第85話「無能力者、救世を誓う」
僕がレヴィアタンと対峙したのは必然だった。
プルートは裏切ったと見せかけて罠を張った。蘇らせる太古のモンスターを自分で選んだのだ。しかもあえて僕を強化できるモンスターを選んだ。
「プルート、君はわざと強いモンスターを復活させて、それを僕に吸収させるよう仕向けたよね?」
「!」
分かりやすい反応だ。やっぱりこういうことだったんだね。
ハデス皇帝は僕が【吸収】を使えることを知らない。
敵にとっては最も重要な情報を彼女は伝えなかった。それがハデス皇帝に対する精一杯の抵抗にすら思えるほどだ。
「おかげでどうにかなったよ。ありがとう」
「まさかそこまで見抜いていたとは思わなかった」
「弱いモンスターを選んで復活させることもできたはず。でもそれをしなかったのは、僕を信じてくれていたからだよね?」
「――ふっ、お前には適わないな」
鼻で笑ったかと思えば、あっさりと自らの意図を明かしてしまった。
プルートは一通りモンスターを蘇らせた後、僕の力でさえ脱出できない方法でここに幽閉されてしまったが、そのことを悔いてはいない様子だ。
「外に見たこともないモンスターがいただろう。あのモンスターたちの能力を吸収すれば、父上やニクスお姉さまに対抗するだけの力を得ることができるだろう。もしまだ……私のことを信じてくれているなら……私をここから出してくれれば、その時は必ずアースに味方すると約束しよう」
「分かった。必ずまたここに戻ってくる」
「ふふっ、本当に信じてくれるんだな」
「たとえ――偽りであったとしても――僕はプルートを信じる。変に疑うよりも、信じて裏切られる方がずっといい。馬鹿かもしれないけど、僕にはそんな生き方がずっと合ってる。何度裏切られようとも、僕は絶対君を離さない。必ず君を助け出してみせる」
「……アース」
プルートが赤面しながらも僕の顔に向かって指を広げた手を伸ばし、同時に僕も彼女の顔に向けて同様に手を伸ばした。
だがその手は先端が魔法結界に触れる前にピタリと止まった。
どちらかがこれに触れれば外にいる兵士に伝わってしまい、何事かと急いでここまで駆けつけてくることは必至。彼女は僕に触れることさえできないことに胸を痛めているようだった。僕も全く同じ気持ちだ。
プルートは力尽きるように手を下ろし、そのまま仰向けに横たわってしまった。
「プルート、また戻ってくるよ」
「……ああ、信じてるぞ――こんな言葉、初めて使ったな。私が誠実に生きていくには、この帝国内ではいかんせん難しいものがあった。政権争いを生き延びるため、駆け引きでいつも人を騙し、自分さえ騙すことに慣れてしまっていたことに気づかされた。お前と出会って初めて思った。せめて自分にだけは……嘘を吐きたくないと」
「だったら正直に生きればいい。今からでも遅くはないよ」
「アース、もし再び会えたら……お前に1つ頼みがある」
「頼み?」
「ああ」
唇が若干震えているように見える彼女が再び口を開こうとした時だった――。
「プルート皇女、そろそろお食事の時間ですよ」
中年らしい低い声が聞こえた。さっきオルクスと話していたクワオアーだった。
漆黒の鎧と黒いマントを羽織っており、短髪は対照的に真っ白、体には所々に戦地で受けたであろう傷がついている。
火が灯されたランプを左手で脇の下くらいの高さに持ち上げながらこちらに近づいてくる。さっきの軽いノリはそのままだ。
右手には囚人用に作られた固そうなパンが入った粗食の袋が乗せられている。とても皇族に対して出されるような食べ物じゃない。
嫌な音を立てながら鉄格子の扉が開けられ、その細い手に粗食が手渡された。驚くべきことに、あの鎧は魔法結界を無視できるらしい。すぐに扉が閉められると、クワオアーがプルートを同情の眼差しを送っている。
プルートが帝国を裏切ったとして閉じ込められていることまでは分かる。罪を犯して幽閉された者はたとえ皇族や王族であったとしてもぞんざいに扱われるのが通例である。彼女もその例外ではなかった。それにしたって、どうしてプルートはステュクスを見捨てずに戻ったんだ?
素朴な疑問が頭から離れようとしない。僕はそのまま気配を消し、通路の端にまでこっそり移動して2人を見守った。
「ステュクスお姉さまは無事か?」
「ええ。全てのモンスターを【洗脳】し終えて、両腕を手錠で縛られたままモンスターたちを操っておられます。しかもちょっとでも抵抗したら全身に激痛が走る仕様です。全く! あれじゃどっちが操り人形か分かりませんよ!」
「そう言ってやるな。お姉さまも辛いのだ」
「申し訳ありません。出過ぎたことを言いました」
「まあいい。それより外の様子はどうだ?」
「極めて深刻です。民が次々と徴兵され、畑も作物も全て没収され、資源も全て帝国の所有物となっております。民は皇帝陛下の力の前に声を上げることもできません」
クワオアーがその場に跪き、民の窮状を訴えるように言った。
さっきオルクスと話していた時と比べ、軽いノリのような話し方こそ変わらないが態度はまるで別人だ。今でも彼女に対する敬意が損なわれていない。
戦争準備が行われていることは傍から見ても分かる。だが民の生活を脅かすほどに資源没収を徹底したという話は今まで聞いたことがない。ただでさえ帝都の民は貧困に苦しむ者も少なくないが、それに構わず戦いを優先することがあっていいのか?
静かに怒りがこみ上げてくる。今にも全身の血管が沸騰しそうだ。
「ニクスお姉さまは?」
「……それが……ケルベロスの化石の残りを捜しております。ナマカ海峡に兵を派遣し、そこで化石発掘をしているそうです。ケルベロスはクレセン島だけでなく、ナマカ海峡にも住んでいたとされていますから、見つけるのは時間の問題かと」
「やはりニクスお姉さまは……私を信用してはいなかったようだな」
プルートは思わず息を吐いた。同じ家族にさえ信用されないことに。
ナマカ海峡はハウメア大陸とヒイアカ大陸の間にあるとても長い海峡だ。確かナマカ海峡はかなり東の方にあるはずだが、そこまで発掘の手が及んでいたのか。
これは思った以上に面倒なことになりそうだ。
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