第88話「無能力者、敵の秘密を知る」
首脳会談は思った以上に早く進んだ。
奥の席に座っている大公、大公から見て左側にはネレイド国王、右側にはオフィーリア大統領が落ち着いた様子で席に座っている。
オフィーリア大統領はこの侵攻作戦に際し、度々発言を求められては具体的な案をサターンに委ねていた。結局、侵攻作戦のほとんどが将軍としての経験が豊富なサターンやアルダシール将軍の案に決まり、僕も首脳会談の証人としてそれを見届けた。
メインディッシュのステーキを終えたあたりでおおよその方針が決まり、後は誰をどこに配置するかを決めるくらいであった。
3日後には連合軍がエッジワースからプルート帝国本国に乗り込む予定だ。ネプチューン王国軍は邪魔をしてくる敵艦隊に海戦を仕掛けて海路を開き、ウラヌス共和国軍が上陸してから海辺を守っている敵兵を突破し、帝都カロンまでの道を確保する。
そして最後に大公国軍が帝都カロンを陥落させるという計画だ。
対岸には鉄壁の防衛ラインが敷かれている。多くの兵がその場所に集中していることは事前の諜報で既に判明済みだ。プラネテスは大公国軍の一部隊として帝都カロンの攻略に参加することとなっているが、僕らは例外的に海戦から参加することに。
「まあそういうわけだ。アースには最初から最前線で戦ってもらい、帝都カロンの陥落とそこにいる民の解放を頼みたい。もうこれ以上、プルート帝国の横暴を無視するわけにはいかない」
「分かりました。その前に、1つ伺いたいことがあるのですが」
「どんなことだね?」
「この前風の噂で奴が目覚めるという話を聞いたのですが」
「「「「「……」」」」」
僕がつかぬことを尋ねると、まるで大公の部屋だけ気温が下がったかのように、僕、ルーナ、ウラヌス以外の全員がゾッとした顔のまま食べる手を止めた。
大公が召使いの1人に目を向けコクリと頷くと、何かを察した召使いたちがぞろぞろと部屋から出ていってしまった。
「その奴というのは、どんな存在なんですか?」
「……誰が話したかは知らんが、そこまで知られたなら教えよう。だが絶対に口外しないようにな」
「はい、分かりました」
「奴というのは、コカトリスのことだ」
「コカトリス?」
「ああ。太古の昔に存在した原初のモンスターで、数多くのモンスターの生みの親と言われている。長い間この星を支配した後、人間が作った光魔剣と邪聖槍によって倒されたとされている」
「邪聖槍?」
「そうだ。君が持っている【光魔剣ガイアソラス】はその内の1つで、それと対極をなすのが、【邪聖槍ポントスピア】と呼ばれる武器だ」
「邪聖槍……ポントスピア」
「ガイアソラスは平和を象徴する大地の魔剣、ポントスピアは戦乱を象徴する大海の聖槍。どちらも数多く存在する伝説の武器の中でも群を抜いておる。何故そなたがその内の1つを持っているのかがずっと気になっておった」
斜め前に座っているネレイド国王が僕の方を向き話しかけた。
やっと口を開いたかと思えば、この言葉で何故ネレイド国王が僕に対する警戒を一向に緩めなかったのかがようやく納得できた。
ガイアソラスは太古の昔から存在する伝説の武器だった。しかもこの武器に引き寄せられるように太古のモンスターたちが僕を探しているという。僕はそれほどにまで凄い武器を手にしていたのか。何だか怖くなってきた。
さっきから緊張のあまり両手が震え、背中には嫌な汗が流れている。
聞いてはならないことを聞いてしまったようだ。
「この伝説にはまだ続きがある。かつて2つの武器を手にした伝説の勇者が、この剣を2つの大陸に封印させたという伝承がネプチューン王国の伝承として残っている。2つの大陸とはハウメア大陸とヒイアカ大陸のことだ。だがそなたのお陰でガイアソラスはハウメア大陸に、ポントスピアがヒイアカ大陸にあることが分かった」
「ウラヌス共和国の伝承では、伝説の勇者は膨大な魔力を持つこの武器が後世の人間たちによって悪用されることを恐れた。伝説の勇者は亡くなる直前、2人の仲間にガイアソラスとポントスピアを授けて封印させたそうよ。その封印は先祖代々から2つの大陸で守られ続け、人々は次第に伝説の勇者も、伝説の武器の存在も忘れていった」
ネレイド国王の後で答え合わせをするようにオフィーリア大統領が言った。
それぞれの地域によって伝承は異なるらしい。だがどこにも相違点はないことからも、ピースの欠片のように伝承がバラバラに伝えられていったことが分かる。
――いや、違う。忘れていったんじゃなく、忘れてほしかったんだ。
二度とこの武器が使われることがないように――。
僕は自らの右腕の手の平を見ながら思った。
そしてガイアソラスが関わったとされるコカトリスが復活させられようとしているのだ。またしても恐ろしい歴史が繰り返されようとしている。
僕には分かる。伝説の勇者がそれぞれの武器を封印したのは、それほどまでに大きな戦いがあったからだ。ましてや一振りで戦局を変えてしまいかねないこの2つの武器が使われたとなれば、かなり大勢の犠牲が出たはずだ。
伝承が伝えられながらも人々の多くがそれを知らないのは禁忌でもあるからだ。
現に僕でさえ、今詳細を知ったばかりだ。
こんな国家機密が公になれば、人々は草の根を分けてでもポントスピアを血眼になって探し始めるだろう。持っているだけで世界征服ができるとサターンが言っていた理由はこれだったのか。
ウラヌスがあんな意味深な言葉を残した理由が今分かった。
みんな僕が相手なら言わざるを得ないからだ。しかも僕はガイアソラスと融合した当事者、なおさら言わないわけにはいかない。
全ては彼女の思い通りになったわけだ。
「もしコカトリスが目覚めてしまえば、この世界はたちまち征服されてしまうでしょう。コカトリスを倒せるのはかつてコカトリスを倒した伝説の武器のみ。アース、あなたはその内の1つを持っているのです。私たちにとって、あなたは最後の希望なのです」
「……だから皆さんは……一刻も早くプルート帝国へ攻め入ろうとしていたのですね」
「そうだ。だが太古のモンスターは思っていた以上に力が強く、とても本国に立ち入ることはできなかった。だがアースがその道を開いてくれた。復活させられる前に、何としてでも阻止する必要がったのだ。諜報に優れたウラヌス共和国からこの情報を知った時は怖気が走った」
大公は恐れていた。伝承では人類誕生後、長い間コカトリスの支配に苦しみ続け、何度か滅ぼされかけたことがあるとケレスの屋敷で聞いたことがある。
それなら僕も協力しよう。この世の平和のために。
そして……大切な仲間たちを守るために。
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