第94話「無能力者、帝都に侵攻する」
木の陰に隠れていると、僕を心配したルーナが駆け寄ってくる。
「アースさん、何があったのか教えてください。どうして禁術使いを倒す話をした途端からそんなに悲しむのですか?」
ルーナが心配そうな顔を僕に近づけながら尋ねた。
「……最後に身代わり君を使った時、帝城の地下牢でプルートに会った」
「プルートさんに会ったんですか?」
「うん……捕まって痩せこけてた。裏切り者として」
「! ――そんな」
まるでシンパシーを感じるようにルーナまでもが目に涙を浮かべた。
そんな彼女の頭を胸元に抱き寄せると、サラサラとした髪を優しくなでた。
ルーナはプラネテスの女性の中では最もプルートと仲が良かった。
プルートはルーナが僕への好意を持っていることを見抜いていたようで、どうやって僕への好意を伝えるかを真剣に相談していたところを偶然目撃したことを思い出した。もうあの時点で健気な人にはとても弱いことが分かった。
「ルーナ、みんなには内緒だよ」
「でもどうするんですか? 皆さんはプルートさんを敵だと思ってますよ」
「プルートの対処は僕に任せてくれ。それに――プルートは僕らを裏切ってなかった。だから僕もプルートを助けるって決めたんだ」
「……アースさん、わたくしも協力します。アースさんのように怪我や病気を回復することはできませんが、誰かに寄り添って病んだ心を癒すことならできます」
「人の心を癒すのが1番難しいよ」
「魔法はその能力さえあればこなせますが、心を癒すには誠実さが必要です」
「ルーナ、明日は総力戦になる。僕は敵の中枢に潜り込む。そして必ず勝って戻ってくる。だから君は帝都の外で待っていてほしい」
「はいっ!」
そう言いながらルーナが僕の懐に潜り込み、子犬のように甘えてくる。
夜を迎えると、僕らはかなり久しぶりにプルーティノ川を越えた。
他国の軍が帝都カロンを囲むように流れているプルーティノ川を越えることは、文字通り軍事的侵攻を意味していた。
以前越えた場所とは全く違う場所だが、この青く澄みきった川を見る度にあの時のことを思い出してしまう。マーズと共にこの川を越えた時は、まさか故郷があんな状態になっているとは思ってもみなかった。
既に太陽は沈み、空は漆黒の闇に包まれている。
僕は吸収したライカンスロープの能力により、何もなくても周囲がハッキリ見えるが、ルーナたちや兵士たちは魔力照明を使い、周囲を明るく照らしている。これは魔力を注ぎ込むことで光り出すランプだ。
しかし、あまり多く使うと侵攻時に敵にばれてしまうために最小限の数しか使えず、明るさも最小限に抑える必要があった。
アルダシール将軍の前にプラネテスのみんなや将軍に兵士たちが一糸乱れずに並んでいる。
「皆の者、これは我らがプルート帝国を倒す絶好の機会となろう。自由と平和を取り戻し、二度とあのような国が現れぬよう、今日から明日にかけての戦いを今後の戒めとするのだ。よいなっ!?」
「「「「「おお~っ!」」」」」
さすがはアルダシール将軍、士気を上げるのがうまい。
つい先ほどまで気が抜けていた兵士たちがまるで両頬にビンタでも受けたのように目を覚まし、俄然やる気になっている。
「敵はあの塀に囲まれた帝都だ。略奪はするな。ただ目の前の敵を討ち取るのだ。かかれ~っ!」
「「「「「うおおおおお~っ!」」」」」
掛け声と共に連合軍による帝都カロンへの攻撃が始まった。
連合国軍と兵の周囲で待ち構えていた帝国軍兵士たちとの戦闘が始まり、剣や盾を打ち鳴らし合う音が各地で聞こえ始めた。連合国軍は3個軍団に別れ、カロンを完全に包囲した上で敵の逃げ道を塞いだのだ。
王国や共和国の将軍は兵糧攻めを提案したが、アルダシール将軍がこれを拒否した。
放っておけばまた太古のモンスターが化石から復活させられ、そのモンスターたちが一斉に各国に襲いかかってきたらどうするのだと一蹴してしまった。そんなことになればもはや団結どころではなくなる。
連合軍の目的は敵兵と交戦しながら僕を敵の中枢に送り、太古のモンスターたちの心臓部である禁術使いを倒すことだ。
――プルート、僕はどうすればいいんだ?
こぼれ落ちそうになる涙を抑えながらガイアソラスで敵兵を倒しながら大きく聳え立つ塀の目の前まで進軍すると、僕は周囲の兵士たちを下がらせた。
「【撃滅道路】」
手の平から極太の黒い光線が一直線に前方に勢いよく発射され、黒い光線が周囲の塀を破壊し尽してしまった。
目の前には黒い光線でできた一本の道があり、地面は人の脚の半分が全部入りきるくらいに中央区に向かって一直線に抉れている。
しかも塀が大きく壊されたことでそこから雪崩れ込むように連合軍の兵士たちが武器を構え勢いよく走りながら突入した。
「何だあれは?」
「リントヴルムとウロボロスよ。気をつけて。このモンスターたち、今までのモンスターたちとオーラが全然違う」
この威圧感から内に秘めた強さをジュピターが感じ取り、いつもより低く真剣な声で僕らに警告しながら木製箒を構えた。
塀をよじ登りながらこちらを見つめているリントヴルム、地面に力強く大きな4本指の脚を踏みしめているウロボロスが自らの尻尾から生えている剣のグリップに当たる部分を噛みながら僕らを睨みつけた。
「アース、行って」
「えっ、でも――」
「ここはあたしたちに任せて。あなたにはやるべきことがあるでしょ」
ウラヌスが後ろから優しく微笑みかけた。こんな状況なのに随分と余裕だな。
ルーナ、マーズ、ヴィーナス、マーキュリーは表情に余裕がない。だがジュピター、ウラヌス、サターン、ネプチューンはむしろワクワクしている様子だ。これが格の違いなのかは分からない。だが今までの場数の多さがこの時の彼女らの表情として表れているのは確かだ。
僕1人だけここから中央突破を狙うのもありだが、2体とも明らかに僕を狙っている。
恐らくはこのガイアソラスに反応しているのだ。伝説の魔剣とは少なからず因縁があるのは分からんでもないが、今はこいつらの相手をしている暇はない。
距離が離れれば回復はできなくなる。アルダシール将軍はこの時のためにありったけのポーションを持参したと言った。ならば僕は彼らを信じるのみ。
「――分かった。必ず生き延びてね」
皆が一斉に黙ったまま頷いた。僕はガイアソラスを構え、帝都中央区へと進んだ。
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