第96話「無能力者、信念を貫く」
僕はプルートを助けるために、そしてこの世界の平和のためにここへ来た。
なのに今、それが見抜かれたのか、ニクスはプルートを人質にしている。
「――ニクス、何のつもりだ?」
ついさっきまで相手に対して持っていた敬意が一瞬にして吹き飛ぶ光景を見た。ニクスは本気で実の妹を手にかけようとしていた。
「父上が化石を持っているだろう。あの化石を修復しろ。お前が持つ回復の力でな」
あの石版は化石だったのか。石版には獰猛な犬の骨と思われる頭蓋骨が入っており、言い当てるまでもなくケルベロスの化石であると見破った。
しかもその石版はいくつもあり、ハデス皇帝が持っているのはその一部でしかなかった。
ニクスはステュクスが作った魔力封じの手錠を使ってプルートの口に鎖を口にくわえさせて縛りつけ、一言も話せない状態にしてしまった。
「う~っ!」
「やめろっ! ……化石を修復しろっていうの?」
「その通り。ケルベロスを復活させれば、私は晴れてプルート帝国の正統なる後継者にして、この世界を統べる絶対的な支配者となるのだ。私が持つ魔力は女の体では耐えきれない。だからこの魔力を使うためにはケルベロスの能力を使い、性転換を行う必要があるのだ」
「ニクス、君がプルートを殺せばこの戦争は負けだぞ」
「ほう、お前も見抜いていたか。そうだ。プルートは禁術使いだ。だがプルートが持っている闇の魔力は既に私が奪った」
「奪った?」
「そうだ。相手の能力を奪える能力を使えるのはお前だけではない。だからプルートを殺したところで太古のモンスターたちが死ぬことはない。残念だったな」
「そんなっ!」
連合軍の計画が完全に崩れ去ったような音が頭の片隅から聞こえてくる。
口を鎖で縛られているプルートがこっちを見ながら必死に何かを訴えようと叫んでいる。早く助けないと、次は本当に殺されかねない。
またしてもニクスが大剣をプルートに突きつけた。
「さあ、早く化石を修復しろ。さもなくばプルートが死ぬぞ。こいつと密談をしていたところまでは褒めてやる。だがそこまでだ」
「くっ……」
「う~っ! う~っ!」
ニクスがプルートの首をはねようと大剣を大きく振りかぶり、そのまま力強く大剣を振るった。
「やめろっ!」
そう言った瞬間、ニクスはニヤリと笑みを浮かべた。だがプルートは相変わらず全身に巻きついている鎖をジャラジャラと鳴らしながら叫び続けている。
「……分かった。化石は直す。だからっ! ……プルートを殺さないでくれ」
「ふふふふふっ! はははははっ! いいだろう。今すぐやれ」
こちらを見下すように冷徹な表情を浮かべたまま、僕が化石へと近づいていくのを見守っている。こいつだけは許さない。
「そうだアース。それでいい」
「あんたは最低の父親にして最悪の皇帝だ」
そう言い残すと、僕は後ろを振り返った。
「化石を修復したらプルートを解放してもらう」
「いいだろう。約束だ」
信用はできなかった。だが今は目の前にある化石を修復するしかない。
どうやら化石の一部だけでは復活ができないらしい。だからこんなにもたくさんの化石を集めていたわけだ。
でもこれ、どれも化石にしてはあまりにも保存状態が良すぎる。まるで封印されたままずっと罅割れながらも大切に保管されていたかのようだ。
プルートが死に物狂いで叫んでいる。さっきよりも叫びの勢いが増している。やめろと言っているようにも聞こえるが、プルートの命には代えられない。
「【修復】」
僕が目の前にあるケルベロスの化石に両手を掲げると、罅割れていた化石が次々と繋がっていき、1つの大きな化石となった。
傷1つないケルベロスの化石は骨だけではあるが迫力がある。
こんなのが復活したら本当にやばいぞ。
「ご苦労だったな、アース」
「約束だよ。プルートを解放してくれ」
「ふっ、しょうがない奴だ……ご苦労だったな。今自由にしてやる」
「!」
ニクスがプルートを鎖から解放したかと思えば、プルートの体を屋上から蹴り出してしまい、彼女がそのまま落下していく。
「プルートっ!」
僕はすぐに大きな翼を背中から生やし、落下するプルートを目にも留まらぬ速さで追いかけた。必死でその小さな体を抱きかかえ、【回復】で弱っている彼女を回復し、すぐにまた屋上へと戻った。
プルートもまた、必死に僕の首に腕を巻きつけ、情熱的な目で僕を見つめている。
屋上の地面に彼女を下ろした直後、プルートが僕に抱きついてくる。それに応えるように僕もプルートの体を強く抱きしめた。
「アースっ!」
「言っただろ。必ず助けるって」
「お前は馬鹿だ! 敵である私を助けるなんて……本当に馬鹿だ」
プルートの目からは大粒の涙が溢れ出ている。
それは助けたことに対するものではない。仲間として信じ続けてくれたことへの感謝の気持ちであることが手に取るように伝わってくる。
最後までずっと彼女を信じ続けた。裏切られてもなお僕だけは信じることをやめなかった。その想いは確かにプルートの心に伝わっていた。そして彼女もまた、ずっと僕を信じ続けてくれていた。
「敵じゃないよ。プルートは紛れもなく僕らの仲間だよ」
アイテムポーチからプラネテスの名簿を取り出して彼女に見せた。
名簿の上から7番目にはしっかりとプルート・ディス・パテルの名が彼女自身の筆跡によって記されていた。たとえ仲間になったふりであったとしても、彼女が確かに僕らのメンバーの一員であることにこれ以上の証拠はない。
記載されている以上はパーティの一員としての法的根拠もある。どう思っているかよりも、どう行動したかが大事なのだ。
「――確かに私の名前だ」
「それとこれ、ずっと探してたよね?」
「! ……それは……バイデント」
僕はアイテムポーチからプルートの相棒とも呼ぶべきバイデントを取り出し、それを彼女の手に渡したのだ。
これにはまるでサプライズプレゼントを見せられたかのように大きく目を見開いた。
「えへへ、収容所の中に保管されてたから、こっそり盗んできちゃった」
「私のためにか?」
「同じプラネテスの仲間だろ。当然のことだ」
「――ありがとう……アース」
プルートはますます涙が止まらなくなった。
そして目の周りについている水滴を拭き取ると、二又槍をハデス皇帝たちに向けた。
鋭く力強い眼光で敵を見るように睨みつけていることからも、彼女が実の父や姉と戦うことを決めた覚悟がうかがえる。
ここに、プラネテスの最後の1人がようやく揃うのだった。
ハデス皇帝たちは僕がプルートを助けている間にケルベロスの復活を行っていた。
ニクスはまるで真珠のような輝きを放っている紫色の珠を持ち、【復活】と唱えた。すると、紫色の珠がその役割を終えたかのように弾け飛び、段々とケルベロス化石に動物の肉のようなものが身についてくると、化石の全身が活きているかのように動き出した。
その三つ首が凶暴な番犬のような姿へと変わっていき、そこに闇の魔力が注がれていく。マーキュリーが言うには、禁術によって復活したモンスターはモンスター自体を倒すか、闇の魔力の持ち主を殺さない限り倒れることはない。
しかも自らの意思によって本能的に動き、【洗脳】とセットでなければ操ることはできないのだ。
ケルベロスがこちらを向きながら威嚇をし始めた。いつ襲われても不思議ではない。
「ついに復活してしまったか」
「あの紫色の珠は何なの?」
「あれは魔真珠だ。相手から魔力の一部を奪い、それを封印することができる。しかも使い捨てではあるが、持ち主の意思で使うことができる。私はあれに闇の魔力を吸い上げられてから地下牢に幽閉された」
「プルート、お前から吸い上げた闇の魔力のお陰で、見事ケルベロスを復活させることができた。感謝するぞ」
「くっ……」
悔しそうな顔でプルートがニクスを睨みつけるが、ニクスはそれを無視しながらステュクスがいる方を向いた。
「ステュクス、ケルベロスを洗脳しろ。今すぐにな」
「……嫌です」
「聞き違えたかな。嫌ですと聞こえたが」
「その通りです」
「お前、本気で言ってるのか?」
「ええ、本気です。私はお姉様に従う気はありません」
「ならば死ね」
ニクスがカラドボルグを使い、何の躊躇もなくステュクスの首をはねた。
白く光る髪が赤く染まり、ニクスとカラドボルグに血が飛び散った。
宙を舞う首をニクスが掴むと、その悲しそう表情のまま固まっているステュクスを哀れみの目で見つめている。
「お前は最期まで愚かな妹だな。プルートと手を組んだとて、私と父上には敵わないというのに」
「ニクス……何てことを」
「ステュクスお姉様……」
「邪魔者はたとえ身内であっても切る。これで太古のモンスター全ての洗脳が解け、敵味方を問わず攻撃し始めるだろうが、もはやそんなことはどうでもいい。くれてやる」
プルートの目の前にステュクスの首が飛んでくると、彼女はその首を抱き、涙を流しながら震えた声で泣き叫び、ステュクスの冥福を祈った。
目の前で起こったことが信じられなかった。
人はこうも残酷になれるのか――僕らの心を包み込んでいた悲しみは、やがて目の前で冷酷な笑みを浮かべる者たちへの怒りへと変わっていく。
僕はガイアソラスを、プルートはバイデントを構えた。
だがモンスターたちのコントロールが不可能となった今、ケルベロスも例外なく目の前の帝国軍兵士たちを次々と襲い始めた。
「うわあああああっ!」
「ぎゃあああああっ!」
「ぐわあああああっ!」
次々とケルベロスたちの食事となっていく数人の兵士たち。
しかし、ハデス皇帝もニクスはそれを止めようとすらしなかった。むしろこうなることを望んでいるかのようだった。
そうか、ここにいる兵士たちは最初からケルベロスの餌にするつもりだったんだ。
さらにケルベロスの牙がオルクス将軍に襲いかかろうとしていた。
「くっ、来るなっ! 皇帝陛下、皇女様、どうかお助けをっ!」
「オルクス、何故そなたがここに呼ばれたか分かるか? 一度ならず二度までもアースたちの上陸を許したからだ。確かに言ったはずだぞ。次にアースの上陸を許した時は料理を振る舞うとな」
「貴様……図ったな! このろくでなしの暴君がっ!」
最期を悟ったオルクス将軍が今まで抑えていた本音をぶちまけた。だがそれを聞いても一切気に留めないあたり、もはや負け惜しみにしか聞こえていない。
ケルベロスの中央頭が目の前の料理にかぶりつくように彼に襲いかかった。
「ひいいいいいっ! ――!」
間一髪のところで僕のガイアソラスがケルベロスの中央頭の右目に突き刺さった。
そこから多量の血が噴き出すと、ケルベロスが慌てて僕と距離を取った。後ろを振り返ってみればしりもちをついたオルクス将軍がぽかーんとした顔が見えた。
「何故俺を助けた?」
「敵の敵は味方ですよ。あなたもハデスへの信頼なんてとっくに尽きてたんじゃないんですか?」
「ああ、そうだ。いつかあんなろくでなしから解放されたいと思っていた。だが怖かった。死を覚悟するまでは」
「僕に力を貸していただけませんか?」
「し、しかし」
「協力していただけだら、戦犯にはしないと約束します」
「本当か?」
「もちろんです」
「――あのプルート皇女を頑なに信じ続けたくらいだ。信じてやるよ」
僕はにっこりと微笑んだ。オルクス将軍の言葉はとっさの判断ではなく、さっきまでの僕を見続けていたことで信頼が生じたからであるとすぐに分かった。
オルクス将軍が味方となり、情勢は傾いたかと思われた。
今度はケルベロスがニクスに襲いかかるが、ニクスがそれをカラドボルグ一振りで薙ぎ払った。
力の差を見せつけると、ケルベロスは後ずさりをしながら屋上の壁へと追いやられた。さっきまでの中央頭の右目は完全に回復しており、生半可な攻撃ではまず倒せないことが判明したのか、オルクス将軍が全身を震わせている。
「ケルベロス、私に従い、私を性転換させてみよ」
ニクスがじりじりとケルベロスに近寄り呟いた。
まずい、このままでは――。
そう思った瞬間、突然体が動かなくなった。ハデス皇帝の魔力により、僕、プルート、オルクス将軍が動けなくなってしまった。
「何だこれはっ! 体が動かねえ!」
「ふはははははっ! これは【拘束】という魔法だ」
「父上、ニクスお姉様を止めてください」
「何を言う。これで立派な後継者の完成なのだぞ。後は世界のどこかにあるコカトリスを化石から復活させ、その力で永遠の命と無限の魔力をニクスが得れば後継者問題も解決し、世界はプルート帝国のものとなるのだぁ~!」
「そんなこと――させないっ!」
「!」
僕は体の内側から魔力を発し、【拘束】の魔力を力づくで突破した。
しかし、もう遅かった。ケルベロスの真っ黒なオーラを帯びた魔力の光がニクスに注がれた。ニクスは【洗脳】すらせずにケルベロスを服従させてしまったのだ。
ニクスのほっそりとした体が段々と男の姿へと変わっていき、全身の筋肉や骨格が盛り上がり、迫力のある姿へと変貌を遂げていく。
「……やっと手に入れたぞ。これぞ私の魔力を最大限に引き出せる男の体だ」
さっきよりも低い声でニクスが言った。
僕らが知っているニクスはもうそこにはなかった。
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