第82話「無能力者、大統領の娘と出会う」
ギルドカフェの扉の前にはアイスグリーンのロングヘアーの女性が佇んでいる。
腰まで届いているゆるふわな髪、青と緑を基調としたドレス姿だが、その見た目は至って軽装だ。両肩が露わになっており、大きい胸の谷間から腰回りのくびれまでもが見えてしまっている。
その不敵な笑みを浮かべながらサターンに近づいた。
「ウラヌス、何故私を追ってきたんだ?」
「決まってるじゃなーい。これからプルート帝国を叩き潰すためー。あんたは貴重な戦力なんだから来てもらわないと困るのー」
「レヴィアタンとの戦いが終わったばかりで軍の編制も終わっていないだろう」
「編制なんて話し合っている間にできるわ。とりあえずレヴィアタンに潰された分の戦艦は本国から補充するとして、その間にプルート帝国を解体する計画を立てるわよ」
いきなり何を言い出すかと思えば、このウラヌスという人は犠牲になった戦艦や兵士たちを駒としか見ていないような態度を露わにした。
何をそんなに急いでいるのかを聞いてみようと彼女に歩み寄った。
すると、ウラヌスという人が僕に気づいた。
「あら可愛い。あなたがアース・ガイアね」
「は、はい。あなたはサターンの知り合いですか?」
「知り合いも何もー、サターンはあたしのお友達なの」
「彼女はウラヌス共和国の大臣、ウラヌス・コーディリア。大統領であるオフィーリア・コーディリアの娘で、亡命政権として逃れてきた私たちを引き取ってくれた恩人だ」
「恩人だなんてぇ~。ふふっ。気軽にウラヌスって呼んでね。仲良くしましょ」
「う、うん。よろしく」
突然僕に近づいてきたかと思えば、僕の両手を手に取ってくる――。
その手はとても冷たく、まるでさっきまで凍っていたかのようだ。
「もしかして冷え性なの?」
「あら、よく気づいたわねー。そうよ。あたしは氷結魔法が得意なの。どんな敵だってカチンコチンにしちゃうんだから」
そう言いながらニヤリとした目で僕に向け、両目を至近距離まで近づけてくる。
こ……怖いんだけど。しかも僕の後ろに回り込み、音がするくらいに冷えきった手を僕の首に巻きつけてくる。
人形に抱きつくようにもふもふと体を押しつけてくる。
「あら~、可愛い~。ねえ、本当に男の子なの?」
「は、はい。普段はプラネテスっというパーティのリーダーを務めています」
「プラネテス? あぁ~、確かあなた以外はみんな女の子で、あのプルート皇女を一時的に預かっていたっていうパーティねぇ~」
「「「「「!」」」」」
嘘……だよね? 何でここまで知られてるんだ?
思わぬ言葉につい動揺してしまった。そこにつけ入るようにウラヌスが鼻先を僕の耳元にくっつけながら色気のある声で囁いてくる。
「何で知ってるのって顔してるね」
「――情報収集してたんですね」
寒気を感じながら肌を震わせてた。それほどまでのこちらの動きが読まれていたのだ。
つまり、捕らえようと思えばいつでもできた。プルートはあえて放置されていたんだ。
そこまで重要視されているわけでもないから帝都まで返したと考えれば説明がつく。これほどの情報網を誇っていながら三国同盟を結ぶ決断に至ったということは、大陸側で余程の何かがあったということだ。
「ええ、そうよ。あなたは1人で戦局を変えるほどの力を持っている。そんなあなたの情報を得るのに夢中になるのは当たり前じゃない。あなたは吸収したモンスターと同じ能力を得る。ということはさっきのレヴィアタン吸収で更なる力を得たということよね? あなたの中から強い魔力を感じる。何故ガイアソラスが無能力者と呼ばれていたあなたにそこまでの力を与えたのかしらねぇ~」
「! どうしてそれをっ!?」
「さあ、どうしてかしらぁ~?」
「ウラヌス、帰るぞ」
まるでこれ以上の会話はまずいと言わんばかりにサターンが僕とウラヌスの体を両手で引き離して立ち去ろうとする。
「そうね。早いとこプルート帝国を滅ぼさないと、奴が目覚めてしまうわ」
「その奴って何ですか?」
「教えられるわけないでしょ。これは国家機密なんだからぁ~」
「その割に口が軽いな」
「てへっ」
自分の頭に片手で叩くように触れながら舌を出してウインクをする。
このぶりっ子みたいな仕草、一体どこで覚えたんだ? それにさっきから凄く態度が軽い。とても大統領の娘とは思えない。
「アース、世話になった。しばらくはお前にクレセン島の防衛を任せたい」
「分かりました」
必要なことだけを告げると、サターンとウラヌスはギルドカフェを後にした。ウラヌスはまるでカップルのようにサターンの左腕に抱きつき、彼女は呆れながらも離せと言って振りほどいている。
「ねえ、どうしてアースがクレセン島の防衛を言いつけられたの?」
「分からない? 三国同盟を結んだ今、主目的である帝国への攻撃に専念したいからよ。それだけ本気で早く潰したいってこと。でも何をそんなに急いでいるのかしら?」
「奴が目覚めてしまうって言ってたけど……」
「太古のモンスターじゃない?」
「確かケルベロスの化石をプルートが持ち帰ったから、ケルベロスじゃないの?」
「いや、ケルベロスならとっくに目覚めてるはずだよ」
「どうして分かるのよ?」
「プルートが帝都に戻ってから時間が経つよね。あれからしばらくして太古のモンスターが再び各地で出現したという報告を受けた。プルートは少なからずモンスターの復活に関わってる。それだけは確かだよ。せめて彼女がどうなっているのかを知りたい」
「まだプルートのことを心配してるの?」
「……彼女は裏切ってない」
彼女たちから目を背けながら答えた。まだ諦めていないのは僕だけだ。
プルートは僕を信じてくれているはずだ。でもそれだったら、どうして彼女はケルベロスの化石を持ち帰ったんだ?
思い出せ……思い出すんだ……あの時の光景を、プルートの顔を。
確か――化石を渡した時のプルートは……悲しんでいた。
じゃああれは、自分の意志で化石を持ってきたわけじゃなく、何らかの圧力によって持ってくることを強いられていたのだとしたら。
一度帝都まで行って確かめてみよう。だが魔法結界によって簡単には侵入できないだろうな。
僕はそんなことを考えながらみんなと帰宅するのだった。
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