けるようになって、いっぱいおもてなしするからね」
「待て」
「なぁに?」
「僕には既成品のオレンジジュースが自信作で、勝彦には手作りクッキーでおもてなしなのか?」
「そうだよ?」
くっ……こいつ悪びれた風もなく……!
「私がコップに注いだ自信作です! 良い感じの分量でしょ?」
「ああ、完璧だ。素人ならこうはいかない。僕はゆうちゃんがコップに注いだオレンジジュースが飲めて本当に幸せだ」
「えへへー」
えへへー、はかわいいんだけどこのキャラでやってけるのかな高校……。嫌ないじられ方しないと良いけど。
「そういえば、入学初日はどうだった? クラスの皆とは馴染めそうか?」
「わかんないけど、勝彦君と正助君がいてくれるから平気だよぉ」
そう言わずにきちんと友達を作って欲しい、というのが僕の気持ちなんだけどその前に僕の友達がいないんだよな、クラスに。
うん、僕もゆうちゃんがいてくれるから平気だよぉ。
「……正助君今気持ち悪いこと考えなかった?」
「正助君が気持ち悪いことなんか考えるわけないだろ」
頷いてもらえなかった。
ゆうちゃんとひとしきり話した後、丁度日も暮れてきた辺りで解散になった。あんまり放っておくと姉さんがあのままやけ酒し続けそうだし、多分夕飯も僕が作らないと駄目だアレ。
そう思ってやや足早に階段を降りていると、おばちゃんに呼び止められる。
「遊菜……どうだった……?」
「どうって言うかまあ……いつも通りだったよ。今日も元気そうで安心した」
「そう……ごめんね……いつもいつも、遊菜に合わせてくれて……」
「だから気にしないでって。無理してるわけでもないし、僕はむしろゆうちゃんと話す口実が出来て喜んでるくらいだよ」
嘘だ。
そう言って内側からかきむしろうとする僕を黙らせて、僕はおばちゃんに別れを告げた。
ゆうちゃんの時間が止まってから、もう一年経つ。
賀上勝彦……僕の友人で、当時ゆうちゃんと付き合っていたアイツは、何の前触れもなく交通事故で死んだ。成績優秀で野球部のエース、絵に描いたようなサワヤカイケメン優等生だったアイツは皆に愛されていて、皆沢山泣いて、悲しんだ。アイツがもういないことを受け入れるまで時間がかかったけど、僕はひとまず気持ちの整理がついてきている。
だけどゆうちゃんは、あの日から止まったままだった。
「しかし少年はアレだね、一途過ぎやしないかい?」
一升瓶を没収された姉さんは、不服そうにノンアルコールビールの缶を右手でつまみながらそんな言葉を投げかけてきた。
洗い物中で手が離せないから、僕はとりあえず振り向かないまま返事をする。
「ほっとけよ。僕は、その……傍にいられればそれで良いんだよ」
「乙女か少年。少女だったのか」
「ああもうそれで良いよ、いたいけな妹をいじってないではやく寝ろよな」
「いやだなぁウインナーぶらさげた妹は」
「寝ろっつってんだろ酔っぱらい!」
いやまあ、僕のフリも悪かったか。
父さんは出張で家にいないことが多く、大体家には僕と姉さんしかいない。父さんがいない時の姉さんはこんな感じで言いたい放題の飲み放題だ。父さんさえいてくれればこの馬鹿姉をしっかり制御してもらえるんだけど、基本的にそうはいかない。ウインナーをぶらさげたいたいけな妹は、今日も酔っぱらいに付き合うはめになる。
「でも正直な話、姉さんは本当に心配だよ。遊菜ちゃんの事情はわかるけど、姉さんの弟は正助だからね。姉さんは正助には自分のことを優先して欲しいのさ」
不意に、今までふざけていた姉さんが声のトーンを落とす。
「……別に、自分のことを後回しにしてるわけじゃないよ」
「……それに誤魔化し続けたって、遊菜ちゃん自身のためにもならないよ」
蛇口を捻って水を止めて、僕は小さく溜息を吐く。
姉さんの言っていることは間違っていない。今は何とかなってるけど、いつかゆうちゃんだって気づくことになる。もう勝彦はいない、今まで自分が見ていた勝彦が妄想の産物だってことに。きっとそれは、気づくまでが遅ければ遅い程ゆうちゃん自身を激しく壊してしまう。
だけどその現実を突きつける勇気が、今の僕にはなかった。
多分そうすれば、僕自身をも壊してしまう気がしていたから。
「でも僕は……今ゆうちゃんを傷つけたくないんだよ」
「そーかい」
諦めたようにそう言うと同時に、後ろで缶を机に置く音がする。
「まあ、それならそれでも良いけどさ。でも、女の子は別に遊菜ちゃん一人じゃないし」
「……それくらいわかってるけど、でもこういうのって理屈じゃないだろ」
僕だって別にゆうちゃんに固執しなくて良いだろ、とは何度も思ったけど、結局ゆうちゃんが好きなまま季節は巡ってしまっていた。
「少年、それよりもこっちを見たまえ」
「ん……?」
急に何だ、と訝しげに後ろを見ると、いつの間にか姉さんが立ち上がって妙なポーズでこちらを見つめていた。
「振り向かない少女よりもえっちなお姉さんはどうだい? 自分で言うのもなんだけど、結構性的な身体をしていると思うん……だっ」
そこには、だっの発音と同時にセミロングの黒髪をかきあげ、わりかしある胸を強調する馬鹿姉がいた。これと血がつながっているのが僕は悲しい、とても悲しい。
ああ、でもぷるんぷるんしてる。
「今はすっぴんだけどいつもはもっとおめめもぱちくりしてるんだぜ? えっちな身体に少女のようなあどけない顔立ち、悪くないと思うぜぇ……?」
変な歩き方で歩み寄り、姉さんは僕の耳元で囁く。あんまりぱちくりしてない三白眼で僕を覗き込み、大変酒臭い息を吹きかけてくる。
そしてぷるんぷるんをちょっと当ててくる。
「……姉さん」
「なんだい」
「マジで酒やめてくれないと次は通報するからな」
「つれないなー冗談だよー。少年のウインナーには刺激が強すぎたかねー?」
ぶっちゃけとても刺激的だった。
そんなこんなで姉さんに一途な思いを吐露し、ぷるんぷるんにちょっと刺激された翌日から、本格的に僕とゆうちゃんの高校生活は始まった。一週間も過ごせば、いつの間にかクラス内でいくつかグループが出来てしまっており、入りそびれた僕は当然ぼっちである。こういうのは最初が肝心だとわかってはいたけど、わかっているかどうかと実践出来るかどうかは話が別である。
ゆうちゃんがいてくれるから平気だよぉ。
「正助君今気持ち悪くなかった?」
「正助君が気持ち悪いわけないだろ」
隣でピンク色の箸を止め、何とも言えない表情でゆうちゃんは僕を見ている。おかしいな、中々頷いてくれない。
高校生活が始まってから友達が作れていないのはゆうちゃんも同じみたいで、何だかんだと互いの寂しさを紛らわせるために二人で食堂で弁当を食べている。正確には寂しさを紛らわせているのは僕だけで、ゆうちゃん的にはいつも僕といる時は隣に勝彦がいることになっているようだ。
どうも僕と一緒にいる時だけ勝彦が見えるらしい。
「勝彦君は気持ち悪いって言ってるよぉ……」
「勝彦はそんなこと言わない。アイツは僕のことを一番よくわかっている、僕は気持ち悪くない」
「正直、正助じゃなかったら殴ってるって言ってる」
まさか数年前に本当に言われた台詞を持ってくるとは……!
「そういえば僕はまだ友達出来てないんだけど」
「ふふっ」
「やめろ喋ってる途中で笑うな、まだ続きがあるんだよ聞いてくれ」
「いいよぉ」
「ゆうちゃんは友達出来た?」
その瞬間、ピンクの箸からきれいな卵焼きが落ちる。どうやらまだ食べられていない鮭と恋に落ちたらしい、ダイビング駆け落ちだ。幸せにな、卵焼き。
「……いるよぉ……」
「……いるのぉ……?」
「マブだよぉ……」
「そうなのぉ……? どんな子ぉ……?」
「…………ちょっと待ってね」
シンキングタイム。とりあえず卵焼きは食べてから考えるゆうちゃんだった。グッバイ駆け落ち夫婦。いずれ鮭も卵焼きと同じ所に行く運命だ、ずっと一緒だぜお前ら。
「いなかった……」
「素直でよろしい……」
ゆうちゃんは素直な良い子だ。ああ、鮭がほぐされていく。
「あ、でも、好きですって言ってくれた人はいたよ」
「えぇ……」
今度は僕の卵焼きが落ちた。落ちた場所には何もない。僕の卵焼きは一人だ……なんだか僕みたいだ……。
「ゆうちゃんかわいいからね……わかる……」
「遠山君と、秋原君と、竹田君と……」
「多くない? ちょっと多くない?」
「でも全部断ったよ……私には、勝彦君がいるから」
うっとりとした顔で、ゆうちゃんは平然とそんなことを言う。でも僕には、その目が空っぽに見えて仕方がなかった。隣の空席に、彼女は何を感じているんだろう。僕にはまるでわからない。
「……そっか、そうだよな」
最後に残った卵焼きを食べながら、僕はとりあえずうんうんと頷いた。
その日の放課後、教室に忘れ物をした僕は帰宅途中で引き返して教室に戻るはめになった。すぐに戻ってきたおかげか鍵はまだかかっていない。ついさっきまではあんなに騒がしかった教室だけど、既にもう空っぽで誰もいない。
ま、僕には誰かいようがいまいが関係ないんだけどな、誰も友達じゃないから! ガハハ!
「泣きそう」
ポツリと独り言のように呟きつつ、僕は机の中から教科書を引っ張り出す。これがないと今日の課題に手がつけられない。
教科書を鞄に入れて一息ついていると、不意に教室のドアが開く。一瞬先生かと思ったけど、入ってきたのはクラスで見たことのある女子生徒だった。
「あれ、まだ残ってる人がいたの? そろそろ鍵閉めようと思ってたんだけど」
「……おいおい、鍵の管理なんて委員長じゃあるまいし」
「委員長だよ」
委員長だったか……。まずい、全くわからない。学級委員決める時全く話を聞いていなかったのが災いした。
「灰神君だよね? 合ってる?」
「よく知ってるな、僕の名前なんて」
「それは勿論、クラスメイトだからね」
冗談めかしてわざとらしく眼鏡の位置を直し、彼女は黒くて長い三つ編みを少し揺らして笑って見せる。
「いつも一人でいるけど大丈夫? クラスには馴染めた?」
「馴染めたよ。いつも一人でいるけどな」
「……それは馴染んだっていうのかな……」
「景色に馴染んでれば良いんだよ。僕も立派なこのクラスの景色だぜ」
段々自分で言ってて悲しくなってくる。つまるところ僕はこのクラスだとモブキャラどころか背景だと言っているようなものだ。
「……そろそろしんどくなってきた。持病のぼっちをこじらせているんだ」
「大変だね……」
結構フランクに話しかけられたせいですごいナチュラルにわけのわからないことを言ってしまった。今更反省してももう遅いけど。
「そっかぁ……なんかすぐグループ出来ちゃって、最初を逃すと難しいよね」
「だよなぁ……。ちなみに委員長はもう友達いっぱい出来たのか?」
「……いや……まだ……」
「あっ……うん……ごめん……」
自分のことを棚にあげて人を心配している場合じゃないだろ……。とは言え、委員長も友達がいないとなると妙な親近感がわいてくる。
「あ、でも灰神君には彼女さんがいるんじゃない? ほら、よく向日葵さんと一緒にいるでしょ?」
「あ、あー……ゆうちゃんのことか。ゆうちゃんとはそういうのじゃないよ、ただの幼馴染だ」
僕とゆうちゃんが付き合っているように見えるという誤解、僕としては構わないんだけど残念ながら事実ではないのできちんとといておかないといけない。
いやでもアレ実質彼女じゃないかな? 僕はアレ実質彼女だと思う。
「いやまあそういう側面もないではないかな。うん、彼女かも知れない」
「そっか、ただの幼馴染なんだね」
「物わかりが良すぎる」
「人を馬鹿にしちゃだめだよ」
そんな嘘に騙される程馬鹿じゃねえってか……。
「向日葵さんのこと、気にかけてあげてね」
「……ああ、彼女だからな」
「はいはい」
とうとう適当にあしらわれてしまう僕だった。
「それはそうと、もう鍵かけちゃいたいんだけど……」
「ああ、ごめんごめん、用事はすんだからすぐ出るよ」
「また明日ね」
「お、おう……」
初対面の女子に笑顔で手を振られながらまた明日って言われてしまった。
ぼっちライフにうっかり光がさしてしまい、やたらと高揚した気分で家に帰ったは良いけど、帰ってからふと思う。あれ、何で委員長がゆうちゃんのこと気にかけてくれだなんて言うんだろう。
委員長と放課後に軽く話をした翌日。三限目の歴史が大変眠たく終わった後、ふとゆうちゃんの席の方を見ると何人かの女子が集まっているのがチラリと視界に入る。
あ!? あァ!?
えー、いるんじゃん! いるんじゃん! え? いるんじゃん! お前いるんじゃん友達! ハァ!? 裏切りィ? じゃあ腹切りィ? 腹切りじゃない? 裏切りはぁ……。
「ん……?」
一瞬一人で取り乱したものの、よくよく見るとちょっと変だ。
取り囲んでいる女子は結構楽しそうに喋っているが、ゆうちゃんの方はちょっと困ったようにはにかんでいる。よく見ると女子達はクラスでのカースト上位(僕調べ)の連中に見えるし、アレは友達というよりは絡まれているだけなのかも知れない。
もしそうなら、見過ごせない。
「おいおい待てよ、嫌がってるだろ」
ゆうちゃんをいじめようっていうなら僕が黙っていない。でも黙っていないのは口だけで、僕の重い腰は全く椅子から立ち上がっていなかった。
「……なに? なんか言った?」
そのせいで前の席の全く関係ない遠山君に振り向かれてしまった……。
「いや、独り言だよ。ごめん、気にしないでくれ」
「ふぅん……」
遠山君と話しているせいで無駄な時間を食ってしまったが、急いでゆうちゃんを助けに行かなければ……。そう思って僕が若干腰を浮かせたところでチャイムが鳴り響いてしまう。それと同時にゆうちゃんの周りの女子達も席に戻ってしまい、ゆうちゃんもすぐに教科書を用意して前を向き始める。
ふっ……どうやら僕が出るまでもなかったようだな。
この後授業中、自分の情けなさを死ぬほど後悔して呻き声を上げてしまい、遠山君に体調を心配されてしまう僕だった。
ていうか遠山ってゆうちゃんに告った奴じゃねえかふざけやがって。
「友達だよぉ……」
「友達かよぉ……」
結局気になった僕は昼休みにさっきの件についてゆうちゃんに聞いてみたんだけど、どうやら友達だったらしい。友達を作って欲しい僕としてはそれで嬉しいんだけど、見た感じあんまりそういう風には見えなかったのがやっぱり気にかかる。
「でもほら、僕らってスクールカースト下位なわけじゃないか。ああいう上流階級と繋がりが急に出来るの、いささか不自然じゃないかな」
「それは……私が実は下層階級じゃなかったってことじゃないかなぁ……」
「うわああああコイツ僕を置き去りにした! 置き去りにした! あろうことか置き去りに! これは腹切りだろ裏切りの置き去りは!」
「やだなぁ、階級が違っても正助君はずっと友達だよぉ」
「うん、僕下からゆうちゃんのこと応援してるね……」
ああ……嫌な上下関係が出来てしまった……。
「じゃあ今度は正助君の友達を、勝彦君と私以外にも見つけないとね」
コイツ……もう人の心配をする余裕があるのか……!
「ふ、甘く見るなよ。僕だってもう友達の一人や二人……いや、一人くらいいるんだよ」
「え、どんな人? クラスにいる?」
いや、いない……。と思ったけど、友達になるって簡単なことだし、ちょっと話せば友達みたいなものだと僕は思う。そもそも人間ってみんな地球にいる友達だし、トンボだってカエルだってミツバチだってみんな地球の友達だ。僕は一人じゃない。これだけ友達がいる中でも、きちんと喋ったことのある奴なんかは本当に友達だと思う。僕は。
「クラスにいるよ。三つ編みで眼鏡で委員長の友達さ……」
「え、委員長? すごいね、女の子の友達が出来たんだぁ」
クソみたいな見栄を張って委員長を勝手に友達にしてしまった。
「あ、ああ……僕だって下層階級じゃ終わらないぜ」
「そうなんだ。それは良かった、私も安心したよ。友達の灰神君」
不意に、後ろから聞こえる第三者の声に僕はゾッとする。恐る恐る振り向けば、そこには僕の友達が学食のカレーを持って立っていた。
「や、やあ……委員長……気分はどうだい……?」
「うん、悪くないよ。ありがとう友達の灰神君。それじゃあまた後でね」
そう言ってひらひらと手を振ると、委員長は空いている席を探しているのかどこかへ行ってしまう。ゆうちゃんが意図的に空けている隣の席をスルーしてくれたのは助かったけど、あの席はその内誰かに座られそうで怖いな……。
「……正助君……」
「……な、なんだよ……」
「ほんとに友達作ってたんだね……」
あ、信じてなかったんだ……。
僕とゆうちゃんは、基本的に昼休み以外は学校では話さない。帰るタイミングもなんとなく合わないことが多いから、一緒にいる時間は結構少なかったりする。だからその日もいつも通り、ゆうちゃんのことは特に気にせず授業の後まっすぐに帰宅した。
だけど家に帰ってから一時間後、僕の携帯にゆうちゃんのおばちゃんから電話がかかってきた。
「え? ゆうちゃんが帰ってない?」
特に部活も何もしていないゆうちゃんは、基本的に授業が終わればすぐ家に帰る。同じタイミングでは帰らないことが多いけど、大体僕が家に帰る頃にはゆうちゃんも家に帰っているハズなのだ。おまけに携帯にかけても通じないらしい。
「うん、うん、わかった。ちょっと学校まで戻ってみる……ああ良いって良いって、僕も心配だし、見つけたらすぐに連絡するから」
何度も何度も申し訳なさそうに謝るおばちゃんからの電話を半ば強引に切り、僕はすぐに学校へ向かう。
時刻はもう既に午後四時過ぎで、校内にあまり人気はない。保健室や図書室も確認してみたけどゆうちゃんの姿はなかった。校内をうろうろしている内に段々焦り始めてきて、苛立ちが募ってくる。僕自身も何度かゆうちゃんの携帯にかけてみたけど、全く繋がらなかった。
イライラしながら何気なく教室へ向かうと、ゆうちゃんの席の前に三つ編みの少女が立っているのが見える。
「……委員長?」
見れば、ゆうちゃんの机の上にはゆうちゃんの鞄が置きっぱなしにしてあった。
「あ、友達の灰神君」
「いや、それはもういい。僕が悪かった」
「良いじゃない。私は嬉しいけどな、灰神君と友達」
「えっ……あ、いや……ああ、それより、ゆうちゃん……向日葵見なかったか?」
なんだか気恥ずかしくなって慌てて話題を変えて問うと、委員長は首を左右に振る。
「ううん。私も捜してるところ」
「何か用事でもあるのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……。鍵を閉めに来たら鞄が置きっぱなしだったから……。それに今戻ってきたら中で携帯震えてるっぽいし」
「ああ、それは僕がかけてた。多分おばちゃん……お母さんもだと思う」
なるほど、鞄ごと携帯が置き去りになってるなら電話に出ないわけだ。
クソ、僕は置き去りにしても良いけど、携帯は持っててくれよ……。
「もしかして灰神君、もう学校中回った後?」
「全部じゃないけどな。悪い委員長、手伝ってくれるか」
「いーよ、友達だもんね」
ちょっと照れくさそうに笑う委員長につられて、僕も思わず笑みをこぼしてしまう。ゆうちゃんに関して何かあった時、僕が頼れる相手は結構少ない。こういう本当に困っている時にこうして協力してくれるのは、それが例え委員長としての義務感から来ているとしても嬉しかった。
「校内にある部屋は一通り回ったんだ……校外にいたら洒落にならないけど、いくらゆうちゃんでも鞄と携帯忘れたままほっつき歩くような間抜けなことはしない」
「そうだね。出来ればそれはあって欲しくないね……。私は今気づいたんだけど、校舎の外は? 体育館とかはもう回ってる?」
委員長のその言葉に、僕はハッとなる。イライラして視野が狭くなっていたのかも知れない、僕は校舎の外、という可能性を完全に失念していたようだ。
「……いや、まだだ。とりあえず体育館は確認してみようぜ」
「体育館、か……。でも今って部活中だよね? 今日は確かバスケ部が使ってるハズだけど」
そこまで言ってから、委員長はハッとなる。
「バスケ部って、確か上田さんと瀧本さんがバスケ部じゃなかったっけ?」
「いや……知らねえよ。誰だよ上田と瀧本って」
「……クラスメイトだけど」
「僕は委員長じゃないからクラスメイトの名前なんか覚えてない」
というかこのクラスで名前がわかるのって席の近い連中とゆうちゃんくらいで、後は全く覚えていない。
「そんなだから友達出来ないんじゃ……」
「委員長だってまだだっただろ! 覚えても無駄なんだよ! ワハハ僕は得をした!」
委員長にジト目で見つめられる、どうしようもなくみっともない僕だった。
「……で、それで上田と瀧本がどうしたんだよ」
「あ、うんごめん。灰神君があまりにも格好悪いからびっくりしてた」
それはごめん。
「でね、上田さんと瀧本さんなんだけど、この間向日葵さんと話してたじゃない?」
そう言われてようやく顔と名前が一致する。上田と瀧本はクラスカースト上位のあの二人か。カースト上位層は人気のある体育会系部員だと相場が決まってる(僕調べ)し、バスケ部と言われるとしっくり来る。
「その時、なんだけど……」
委員長は少しだけ言いにくそうな表情を見せた後、少しだけ早口で話し始める。話を聞き終えた瞬間、僕はすぐに教室を飛び出していた。
「は、灰神君! ちょっと落ち着いてってば!」
体育館へ向かって一直線に駆け出す僕の後ろを、必死に委員長が追いかける。後ろから呼ぶ彼女の声もほとんど聞かずに、僕は必死で体育館へ走り続けた。
ゆうちゃんはかわいい。だからモテる。それは僕にとっては当たり前のことだったし、中学の時もそうだったから、それほど気に留めていなかった。だけどよくよく考えれば、それが気に入らない奴だっている。
上流階級にとってモテる下層階級が気に入らないというのは不自然な話じゃない。
要するにゆうちゃんは、入学早々悪目立ちしてしまっていたのだ。
状況を甘く見ていた。あの時ゆうちゃんが絡まれていた時点で行動を起こすべきだった。あの時ヘタれて動けなかった自分が情けなくて仕方がない。悔やんでも仕方がないけど、悔やまずにはいられない。
委員長は、上田と瀧本がゆうちゃんを快く思っていないことを予め知っていた。だからゆうちゃんのことを少し気にかけてくれていたんだ。
委員長の話によれば、上田と瀧本はあの時ゆうちゃんとゆっくり話がしたい、と話していたらしい。もし今日の放課後、ゆうちゃんが上田と瀧本とゆっくり話をしているとしたら……
「クソッ……何で鍛えてないんだ僕は!」
少し走っただけで息が切れそうになってしまう。既に校内を走り回ったせいで足は半ばパンパンで、体育館へ着いてもその後まともに動けるかわかったものじゃない。本当に、本当に自分が情けなくて仕方がない。悔し涙で視界が滲み始めた。
なんとか体育館へ到着した頃には、後ろから聞こえていた委員長の声も聞こえて来ない。諦めたのかも知れないが、今はそんなことに構っている暇はない。
靴を脱ぎ捨てて中へ入り、靴下のままズカズカと入り込む。
「あ、ちょっと君!」
先輩の止める声も聞かずに、僕は体育館の中をジロジロと見回す。今は女子バスケ部の貸し切りになっているのか、体育館の中にはバスケ部員しか見当たらない。
そのまま必死でゆうちゃんを捜していると、何故か体育倉庫の中から何事かという顔をした女子生徒が現れ、僕を見てギョッとした。
間違いない、上田か瀧本だ。
「おい上田! いや、瀧本か!? どっちかわかんないけどゆうちゃん見てないか!?」
どこへやった、だとか何をした、とか言いそうになるのを何とかこらえながら睨みつけていると、体育倉庫の中からドタバタと音が聞こえてくる。
「あ、おい!」
そして中からそんな声が聞こえると同時に、ゆうちゃんが体育倉庫の中から飛び出してくる。
「――――ゆうちゃん!」
しかし僕がそう叫ぶと同時に、今度は後ろから怒声が上がった。
「おい、何をやってるんだ!」
中に入ってきたのはジャージの男性教員だ。後ろには、息を切らしている委員長の姿もある。それで僕がある程度状況を察していると、こっちに走ってくるゆうちゃんが悲鳴を上げる。
「ゆうちゃん! 大丈夫か!?」
「勝彦君!」
今にも飛び込んできそうなゆうちゃんに両手を広げても、ゆうちゃんは見向きもしない。僕の両手を避けるようにその場でしゃがみ込み、誰もいない僕の右隣に向かってすすり泣く。
「勝彦君っ……勝彦君っ……怖かったよぉ……!」
「…………あっ……」
その瞬間、昂ぶっていた感情が全てごっそりと抜け落ちていく。両手は力なく垂れ下がり、僕には荒い息遣いと虚しさだけが残される。
僕は、何をしに来たんだっけな。
「どういうことか説明してもらおうか、上田、瀧本」
男性教員の声も、もう僕には遠い。委員長の声も、体育館内の喧騒も、随分遠くから聞こえているみたいだった。
「勝彦君……勝彦君っ……」
ゆうちゃんのすすり泣きだけが聞こえてくる。
隙間風と一緒に僕の胸をすり抜けて、びゅうびゅうだなんて間抜けな音を立てていた。
おい、僕は走ってきたんだぜ。
足だってパンパンだ。
インドア派なのにこんなに汗かいてさ。
「勝彦君……ありがとう……」
いねえよ、そんな奴。
今、いねえんだよ。
見返りが欲しかっただなんて思わない。抱きしめて欲しいわけでも、キスが欲しいわけでもない。
だけどせめて――――
「こっち、向けよ……」
床に落ちてしまった声は、誰も拾わない。
いつの間にか、なんだかよくわからない塩水が、僕の足元にちっぽけな水たまりを作っていた。
ああ、気持ちわりーな。