第83話「無能力者、人を探す」
プルート帝国の動向が少しばかり気になった。
全く気にしていなかったわけではないが、またしても太古のモンスターが復活してしまった以上、もう無視できない状況と言える。身代わり君がばれてもいい。何か情報を掴めれば――。
帰宅してから1人になると、ケレスの家の近くに置いている身代わり君を起動する。
身代わり君の体は埃だらけで緑色の苔が生えていた。それらを削ぎ落としてから家の中を覗いてみたが、ケレスは不在でほとんど何も置かれておらず、すっかりともぬけの殻だ。これじゃ泥棒も入ろうとは思わない。
帝城まで赴いてみれば、そこには地獄絵図のような光景が待ち構えていた。
「!」
思わずその場に立ち尽くしたままキョロキョロと周囲を見渡した。
大勢の帝国軍兵士たちが勢揃いしているほか、太古のモンスターたちが大空を舞い、帝城の屋根によじ登り、帝都内を闊歩したりとやりたい放題だ。
だが肝心のケルベロスはいない。マーキュリーが言うには、プルートが持ち帰ったケルベロスの化石は全体の一部分にすぎず、全ての骨が見つかるまで復活の心配はないんだとか。
「!」
僕が周囲を凝視した途端、僕にしか見えない波動がドーム状に広がっていき、1人1人の情報ばかりか、壁の向こう側にいる人やモンスターまでもが筒抜けとなっている。
――そうか。これはレヴィアタンが持つ能力の1つ、【凝視】だ。しかもモンスターを吸収したことで更なる強化を得たガイアソラスの力により、身代わり君の能力まで強化されている。探索、分析、透視が同時に行えるこの能力のお陰で、ここにいる人たちやモンスターの情報が次々と入ってくる。
特に探索ができるのは本当にありがたい。これで欲しいものを探しやすくなる。
だからレヴィアタンはすぐにクレセン島を特定できたわけだ。しかも戦艦の弱点が海中からの攻撃であることを見破り、海中から尻尾を突き上げて沈没させていた。モンスターにしてはかなり賢い戦い方だ。
しかも警備がモンスターだけで十分なほど厳重であるためか帝城の魔力感知も弱まっている。ここは思い切って帝城に侵入することに。
「なあ、このモンスターたちは本当に安全なのか?」
「心配するな。モンスターたちは全て我々が従えている。ステュクス皇女が【洗脳】で全て意のままに操られているそうだ」
男性同士と思われる会話に思わず耳を傾けた。あの顔、どこかで見たような。
銀色の甲冑と鎧を着用している騎士たちがそばにいるケンタウロスから降りてのんびりと世間話をしている。
髭が伸びていて貫禄のある騎士、彼はあのオルクスだった。そしてその隣には対照的に髭を剃りきっている騎士がいる。2人は腕を組みながら空を舞うモンスターを眺めている。
「それなら安心だ。ていうかこいつら見たこともないな」
「新しいモンスターをどっかから連れてきたんだろう。皇帝陛下も思いきったことをなさる」
「でもまさか、皇子たちがみんな皇女だったとはなー」
「おいっ! 言葉に気をつけろ! 密告でもされたら首が飛ぶぞ」
オルクスは相手に近づき、相手にしか聞こえないくらいの声で激昂する。
「分かったよ、落ち着けって。お前はいつも慎重だな」
髭を剃りきった兵士が両手を天に掲げる仕草を見せて茶化した。
「お前が無鉄砲すぎるんだよ。クワオアー、皇帝陛下が皇女たちが性転換をすることになると言っていたが、本当だと思うか?」
「おいおい、オルクスも言葉に気をつけた方がいいんじゃねえの?」
「うるせえ。実はこの前から皇女様たちの姿が見当たらねえんだよ。お前何か知ってるか?」
「知るわけねえだろ。俺たちはただの雇われ将軍だぞ。内部のことなんて興味ないね。それを探るのは大臣たちの仕事だろ」
「オルクス・ヴァンス、クワオアー・ウェイウォット。ちょっと来てくれ」
「はいはい、今行くよ」
「ちっ……」
不機嫌そうな顔でオルクスが舌打ちをすると、クワオアーと共に彼らを呼んだ別の男に渋々とついていった。
味方からも怪しまれているのか。あっ、こんなことをしている場合じゃない。早くプルートを捜さないと。
僕はこの【凝視】を使い、プルートの行方を探った。
頭の中でプルートの顔を思い浮かべると同時にすぐ反応が返ってきた。
赤く見える反応が彼女までのルートを指し示している。彼女は帝城の地下牢にいる。でもどうして地下牢なんだ?
この前行った皇帝の部屋ではない。ずっと広く1つ1つの個人部屋が用意されている――ちょっと待てよ。こういう部屋、前にも見たことがある。もしかして囚人か?
身代わり君の体を急いで動かし、プルートがいる方向を目指した。お祭り騒ぎで誰も見張っていないまま開門している帝城へと入り、そこから地下へと続く階段を下りた。先は真っ暗だったが、僕にとっては無問題だった。
ガイアソラスの力が以前よりも強化されていることもあり、身代わり君を通して会話をすることはできる。相手にこちらの位置はつかめないままだけど。
僕が今ここに転移しようものならすぐに魔力感知で位置がばれてしまい、一気にややこしい事態になるだろう。
ここは慎重かつ迅速にいこう。プルートがいる位置までもうすぐだ。大きな部屋の中にはたくさんの鉄格子が並んでおり、そこに囚人と思われる者たちが不貞腐れた顔で座っている。
今までに見たことがないほど強力な魔法結界が鉄格子に張り巡らされており、少しでも触れようものなら魔力感知で表にいる門番に伝わる仕組みだ。
鉄格子の中は至って不衛生で、身代わり君を通して異様な臭いが漂ってくる。
何だろう……この吐瀉物と排泄物を混ぜたように鼻が腐る臭いは……皮肉にもモンスターを吸収したために五感が強化されていたのが祟ってしまった。鼻が利きすぎるのも考えものだ。だがそんなことを考えても埒が明かない。
足音を立てないようにしながら歩いていると、ようやくプルートがいる鉄格子に着いた。
皇族とは思えないほどボロボロの布切れのような服を着せられ、他の囚人たちのように小さな窓から見える空をおぼろげな顔で見上げている。
許しを請うように空に向かって手を伸ばし、届かないはずの雲に触ろうとするような動きだ。
その姿はまさに薄幸の乙女だった。
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