第91話「無能力者、戦場を悼む」
僕は海岸沿いに固まっていた敵戦艦を全滅させると、大きな翼を背中から生やし、エッジワース港に上陸を果たした。
それに続いて後ろから連合国の兵士たちが戦艦を海岸に押し付け、次々と戦艦からジャンプして飛び降りてくる。
鉄の塊が落ちるように鎧を着た兵士たちがズシッと地面に降り立つ音が鳴り響いた。
後ろを振り返ると、そこにはプラネテスの仲間たちが清々しい笑顔をこちらに向けながら頷いた。僕もそれに応えるように頷き返すと、極太の光線によってできた道を歩いていく。その道には海水が流れ込み、森に近づくほどに海水の深さは段々と浅くなっていく。
「アース、やったわね」
「ホント、えげつない攻撃するわね」
「まあね。これで敵戦艦は全て倒した。このまま帝都カロンまで突っ走るよ」
「帝国軍の兵士たちが逃げていくけど、どうしたのかしら?」
「アースの力におののいて逃げていったんだわ」
「いや、それは違う。しばらく様子を見るぞ。ここで一度休憩を挟むぞ!」
最後にのっそりと戦艦から降りてきたアルダシールが森の方向に目を向けながら言った。
全身の鎧に敵や味方の血がべっとりとこびりついており、その凝固した赤黒い血がさっきまでの戦闘の激しさを物語っていた。
兵士たちはアルダシール将軍の指示に従い、キャンプの支度を始めてしまった。
「将軍、何故このまま攻め入らないんですか?」
「地の利を得ているにもかかわらず、わざわざ敵が撤退しているのがどういうことか分かるか?」
「えっ? ――僕らを恐れているからではないのですか?」
僕は疑問に思いながら答えるが、アルダシール将軍は目を瞑りながら首を横に振った。
まだまだ戦闘経験が浅いのか、僕にはこの戦況が圧倒的有利なようにしか思えない。連合軍の兵士たちは息を切らしているが、それでも士気は高いままだ。しかし、アルダシール将軍は至って冷静な目で戦局を見極めている様子だ。
慎重なのか、それとも他に理由があるのか――。
「マーキュリー、どういうことなの?」
「敵の逃げ方に必死さがないこと、そしてあたかも上陸されることを想定したあのフォーメーションを考えれば、これは恐らく敵の罠」
「罠って、どうしてそんなことが……」
「以前オルクス将軍と戦った時のことを話しただろう。あの時と戦況がよく似ている。最初こそ我が軍が押していたが、オルクス率いる帝国軍に誘い込まれ敗北した。奴はこちらに優勢であると思わせておいて深入りをしてきた我が軍を包囲し、一気に殲滅させられたのだ」
「「「「「!」」」」」
アルダシール将軍の判断に意味が分かった。
彼は同じ過ちを繰り返すまいと立ち止まったのだ。
「私と共に反乱に加わった者たちはみな死んだ。私は命からがらムーン大公国まで逃げてきた。そして大公たちに事のあらましと国家機密を伝え、将軍として召し抱えてもらったわけだ」
「……そんなことがあったんですね」
「この状況は実にまずい。奴らが何を仕掛けてくるか分からん。上陸したとはいえ、ここで敵地であることに変わりはない。土地勘はあるが、昔見たものとはまるで景色が変わっている。昔はもっと森の面積が広かった。まさか伐採がここまで進んでいるとは」
「ではどうするのですか?」
「今日はここでキャンプだ。兵士たちも疲れている。いくら自動で回復ができるとはいえ、君の魔力にも限界はあるだろう。私たちは極力アースを温存しながら攻める方針だ。肝心な時に君の魔力が底を尽きれば、その時点で我らの敗北だ。太古のモンスターたちを倒すにはアースの力が必要不可欠であることを忘れないでくれ」
「分かりました――!」
その時、僕の真上を大きな影が覆った。
真上を見てみれば、虹色に輝く大きな鳥が空を飛び、こちらを睨みつけている。
力強い翼と鋭い爪のついた足、九つのカールのように丸まった尻尾、羽の1羽1羽が全く違う色であり、これも全部合わせて九つの種類を持っていた。
「「「「「!」」」」」
「何だあれは?」
「あれはフェニックス。太古のモンスターの一種。伝説の不死鳥とも呼ばれ。かつてはレヴィアタンと互角に戦うほどの強さを誇ったが、何らかの原因で不死の力を封印されて滅びたとされる。その翼は鉄板のように熱く、口から吐かれる太陽のような火の玉は全てを焼き尽くす」
「フェニックスだと何故こんな時に」
【凝視】でフェニックスを調べた。おおよそマーキュリーが言った通りだ。
破壊力は今までのモンスターの中でもトップクラス。
どうにかして早く倒さないと。
「みんな伏せてっ!」
ジュピターの叫び声と共に僕らはその場にしゃがみ込んだ。
すると、フェニックスが口から太陽のような炎の塊を真っ直ぐこちらに放出した。
周囲で大爆発が起こり、辺り一面が火の海となった。
ここまで入って来ていた海水が一瞬にして蒸発し、数百人いたはずの兵士たちまでもがその場からいなくなっていた。
「あれっ! 兵士たちは?」
「さっきの攻撃で蒸発した」
「そんな……」
「あの一瞬でやっつけられたんじゃ、アースの【自動回復】をもってしても回復が間に合わないじゃない」
「一撃で消し飛ばすなら、回復が始まる前に倒すことができるわ」
「じゃあ、アースの【自動回復】は封じられたってこと? それまずくない?」
何ということだ。犠牲は1人も出さないと誓ったのに――。
これが戦争なんだ。一度死んだ者たちはもう戻ってはこない。かと言って禁術が使えるはずもなく彼らの蘇生は断念せざるを得なかった。
恐ろしいことに、さっきまで一緒に笑いながら語り合っていた相手がいともたやすく目の前で消し炭にされたまま黙っていられるほど僕は寛大ではない。明確な殺意を抱きながらガイアソラスを躊躇なくフェニックスに向けた。
「……許さない」
連合国軍から大勢の犠牲者を出したことで、僕の心は怒りで煮えたぎっていた。
フェニックスは僕の右肘から先のガイアソラスを見つけると、まるでかつて見たことがあるかのような鋭い目でこれを睨みつけた。
今度は翼から羽を縦断のようにいくつも飛ばしてくると、それらが全て僕に命中し、辺りは煙に包まれた。
「アースっ!」
「どうかした?」
「! アース、あんた攻撃が直撃したのに……大丈夫なの?」
「全然平気だよ。さっき兵士たちが受けた痛みに比べれば」
今度はこっちの番だ。フェニックス、僕はお前を絶対に許さない。
ガイアソラスを構えた僕は、そのまま敵と認識した不死鳥へと向かい飛び立った。
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