第99話「無能力者、闇の魔力を断ち切る」
アルダシール将軍の目に迷いはなかった。
ならばせめて僕の手で、この戦争を終わらせるまでだと僕は決意する。
もう時間がないと思いながらも、僕はアルダシール将軍の目を見つめ返した。こんな形でまたガイアソラスに血を吸わせることになるなんて――思ってもみなかったな。
「分かりました。僕がやります」
「そうだ、それでいい。お前は連合軍最後の希望だということを忘れるな」
そう告げると、アルダシール将軍が長剣を持ったまま元いた場所へと戻った。再びオルクス将軍の隣に並ぶと、僕は再びプルートの前に立った。
彼の立ち振る舞いは、まるで僕の背中を押してくれているかのようだった。
「プルート、本当にごめん」
「謝る必要はない。これが私の運命だ。なに、お前を恨むことはない。もしまた人間に生まれ変わったら……お前たちと心から信頼し合える……本当の仲間になりたい」
プルートがそう言いながら長い髪をなびかせ、彼女の頬を涙が伝う。
「ううっ……うっ……」
僕は涙を流しながらもプルートと距離を置き、再び右肘から先をガイアソラスに変えた。
一筋の涙がガイアソラスの歯を伝った。すると、まるで僕の意図を汲み取ったかのようにガイアソラスが白い光を放出したのだ。
これは……何の光なんだ?
今までは青白い光だったが、この時は純粋で優しい真っ白な光だ。今までのガイアソラスにはなかった力がまた目覚めようとしているかのようだ。
おぼろげながら、ガイアソラスが僕に安心して彼女を斬れと言っている感じがした。
一見残酷な命令のようにも聞こえるが、不思議とそんな風には受け取らなかった。きっと何かあるんだろうと思い、僕はガイアソラスを信じた。
そして新たな技が頭の中に浮かんでくる。僕はそれをそのままガイアソラスへと念じるようにして伝えると、魔剣を思いっきり斜め上から振るった。
「【閃光斬】」
眩く白い光を発したガイアソラスの刃はプルートの左肩から右腰までを通過した。
血が思いっきり出たかと思い、これ以上目の前を見ようとはしなかったが、何かを斬ったような感触は一切なく、おかしいと思って恐る恐る目を開けてみれば、そこにはきょとんとしたまま無傷のプルートの姿があった。
彼女の上空には闇の魔力がもがき苦しむかのように漂っている。
それはさっきまでプルートと一体化していたはずの闇の魔力だった。
「あれっ! プルートの体には傷1つないわよ」
「アースはプルートを斬ったんじゃない。プルートと一体化していた闇の魔力だけを斬った。だからプルートにだけはダメージが入らなかった」
「どういうこと?」
「分かりやすく言えば、一体化していた人間と闇の魔力を分裂させた。そしてあの技には浄化の作用もある。闇の魔力は浄化魔法に弱い」
マーキュリーが今起こっていることの分析結果をみんなに解説してくれた。
闇の魔力の気配はしばらく宙を彷徨ってから完全に消滅した。
それをみんなで見届けると、僕は真っ先にプルートに抱きついた。
「プルートっ!」
「――アース」
お互いの体を手の跡が残りそうなくらいに強く抱きしめ合った後、至近距離で見つめ合ってから情熱的な口づけを交わした。
納得するまで何度も唇を重ねた。
お互いの息が荒くなってきたところで中止すると、プルートが一旦落ち着こうと満足そうな笑顔のまま僕から離れた。
「アース……ありがとう。まさかそんな技が使えるとは、思ってもみなかった」
「ガイアソラスは平和の象徴と言われた魔剣だよ。平和を願っている人は斬れない。だから闇の魔力だけを切り裂いて浄化することができた。君は生まれ変わったんだよ。だからこれからもずっと、プルートはプラネテスの仲間だよ。心から信頼し合える仲間になりたかったんだろ?」
「……私なんかでいいなら……よろしく頼む」
プルートが柄にもなく頭を下げた。
そんな彼女の小さい頭を僕はそっと撫でた。
警戒心が強かったプルートだが、今ではいくら体を触っても全く抵抗してこない。そればかりかもっと触ってほしいと顔が言っている。
「ねえ、あれを見て」
「「「「「!」」」」」
ウラヌスの声に誘われるようにみんなが帝城から地上を見下ろすと、連合軍や帝国軍を散々苦しめていた太古のモンスターたちの体がボロボロに崩れていき、最後には化石に戻ってしまった。
両軍の兵士たちはそれぞれの武器を構えながらも完全に戸惑っていたが、化石に戻り完全に動かなくなったことを知ると、途端に近くにいる兵士たちと抱き合いながら喜んだ。
もはや敵も味方もなかった。これ以上戦闘を続ける意味がないことを知らせるかのように、プルートが壊れかけている帝城の崖から顔を覗かせた。
「皆の者よ! よく聞くがいい! ただいまをもって我がプルート帝国は、連合軍に全面降伏することをここに宣言する! 皇帝は死んだ! もはや戦う理由はない! よって戦闘中止を命ずる!」
これは、皇帝代理を務めることとなったプルートによる、最初で最後の皇帝命令だった。
さっきまで喜び合っていた兵士たちの内、連合軍の兵士たちは勝利に喜び、帝国軍の兵士たちはその場に肩を落とした。
僕らが帝城から出ると、さっきのたたきの影響もあり、まるで肩の荷が下りたかのようにハデス城が陥落していく。
「私たち、勝ったんですね」
「うん。やっと終わった」
「みんな、本当に済まなかった。私たちのせいでこんな戦争を引き起こしてしまって」
「いいのいいの。あんたも好きで従っていたわけじゃなかったんでしょ。私たちこそ、あんたのことを信じてあげられなくてごめんね」
「――主の色に染まるか」
「えっ、何その、主の色に染まるって」
「プルート帝国の諺だ。組織に属すれば組織と同じ価値観になっていくという意味だ。お前たちの仲間を信じ抜く強さ、他者への寛容さはアースによく似ている。今まで多くのパーティや部隊を見てきたが、プラネテスほど団結力の強いパーティは初めてだ。1人1人全く違う特徴を持っているが、仲間のために何の躊躇いもなく1つになれる者たちは見たことがない」
プルートの指摘は的を射ていた。確かに僕らほど何でもすぐに決定してしまうパーティは珍しいのかもしれない。
とは言っても、僕以外に決める人がいないだけなんだけどね。
プラネテスの仲間たちにプルートの今までの事情を彼女自身が説明し、大公たちや将軍たちもその言葉に耳を貸していた。
しかし、戦闘はまだ終わりではなかった。
カロンの外では、まだ連合軍と帝国軍による戦闘が続いていたのだった。
兵士たちの大半は戦争が終わったことを知った。
しかし、一部の兵士たちはいまだに戦いを続けている。外敵から身を守るため、カロンを囲むように作られている塀の向こうからは武器同士を打ち鳴らし合う音が未だに聞こえていた。
将軍たちは掌握している兵を待機させ、外から入ってきた敵に備えるためか、その場から動くことができずにいた。
「アース、まだ塀の外で戦闘が続いているみたいよ」
「そうみたいだね。僕が止めてくるよ」
「だったらあたしもいく。銃声なら一発でこっちに注目を向けられるでしょ」
「分かった。助かるよ」
ヴィーナスが機転を利かせてくれるようで、いつもは敵兵やモンスターを倒すために浸かっている銃を両軍の兵士に気づかせる目的で使うようだ。
僕はヴィーナスの体を両手でお姫様抱っこのように持ち上げ、そのまま塀の外側へと向かった。塀は蟻の這い出る隙間もないほど高い壁だったが、太古のモンスターと戦っていた影響なのか、所々が崩れてしまっている。
「ちょっ、ちょっとアース!」
「この方が早く着ける」
「後で嫉妬を買いそうで怖いんだけど」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないよ」
「……それもそうね。アースは本当に強くなったわ」
「そうかな」
「ええ。最初に会った時、あんたは心の奥が泣いてるように見えたわ。これからどうすればいいんだろうって。それが今や世界で唯一の回復術師で、しかもこの戦争で1番の功労者よ。あたしはとても誇りに思ってる」
ヴィーナスは背中の上から僕に抱きつき、最後は耳元で囁くように言った。
僕はその言葉をとても嬉しく思いつつも、同時に複雑な思いを抱いた。手柄を立てるために戦っているわけではないことを彼女も理解しているが、それでも成すべきことを成すために戦った僕を労ってのことだと理解した。
「――ありがとう」
「ふふっ、パーティメンバーでしょ。当然のことよ」
束の間の笑みを浮かべながら地上に降り立つと、その状況は惨憺たるものだった。
多数を占める連合軍とアステロイド部隊を守るように囲みながら徹底抗戦の構えを見せる帝国軍との戦いが繰り広げられていた。
アステロイド部隊の5人の内、ケレスとエリスの2人だけが生き残り、他の3人は既に戦死している様子だった。彼女らの近くで血を流しながら倒れているヴェスタ、ジュノー、アポフィスの3人の死に顔はとても険しいものだった。
まるでもっと戦いたいと願いながらの死のように思えた。だが死体の所々に大きな爪や噛み跡があったことからも、モンスターにやられたものであることが容易に分かる。
少なくとも、兵士に寄ってやられたものではない。
ヴィーナスが左手に【白銀銃】を上に構え、右手で左耳を塞ぐと、パンパンと2発の銃弾を撃った。
この銃声に周囲にいた両軍の兵士たちが反応した。
「――ケレス、どうして君が?」
しかもそこにはケレスとエリスがボロボロの状態のまま佇んでおり、2人は全身の鎧が砕け散るように穴が開いており、それを脱ぎ捨てて僕と目を合わせた。
「アース、まさかあんたと戦場で会うことになるとは思わなかったわ」
「ケレス、もう戦争は終わった。皇帝も死んだ。もうこれ以上戦う必要はない」
「……何……ですって……」
「戦いはもう終わったんだよ。だからもう――」
「終わってないっ!」
ケレスを説得しようとするが、それを遮るかのようにエリスが叫んだ。
「エリス……」
「アースは嘘を吐いています。私たちを降伏させるための罠に違いありません」
「――やはり嘘だったか。危うく騙されるところだったわ。さあ、決着をつけましょ」
「そんな、叩きが終わったのは本当だよ!」
「もうアース、置いてかないでよー……ええっ!? 何でケレスがここにいるのっ!?」
「待って! 今は危険だよ。様子がおかしい」
プラネテスの仲間たちが後から僕に追いついた。その中にはプルートの姿もある。
明らかにケレスたちはしかめっ面で武器を構えている。万が一のことを考え、これ以上前には出てこないように指示した。
マーキュリーが前へ一歩出ると、速やかに状況分析を終えてから口を開いた。
「帝国軍の兵士は僅か29人、そしてケレスとエリスの2人と合わせても31人。そしてワタシたち連合軍はケレスたちの1000倍の戦力を誇る。この状況でケレスたちがワタシたちに勝てる確率は限りなく0に近い。大人しく降伏すれば兵士なら許してもらえる」
「うるさいっ! 俺たちは絶対に降伏しないっ! どりゃあああああっ! ――ぐはっ!」
話を聞いていた帝国軍兵士の1人が斬りかかってくるが、マーキュリーに剣が当たる前にルーナの弓矢が兵士の頭を貫通し、そのまま地面に倒れた。
「ルーナ」
「マーキュリーさんの方が大事です」
「……そうだね」
僕らは再び前を向いた。この圧倒的不利な状況にもかかわらず、ケレスたちは警戒を緩めることなく僕らに敵意をむき出しにしている。
騎士としての誇りか、敗北を一向に認めたがらないその姿は無謀を通り越して勇姿とも言えるものであった。
しばらくは風の音だけがこの戦争後の戦場を支配する。
連合軍の兵士たちもまた、彼女の迫力を前に武器を構え、いつでも戦う覚悟ができていた。プラネテスのみんなもそれぞれの武器の矛先をケレスたちに向けていた。
「ケレス、それにお前たち、今すぐ武器を捨てろ。戦争は終わった」
プルートがケレスを宥めるように武装解除を懇願する。
しかし、それでもケレスの目は変わらなかった。
「皇女様、何故あなたがそちら側にいるのですか?」
「私はプラネテスの仲間となった。それと、私は残されたパテル家の者として、皇族としてこの戦争の責任を取り、処分を受ける覚悟はできている。今は亡き、父上の代理としてな」
「――ほう、そこまで成り下がったとは、皇女様も落ちたものですね。ましてやアースなんかがリーダーと務めているプラネテスの一味になるなんて、情けないとは思わないのですかー?」
上から見下すような目つきでケレスが言った。もはやケレスにはプルートの言葉さえ信じられないようだった。
「思ってない。むしろこんなにも素晴らしいパーティの一員と認めてもらえたことを嬉しく思っている。こんな私を受け入れてくれたみんなことを誇りに思っている。だから、アースへの侮辱は許さない。私のことは何とでも言えばいい。だが大切な仲間のことを悪く言うのはやめろ」
ケレスに対抗するようにプルートが言い返した。
彼女が感情的になってしまった時点で、もはや交渉は決裂したも同然だった。
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