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第9話「無能力者、王女を治療する」

 ついさっきまで架空とされていた回復術師が目の前にいる。


 ネレイド国王たちにとってその現実は青天の霹靂以外の何ものでもなかった。この突然の衝撃は彼の凍てつく鉄壁の表情すらも変えてしまった。


「回復術師とな。それは本当であるか?」


 他国のことだからとすっかり話を切り上げる気でいたネレイド国王が僕に尋ねた。


「はい。本当です。厳密に言えば、僕の力ではありませんが」

「そなたの力ではないとは、どういうことなのだ?」

「回復魔法は全てガイアソラスの力によるものです」

「ガイアソラス……もしや、光魔剣(こうまけん)のことか?」

「そうです」

「ふっ、まさか光魔剣(こうまけん)の使い手が現れるとはな」


 ネレイド国王が不敵な笑みを浮かべて言った。


 その見慣れない表情からは安堵の感情が垣間見えた。


「ご存じなのですか?」

「噂で聞いたことがある。魔剣でありながら争いを好まず、他の魔剣や聖剣とは対照的に大地の恵みや癒しの力を持つという、世にも珍しい魔剣であるとな。して、その光魔剣(こうまけん)はどこにあるのだ?」

「そ、それが……僕の体と融合してしまったみたいで」

「何、融合しただと。これは驚いた。まさか人と融合できる能力まで備えているとは知らなかった。そなたから感じた膨大な魔力の正体はそれだったか。ならば召喚すればよい」

「召喚ですか? ――うわっ!」

「「「「「!」」」」」


 突然、僕の右肘から先が青白く光りだし、まるで自己主張するかのようにガイアソラスの姿へと変わった。


 青く美しくもその矛先から感じる鋭い切れ味は、そこらの剣が全て見劣りするほどだ。


 周囲は表情が石造のように固まり、今の自分の姿には僕自身も驚嘆を隠せなかった。体の一部が武器に変わるなんて信じられない。多分、ごく普通の人間としての僕はガイアソラスと融合した時点で死んでしまったのだろう。今の僕は魔剣と融合した意思を持つ何かだ。


「あっ、すみませんっ! すぐに戻しますっ!」


 慌てて元に戻るよう強く願うと、青い光を放っていたガイアソラスが元の腕へと戻った。


 念入りに右腕の腕の表と裏を確認する。


 うん、大丈夫だ。ごく普通の僕の腕だ。


「アースよ、もしよければ余の孫娘の病気を治してはくれぬか?」

「……はい。治せるかどうかは分かりませんけど、やってみます」


 ネレイド国王には1人の王子がいたという。だが王子には先の戦争で先立たれてしまい、残ったのは僕より少し年下くらいの小さく痩せ細った病弱な孫娘のみ。


 不測の事態に備え、既に先立った自らの弟の息子を養子とし、王位継承権を与えている。


 僕らは孫娘の部屋まで案内され、そこには立派な目力を持った後継者らしき青年と病の床に伏している可愛らしい女の子の姿があった。


「息子よ。治療できる者を連れてきたぞ」

「本当ですか?」

「ああ、この者が治してくれるそうだ」

「このお嬢さんにそんな力が」

「えっと、僕は男です。アース・ガイアと申します」

「余はこの王国の後継者、ナイアド・ネソ・ツオネラ。彼女は父上である国王陛下の孫娘、ネプチューン・ツオネラという者だ。幼い頃より病弱で、医者が言うには成人するまで生きられないそうだ」

「はぁはぁ。ゲホッゲホッ」


 さっきからずっと息苦しそうだ。


 口の周りには血が付着しており、それをそばにあるハンカチで拭きとっていた。これは症状からして結核だ。ネレイド国王もナイアド王子もネプチューン王女の病状には心を痛めていたようだ。


 医者とは薬草からポーションを生成する人のことである。


 薬草からポーションを作れる魔力の持ち主は人口に対して数が少なく、そのほとんどが皇族や王族の専属の医者、もしくは冒険者たちをはじめとした人々の生命線であるポーション生成工場に引っ張りだこになるほどだ。


 ポーションのもとである薬草にも種類や効果の違いがあるため、迅速にかつ完璧に回復できるような価値の高いポーションはかなり貴重である。


 怪我を治せる『インジュリーポーション』こそ一般にも普及しているが、疾患を治せる『ディズィーズポーション』は貴族の間ですら貴重品である。


 しかもこの前の戦争の影響でポーション生成工場が破壊され、しばらくはポーションの出回りすら滞っている状態であった。


 だからここに来た時、ポーションがあんなにも高騰していたんだ。


「ネプチューン。大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫。大丈夫だから。はぁはぁ」


 笑いながら強がっているが全然大丈夫じゃない。


「分かりました。そういうことでしたら、僕が治療します」

「できるのか?」

「やってみます」


 僕はネプチューン王女の前で【治療(セラピー)】と強く願った。


 すると、肩で息をするほど呼吸に苦しんでいたネプチューン王女が安らぎを取り戻し、夢でも見ていたかのように大きく目を見開いた。彼女の目には僕の姿がくっきりと映っていた。


「――あれっ、全然苦しくない」


 自分の健康を確認するようにベッドから降りて立ち上がると、ネレイド国王が彼女に歩み寄り抱きかかえた。


「治ったんだな?」

「うん。おじい様、心配かけてごめんね」

「いいんだ。治ってくれて本当によかった」


 冷静王と呼ばれたネレイド国王の笑みに周囲は安堵の表情を浮かべた。


「あんた本当に凄いじゃない。怪我だけじゃなくて病気まで治しちゃうなんて」

「さすがはプラネテスの回復担当(ヒーラー)ね。あたし、惚れちゃったかも」

「ちょっと、あんた何言ってるのよ」

「えー、いいじゃなーい。ちょうどフリーみたいだし」

「えっ、アースさんって彼女いないんですか?」

「は、はい。まあ……」


 ネプチューン王女だけでなく、プラネテスのみんなも病気の完治を心から喜んでいる。ルーナは目に涙を浮かべているが、マーキュリーはいつも通り無表情のままである。


 まあでも、病気まで治せるとは思わなかったな。魔力を集中する時は発動に必要な単語が自然に出てきた。習得したわけではないが、ガイアソラスと融合したことで必要な単語が本能的に分かってしまうようだ。


「アース、ありがとう!」


 ネプチューン王女がそう言いながら僕に抱きついてきた。


 藍色の短髪に僕より一回り小さい体はそこまで負担じゃなかった。

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