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第97話「無能力者、団結する」

 ニクスの顔は女性だった時の面影を残しながら男性の姿となった。


 その顔は凛々しさを保ちながらもたくましさや力強さを感じ、髪型こそそのままだったが、腕や脚の筋肉は僕よりも太く、まるで別人を見ているような禍々しさだ。


「――ニクスお姉様」

「お姉様だと? お兄様の間違いじゃないのか?」

「本当に性転換したというのですか?」

「そうだ。まさしく男の体だ。これなら私が持つ魔力を最大限に引き出すことができる」

「ぐふふふふふっ。さあニクスよ。この者たちを倒すのだ」

「……誰に向かって物を言っている?」

「?」


 ハデス皇帝が目を見開き首を傾げた。今までは忠実に従っていたはずのニクスが命令に対し疑問で返すのは初めての出来事のようだ。


「私が今まで暗君にして暴君としか言いようのない不肖の父に従っていたのは、あくまでも敵であることを悟られないようにするためだ。ステュクスもプルートも愚かだった。2人とも嘘を吐き人を騙すことには長けていても、味方のふりをすることにおいては全くの無能だ」

「ニクス、我らの目的は世界中を植民地化することであろう」

「その通り。そのためには一刻も早く最も賢く、最も強い者が皇帝に即位する必要があります。この意味がお分かりですか?」

「どっ、どういう意味だ?」

「今すぐ私に譲位していただきましょうか。【洗脳(テイム)】」


 ニクスの腕から黒いオーラを帯びた魔力がケルベロスに注がれ、魔力に屈するかのようにニクスの足元へと跪いた。


「さあケルベロス、食事の時間だ」


 ケルベロスの中央頭の耳元で囁くと、直後にハデス皇帝を睨みつけた。


「なっ、何をする気だっ! 貴様っ! まさか我を餌にしようというのかっ!」

「ご明察。プルート帝国では皇帝が死んだ場合のみ譲位が可能。ならば死んでもらうしかない。帝国復活のために」

「やっ、やめろっ! くっ、来るなっ!」


 ハデス皇帝は腕からビームを飛ばしたり、魔法で動きを止めようとしたりするが、どれもケルベロスの前では歯が立たず、屋上の壁にまで追い詰められた。


 止める気にはなれなかった。連合軍最大の敵が逃げ惑う民のような顔でじりじりと後退していく様は痛快ですらあったが、それ以上に自業自得の方が大きかった。


 実の娘の野望を今の今まで見抜けず、帝国の植民地を全て取られてしまった暗君にして暴君とまで呼ばれた哀れな皇帝がその最期を迎えようとしていた。


「やっ、やめろっ! やめてくれっ! ――ぐわあああああぁぁぁぁぁっ!」


 三つ首の犬がハデス皇帝の体にほぼ同時にかぶりつき、死に絶えるまで地面が罅割れそうなほどの大きな断末魔が辺りに響いた。その全身は無残にも跡形もなくバラバラに食いちぎられ、ケルベロスの口周りには赤ワインのような血がべっとりとこびりついていた。


 プルートは終焉を迎える皇帝の死に様を見ていられず、僕の胸に泣きつくように顔を当て、僕はそんなプルートの頭の上に手の平を置いた。


 ここに、プルート帝国最後の皇帝、ハデスが崩御した。


 今このことを知るのは僕、プルート、オルクス将軍、ニクスの4人のみ。


 外へ知らせれば戦争は終わる。だがステュクスという主人失った太古のモンスターたちが暴れ回っている以上、全ての敵を倒さない限り戦闘が終わることはない。ニクスはその力をもってすればすぐにでも兵士や民を従えることができるだろう。


 だがそれは力による支配でしかない。人々を導き、国土に実りを与え、暮らしに豊かさをもたらさなければ皇帝など何の意味もない。


 僕らに残された選択肢はただ1つ、ニクスとケルベロスを倒すことだ。


「さっき降伏しろと言ったな。その言葉、そのままお前に返そう。もし私に従うのであれば、ムーン大公国の領土をそのままお前にやろう。他の者たちも無事に帰してやる。できればお前のような類まれな才能を持つ者を潰したくはない。我が軍の将軍となれ」

「――断ると言ったら?」

「お前たちを殺した後で連合軍を1人残らず全滅させる」

「……僕は君のことなんて絶対に信用しない。ましてや身内を平気で裏切るような奴が国を治めるなんて、笑わせるよ!」

「お前はもっと理解力があると思っていたんだがな。プルート、私のもとへ戻ってこい。全世界を征服した後はヒイアカ大陸の統治権をくれてやろう」


 ニクスは屋上の端にある玉座へと腰かけ、僕らを見下ろすように見つめながらプルートに誘いを持ちかけた。


「ふっ、笑わせるな。私はプラネテスの一員だ。もう皇族として生きるつもりはない。私は人々を恐怖のどん底に陥れるような一族が身内同士でいがみ合うような世界よりも、仲間を思いやり、民の幸せを願い、心から喜び合える世界を目指す」

「……愚かな。ならば3人とも死ぬがいい。やれ」


 ケルベロスが僕らを食べ尽くそうとよだれを垂らし威嚇しながら四本の足で闊歩してくる。その威圧感はまさに皇帝の番犬に相応しいものだった。


「しゃあねえ、俺も一緒に戦うぜ」

「プルートは左頭をオルクス将軍は右頭を頼む」


 僕より少し前に出ていた2人が同時に顔の半分をこちらを向けて頷いた。


 そしてケルベロスが僕に襲いかかってくると、僕はガイアソラスを使い応戦する。噛みつきをかわしながら突き刺そうとするが、ケルベロスの前足の爪に阻まれた。


 しかもいくら突き刺したところで回復されてしまう。


 自分と同じ回復能力を持つモンスターと戦ってみて初めて分かった。この戦いは先に魔力が尽きた方が負ける。だったら先にケルベロスの魔力を奪ってしまえばいい。


 ――あの魔力が集まっている瘤の生えた背中に乗ることができれば。


「プルート、奴の背中に乗れれば勝てるかもしれない」

「分かった。私が囮になろう」

「危険だよ。失敗したら――」

「たとえそうなっても、お前を恨むことはない。私はお前を信じてる」

「……プルート」

「おいお前らぁ~! 話し合いなんてしてる暇があったら助けてくれぇ~!」


 ケルベロスに追いかけ回されているオルクス将軍が叫んでいる。僕とプルートはお互いの顔を見合いながら頷いた。


 前回は失敗したが、今回はやり遂げてみせる。


 うまくいけばケルベロスを倒せるはずだ。そしてニクス、君だけは絶対に許さない。あの邪悪な皇帝を倒し、この世界に平和を取り戻すんだ。


 奴らの愚かな野望のために死んでいった者たちのためにも。


 決戦の決意を固めると、プルートとオルクス将軍が走り出した。


 2人がケルベロスの後ろに回ると、挑発をするように後ろ足をバイデントで突き刺した。


 傷はすぐに回復したが、たまらず痺れを切らしたケルベロスが後ろを向くと、僕は助走をつけて地面を思いっきり蹴り、ケルベロスの背中へと飛び乗った。


 すると、まるで暴れ馬のように激しく抵抗をし始めた。やはり弱点はこの背中の瘤だ。地獄の番犬という別名を持つほどだが、弱点さえ分かってしまえばこっちのものだ。


 そうと確信した僕は必死に両手で掴み、頑なに離さなかった。だがこれではガイアソラスを突き刺す前に振り落とされてしまう。その間にプルートとオルクス将軍がケルベロスの脚を掴むが、それでもなお抵抗は止まらない。


 玉座に座っていたニクスがカラドボルグを構え、プルートの後ろにじりじりと迫ってくる。


 動きを止めようとしがみついたところを狙っているのか?


「プルート、危ないっ!」

「もう遅いっ!」


 ニクスの大剣がプルートの背中に襲いかかったかと思えば、鉄同士が触れ合ったかのような鈍い音がした。


 あのアルダシール将軍がプルートの盾となる格好で長剣を使い、ニクスの大剣を一身に受け止めていたのだ。だが威力が桁違いであるためか、アルダシール将軍の両足が地面にめり込んでいる――あの時と同じだ。


「ぐうっ! お、重いっ!」

「ほう、しばらく見ない間に弱くなったな」

「黙れっ! 貴様が誰かは知らんが、敵であることはすぐに分かったぞっ!」

「ふっ、お前はそのまま地面に埋まりながら連合軍の敗北でも見て――!」


 アルダシール将軍の長剣の下から別の長剣が差し込み、ニクスに斬りかかろうとするが、ニクスは咄嗟にもう1本の大剣を左手から召喚し、その攻撃を受け止めた。


 両手で使っていた大剣を片手のみで扱うことになり、それによって押す力が弱まったのか、アルダシール将軍の長剣が徐々に押し返し始めた。


「そうはいかんぞっ!」

「オルクス、何故お前が?」

「敵の敵は味方ってなぁ~!」


 アルダシール将軍とオルクス将軍の長剣がニクスの大剣を押し返し、3人は三つ巴になるように距離を置いた。


 長剣を構えながらお互いを見つめ合っている因縁の2人だが、目の前に聳え立つ共通の敵が恩讐を超えて手を組むことを可能にしている。


 積年のライバル同士が再び味方として隣同士に立った。


「アース、ここは俺とオルクスに任せろ」

「分かった。でもこんなに暴れてるんじゃ動けないよ」

「それなら私たちに任せてっ!」


 足元からマーズの声が聞こえた。ケルベロスの右前足にはマーズとマーキュリー、左前足にはルーナとヴィーナスがしがみついている。


 そして右後ろ足にはプルート、左後ろ足にはジュピターがしがみついた。ネプチューンはケルベロスの右頭の口の中に槍を突き刺し、サターンは中央首をリングで縛り、ウラヌスは左首を氷結魔法で縛りつけた。


 ケルベロスの体の動きが鈍り、地震をも引き起こしかねない逆鱗を無理矢理鎮めた。


「アースさん、わたくしたちに構わず攻撃してください」

「これなら攻撃ができるだろう。一発で仕留めろ」

「で、でも、それじゃみんなの体が持たないよ」

「アース、やるんだ。私たちを信じてくれ。私を信じ抜いたように」

「同じパーティの仲間でしょ。大丈夫、あなたならケルベロスを倒せるわ」


 ――今しかない……みんながチャンスを作ってくれている。やるしかない。


 だったら――ケルベロスのみに攻撃を集中すればいい。


 僕は大きな翼を羽ばたかせ、ケルベロスの背中から真上の上空へと飛んだ。


 そしてガイアソラスを真下に突き立て、ケルベロスの背中めがけて一直線に高速落下する。その勢いは段々と増していき、下にいるルーナたちは思わず目を瞑った。


「【天空針(スカイピアス)】」


 帝城の屋上が雷が落ちたかのような光に包まれ、衝撃波が周囲に広がった。


 相手の一点のみを貫くこの攻撃が屋上の床にまで貫通し、床が崩れてその場にいた全員が下の階へと落ちてしまったのだ。しかも屋上の壁までもが崩れ、1つ下の階ではあるが、天井もなく足場の不安定な吹き抜けの場所となっており、夜空には星々が燦々と輝いている。


 プラネテスの仲間たちや将軍たちは吹き飛ばされて散り散りとなっている。


 仲間たち全員が起き上がり、ピクリとも動かないケルベロスの死体を眺めている。僕はその死体の上に陣取っており、その魔剣はケルベロスの心臓を貫いていた。


「みんな大丈夫?」

「ああ、みんな無事のようだ」

「ねえ、どうしてケルベロスが復活しないの?」

「アースの攻撃には魔力封じの力が宿っていた」

「さっき戦ったフェニックスが持っていた力だよ。この力を使えば回復を封じながら倒すことができると思ってね。でも本当に倒せてよかった」

「さすがはアースさんですね」

「みんながケルベロスの動きを止めてくれたおかげだよ。それより、外は大丈夫なの?」

「外ではお父様たちが太古のモンスターたちと戦っています」

「えっ、大公たちが?」

「はい。お父様と国王陛下と大統領がここまで来てくださって、それでここは自分たちに任せてアースさんを助けるように言われたのです」


 詳しい事情を尋ねてみれば、太古のモンスターたちが急に敵味方を問わず攻撃し始めてしまい、暴れ出したモンスターを止めるべく、連合軍も帝国軍もお互いに手を取り合い、今は大公自らが連合軍の指揮を執り、帝国軍の指揮はクワオアーが執っているとのこと。


 だがクワオアーが手中に収めたのは全体の半数程度の兵士であり、残り半数は()()()()()に任命された者が指揮を執っているという。


 隊長が全軍の半数もの指揮を任されるということは、将軍の仕事が務まる者の人数自体がかなり不足しているということだ。


 これはハデス皇帝が人材育成を怠り、叩き上げの者や外から入ってきた戦士を将軍として補充していたために起きたことである。


 でも帝国内に将軍が務まるような戦士がいたか?


 そんなことを考えていると、部屋の奥からニクスが紫色の鉱石を持って現れた。


「ニクス、体は男になったようだが、お前がニクスなのは分かる。もう諦めろ」


 高らかに勝利宣言をするかのようにサターンが言った。


 既に大将であるハデス皇帝はもういない。肝心のケルベロスも死んだ。


「【吸収(ドレイン)】」


 すかさず僕はケルベロスの体を吸収する。


 これでケルベロスの力を手に入れたが、ニクスはそんな僕を見て薄気味悪い笑みを浮かべた。

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