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第98話「無能力者、戦争を制する」

 あの悪魔のような微笑みを見せる目の中にはどのような企みがあるのだろうか。


 虫の知らせか真っ先に嫌な予感がした。ニクスが笑った後は必ず良からぬことが起こる。


「アース、これが何か分かるか?」

「それは……魔鉱石(まこうせき)

「そうだ。兵士たちがウラヌス共和国まで化石を掘りに行ったら、面白いくらいにこの魔鉱石(まこうせき)を採ることができた。これで私は最強になれる。この【大剣カラドボルグ】と【大剣フラガラッハ】と共にな」


 フラガナッハはカラドボルグに負けず劣らずの太く長い剣であった。取っ手はまるで魔界から入手したかのように迫力がある。


 あんな大剣を2つも片手で持つとは恐るべき力だ。


「人の家の庭を荒らしておいて挨拶もなしとはね。皇女が聞いて呆れるわ」

「それは失礼した。ならばその対価としていいものを見せてやろう」


 この言葉には全員が目を見張った。


 ニクスが両手から魔力を発し、魔鉱石(まこうせき)を浮遊させると、それが邪悪な紫色の光へと変わっていき、それがニクスの体を包むように覆っていく。


「マーキュリー、あれは何なの?」

魔鉱石(まこうせき)は使った者の魔力を強化できる。人間があれほどの量を取り入れれば、今持っている魔力の1000倍以上の魔力にはなる」

「そうなったら……どうなるの?」

「文字通り、怪物級の魔力を手に入れることができる。ただ、あれだけの魔力を手中に収めるには相当な体格と精神力が必要。それを実現するには、恵まれた体格を手に入れるしかない」

「私の一族には虚弱体質の者が多い。ニクスお姉様は野望実現のためには頑丈な男の体を手に入れるしかないと考えていた。それで父上は――性転換の力を持つケルベロスを復活させようとしていた」

「そのケルベロスに殺されるなんて、なんか可哀想」


 ジュピターの同情の声を聞いたプルートが下を向いた。


 だがニクスの異変を察知すると再び正面を向いた。


 邪悪な光がニクスの体の中に収まると、さっきの倍ほど体が大きくなり、ニクスの中から邪悪にして無限の魔力が漂っているのを感じた。


 世界を征服するには十分な量の魔力が――。


「ふふふふふっ! ふははははっ! これで私は無限の魔力を手に入れたぞ! これだけの力があれば世界を永久に支配することができる。そのためにはアース、お前は邪魔な存在だ。私と戦え。お前が負けた時は、仲間もろとも我が帝国の将軍となってもらおう」

「僕が勝ったら、二度と悪いことはしないと約束しろ」


 ガイアソラスを正面の敵の顔に向け、刃先を突き立てながら言った。


 相手は無限の魔力の持ち主、だが不思議と負ける気はしなかった。


「ふははははっ! ――できるものならなっ!」


 戦闘開始の合図代わりに目にも留まらぬ速さでニクスが斬りかかってくる。


「! 僕は負けないっ!」


 ガイアソラスと双剣がお互いを打ち鳴らし合っている。


 僕とニクスのスピードはあまりにも速く、2人姿をプラネテスのみんなや将軍たちでさえ認識することができないほどであった。


 ケルベロスの力を吸収したことにより、僕は圧倒的な【超速(スピード)】を手に入れた。


「ほう、この私についてこれるとは、ますますお前が欲しくなったぞ」

「君の言いなりにはならない。君が統治する世界なんて、人々が不幸になるだけだっ!」

「私が幸せになるにはこの方法しかない。世界を征服し、人々から希望を貰うことで、私は幸せになれるのだぁ!」

「違うっ!」


 ガイアソラスが双剣をニクスごと一振りで薙ぎ払った。ようやく相手の動きが止めると、僕もニクスの正面に立った。


 ニクスは無限の魔力こそ手に入れたが、その魔力に体がついてこれていないのかさっきから大きく息を切らしている。やはり人間の体では限界があるのだ。ニクスは己の体力という限界を今の今まで知らなかったようにゴツゴツとした両腕を見つめた。


「なっ、どういうことだっ!? 体がこんなにも早く疲れるとは。だが回復すれば何の問題も――馬鹿なっ! 回復ができないだとっ! 何故だっ? ……何故だぁ!?」

「あなたの体は限界を迎えている。魔力は無限でも……人間の体では制御しきれない。モンスターでなく、あくまでもただの高知能生物である以上、あなたに回復は使えない」

「そんな……馬鹿な……」


 ただ事実だけを伝えるマーキュリーの言葉にニクスの握力が弱まった。


「ニクス、希望は奪うものじゃない。与えるものだ。君主ならそれくらい分かるはずだ。たとえ生活が苦しくても、人に精一杯ご奉仕してそれを喜ばれた時は……生きていて本当によかったと思った。そんな嬉しい気持ちを誰かと共有し合うこと、それが幸せというものだよ。君がしていることは、ただの破滅行為だ」

「黙れっ! お前に私の何が分かるっ!? 衰退していく帝国を前に仲間が次々と裏切り、1人後継者としての期待を一身に背負ってきた私の気持ちがっ、分かってたまるかあああああぁぁぁぁぁ!」


 ニクスは猛スピードで2つの大剣を片手に持ちながら真っ直ぐ突っ込んでくる。


 それをガイアソラスで受け止め、今度は2つの大剣を弾き飛ばした。


「何故だっ!? 何故それほどの力をお前は持っている?」

「分かっているはずだよ。僕にはたくさんの力が味方してくれている。だからいくら倒されようとすぐに回復する。僕自身は無能力者だ。でも僕には仲間がいる。伝説の魔剣がある。僕には無限の魔力以上に優しく強い、仲間や魔剣との絆の力がある」

「無限の魔力を超える力だとっ!」


 僕はガイアソラスを構えた瞬間、その場からふっと消えた。


「【光魔剣斬(ガイアソラスラッシュ)】」


 いくつもの眩い一閃がニクスに直撃する。邪悪なる闇に染まった体から魂を解放するかのように全身が一瞬にして刺されていき、夥しい数の血が溢れんばかりに石造りの地面を真っ赤に染めていく。


「がはあっ!」


 最後にガイアソラスでニクスの腹部を貫くと、ニクスが吐血すると共に戦闘不能となった。


 ニクスが仰向けにバタッと倒れこむと、ニクスから離れたガイアソラスには真紅の輝きを放っている赤黒い血がべったりとこびりついていた。


 すぐにその血を振り払って周囲に飛ばすと、戦いが終了したことを告げるかのように元の右腕へと戻っていく。


「やった……やったわ!」

「ニクスを倒した」

「私たち、勝ったんだよね?」

「ニクスが降伏宣言をするか戦死すれば、敵の大将となりえる存在が全て消滅し、この戦争は連合軍の勝利となる」

「やりましたね。アースさん」


 ルーナが僕のそばへと駆け寄ってくる。


 僕らは抱きしめ合い、お互いの顔を見ながら笑みを浮かべた。その後に続くようにマーズたちも僕の周囲へと集まってくる。ネプチューンに至っては僕に両手を伸ばしながら飛びかかってきた。


 これ以上戦う意味はない。ニクスの野望が儚くも砕け散る音が僕には聞こえた。


 プラネテスは見事ニクスを倒し、ようやく戦争も終わったかのように思えた。


 将軍たちが戦争の勝利宣言をするべく帝城の下へと降りた。みんなが喜び合っている中、プルートが既に虫の息となっているニクスに近づくと、僕もプルートの後を追った。


「ぐふっ! 私が……負けた。これが……絆の力なのか」

「アース、お姉様を元に戻してやってくれ」

「分かった。【転換(トランス)】」


 右手をニクスの前に掲げながら唱えると、ニクスの体からゴツゴツとした筋肉が消滅し、元のスラリとした細くか弱い女性の姿へと戻っていく。


 口周りは吐血で赤く染まっており、僅かに口を開けながらもそこから血が出続けている。


 ニクスはさっきまでの眉間にしわを寄せた表情が悟りの境地に入ったかのような真顔へと変わり、仰向けに横たわりながら今までにない素直な目でプルートの顔を見つめた。


 その血塗れの手足は、もはや自らの力では持ち上がらないほどに弱っていた。


「お姉様、申し訳ありませんでした」

「何故謝る?」

「ずっと後継者としての重圧に耐え続けて、お姉様なりに帝国を良くしようと考えていたのがようやく分かりました。こんなにも醜い戦争が起きてしまったのは、それに気づけなかった私の不手際でもあります。一言相談してくだされば……どれほどよかったか……」

「私もお前も、この帝国の皇族として、その宿命を背負った被害者なのかもしれん。身内すら信用できないほど心が荒んでいくのが自分でも分からなくなっていた。だがお前はその呪縛から逃れることができた。お前のことを信じ抜いてくれた仲間のお陰かもな」

「アースがいなければ、私もお姉様と同じ道を辿っていたのかもしれません」

「ニクス、今回復するからね」

「いや、回復は結構だ」

「えっ?」


 ニクスが両頬を上げ、意味深な笑みを浮かべた。


 何故拒否するのかが僕には分からなかった。


「私が生きている限り、この戦争が終わることはない。たとえ終わったとしても、私は皇帝と皇女を殺した不届き者だ。そんな私を回復すればお前もただでは済まない。生き延びたところで、死刑という形で最期まで生き恥を晒すだけだ。どうかこのまま、壮絶な戦死という形で……死なせてくれ」

「だったら僕が君のことも守ってみせるよ」

「ふふっ、お前はおかしなことを言うな。お前が勝った時は、二度と悪いことをしないという約束だっただろう。死ねばもう悪いことはできない。この前は約束を破る形になったが、今回は約束を守らせてくれ。最期くらい、素直で誠実な自分でいたい」

「お姉様……」


 ニクスの頬を一筋の涙が伝い、それが血と混じり合いながら首にまで落ちていく。


 プルートも涙が止まらなかった。僕は小さな背中を震わせているプルートを後ろから抱きしめることしかできなかった。


「アース……妹のこと、頼んだぞ……お前なら、きっと救える……この世界を……」


 最期の力を振り絞って僕に右手を伸ばしたニクスだったが、伝えるべきことを僕に伝えた途端、彼女の中から魂が抜けたかのように力尽き、その首は目を開いたまま横になり、右手は重力に従って血塗れの地面に落ちた。


 ハデス皇帝の長女として生まれ、運命に翻弄されてきたニクスはその生涯を閉じた。


 まだ20代後半を迎えたばかりの短い人生だった。


「――お姉様っ! お姉様っ! あああああぁぁぁぁぁっ!」


 プルートはニクスの遺体を抱きかかえながら、静寂をも黙らせるほどに声が嗄れるまで泣き叫び続けた。手放しでは喜べない敵の死を僕らは悼んだ。


 その時、外から大きな爆発音が聞こえた。


 僕はハッと大事なことに気づかされた――。


 戦争は終わった。だが戦闘は終わっていない。


 帝城の外では連合軍が強力な太古のモンスターたちと死闘を繰り広げている。まだ8体もいる太古のモンスターたちは健在であり、敵味方を問わず人間を目の敵にしながら襲い続けている。


「アース、お前に1つ頼みがある」

「頼み? 頼みってどんな?」


 一瞬だけ悲しい顔を見せると、今度は僕を睨みつけながら距離を詰めてくる。


「私を殺してくれ。私を殺せば、モンスターたちも化石に戻るはずだ」

「えっ、プルートが持っていた闇の魔力はニクスに吸い取られたんじゃ」

「あれは嘘だ。私の闇の魔力の一部を吸い取っただけで、闇の魔力は今も私の中にある。ニクスお姉様はわざと私を雑に扱うことで、闇の魔力を本当に奪ったものだとお前に思い込ませた。屋上から私を突き落としたのは、ケルベロス復活の時間を稼ぐためだ。お前が私を仲間だと思っていることを逆手にとっての行為だ。パテルの家に生まれた者であれば、人を騙すくらい造作もない」

「ええっ! 禁術使いって、もしかしてプルートだったのっ!?」

「だからあの時、アースはとても悲しんでいたのね」

「そうだよ。プルートが禁術使いだと分かれば、みんな血眼になってプルートを捜すと思っていたから言えなかった……」


 僕がそう言うと、プラネテスの仲間たちも将軍たちも押し黙ってしまった。


「さあ、ガイアソラスで私の胸を突け。帝国内では自殺は禁忌とされているからな。できればお前の手で始末してほしい」

「そんな……嫌だよ。仲間を殺すなんて」

「アース、覚悟を決めろ。今こうしている間にも、モンスターは暴れ続けているんだぞ。これは私の責任でもある。けじめをつけたいんだ」


 プルートは自らの一族が何代にもわたって行われてきた負の連鎖を止めたいのだ。


 今から出て行って戦うこともできる。だがそうなれば、全てのモンスターを倒す頃には多くの兵が犠牲になる。プラネテスの仲間たちからも犠牲者が出るかもしれない。


 僕はどちらかを選ばなければならなかった。プルートか、大勢の命か。


「プルートさん、他に方法はないんですか?」

「ない。私を殺せば太古のモンスターたちの生命力を支えている闇の魔力が消滅し、一斉に倒すことができるだろう」

「闇の魔力を浄化しようにも、子供の頃なら安全に浄化できただろう。だが大人となった今では、闇の魔力は私の命と一体化してしまっている。殺す以外に方法は――!」

「……」


 気がついてみれば、目からは涙が出ていた。


 連合軍の目的は闇の魔力を持った者を殺し、モンスターを一掃すること。


 速やかに遂行しなければ僕は裏切り者になる。


「アース、プルートが禁術使いだと分かった以上、私が責任をもって始末しよう」


 アルダシール将軍が名乗り出た。放っておけば間違いなくこの長剣でプルートを躊躇なく刺すだろう。目の前に敵の主力がいて、それを倒そうとしない将軍はいない。


「将軍、冗談ですよね?」

「いや、本気だ。連合軍の将軍を務めている以上はな」


 その目は一筋の優しさを保ちながらも真剣だった。

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