第80話「無能力者、海の支配者の力を得る」
僕は噛み砕かれることなく針のようにレヴィアタンの口の中へと入った。
赤みのある皮膚や血管がこの大きなドラゴンが生物であることを証明している。
そして僕は右肘から生えているガイアソラスを真上に突き立てた。表面は頑丈でも内側の皮膚は脆いはずだ。レヴィアタンが慌てて体を揺さぶり始めた。きわめて必死に僕を口の中から吐き出そうとしているが、僕は両翼をつっかえ棒にして踏ん張り続けた。
その頃、地上にて――。
「ねえ、さっきアースがレヴィアタンの口の中に入っていったけど、大丈夫なの?」
「食べられてないか心配ね」
「何言ってんだ。アースならきっと大丈夫だぞ」
「何かわけがあるんですよ」
「! あれはっ!」
レヴィアタンの首のあたりから1本の青白く鋭く長い剣が皮膚を突き破って出てきた。
そこから夥しい数の血が噴き出てくると、青色だった周囲の海をあっという間に血の色で染め上げてしまった。しかもそのまま体の末端の部分、つまり尻尾に向かって走り出すようにガイアソラスがその体を内側から切り裂きながら駆け抜けていく。
それもそのはず、僕はガイアソラスを真上に突き立てながら体の奥に向かって走っていたのだ。やはり体の内側が弱点だったのだ。
表の皮膚は爆弾でもびくともしないくらいに鉄壁のような頑丈さを誇っているが、裏の皮膚は魚肉のようにあっさりと切れてしまい、これでもかというほど脆かった。まるで調理されるように全身を切られたレヴィアタンの目から火が消えるように生命力がなくなっていく。
僕はレヴィアタンの体内から脱出すると、レヴィアタンの尻尾の上に降り立ち、その死に様この目でしっかりと見届けた。
その力尽きた大きな頭から海に勢いよく叩きつけられた。視界を全て覆ってしまうほどの水飛沫を全身に浴びた。
レヴィアタンの血が混ざったしょっぱい海水塗れだ。
「やった……やったわ!」
「レヴィアタンを……倒しやがった」
「さすがアースだな」
「やりましたね! アースさん!」
プラネテスのみんなが僕に手を振りながら笑顔で飛び上がるように称えてくれた。
そればかりかサテッレスのみんなまで僕を称賛してくれている。早速戻ろうとも思ったが、僕にはまだ仕事が残っている。
「【吸収】」
海の上にぷかぷかと浮かんでいるレヴィアタンの体が光りとなり、それが優しく僕の中へと入っていき一体化する。
これで僕は海の支配者としての能力を得た。体の内側からとてつもないパワーを感じる。さっきまでレヴィアタンの体の上にいたが、今は海の上を歩けるようになっていた。海を操る力を得たことで自由に歩いたりもぐったり泳いだりもできる。
試しに一度海に潜ってみた。
近くには様々な生物がいるかと思えば、海上での戦いに怖気づいたのか、辺りにはほとんど生物らしき存在は見当たらなかった。
――凄い! 普通に息ができるし、海の中の青く広がる世界がしっかりと見える。しかも僕の脚はレヴィアタンと同じ模様の尾ひれへと変わっている。人間が地上を走るように、妖精が空を浮遊するように、自由自在に空を飛んでいる時と変わらないくらいのスピードで泳げてしまう。
いやいや、遊んでる場合じゃない。この血生臭い海を何とかしないと。
「【浄化】」
浄化の波動が周囲の海に拡散していき、レヴィアタンの血や汚染物質で濁っていた海が澄んだ水色を取り戻した。
海から飛び上がると共に尾ひれが元の脚に戻り、みんなの元へと帰還する。
「アースさん、おかえりなさい」
「……ただいま。何とかなったよ」
「ねえ、この海、アースが浄化したの?」
「うん。初めてここに来た時にも思ってたけど、あんまり視界が良くなかったから、いつか掃除しようと思ってたんだよね」
「ここら辺の海一帯を全部浄化するなんて、この前よりも明らかに魔力が増幅してない?」
「えっ、そうかな?」
「アース、ご苦労だった。まさかあのレヴィアタンを内側からの攻撃で倒すとは恐れ入った。大公からまた褒美が貰えるな」
サターンが空からゆっくり降りてくると、その2本の角と立派な黒い翼をしまい、僕のもとへと一歩ずつ近づいてくる。
「サターン、僕との約束は覚えてる?」
「……ああ、覚えているとも。だがその前に1つ聞く。お前はそれほどの力を持ちながら、帝国を作ったりはしないのか?」
「しませんよ。僕はこうして仲間たちと一緒に暮らせるだけで十分です。この力を使う時は、僕らの平和な生活が脅かされている時です」
「なるほど。あくまでも支配や商売には使わないつもりか。本当に変わった奴だ。お前ほどの力があれば世界を征服できるというのに」
「サターン、旧サターン王国の話を聞かせてほしい。あの時何があったのかを。それと、ジュピターも知っていることを全て彼女に話してほしい」
「分かったわ……アース、ありがとう」
「……同じパーティだろ。当然のことだよ」
「アース……」
ジュピターがにっこりと笑いながら僕の体を強く抱きしめた。
豊満な胸が正面から僕の平らな胸に覆い被さるように当たった。
その様子をサターンがしかめっ面のまま両腕を組みながら見つめている。ジュピターに対してどこか恨めしい気持ちを持っているのが僕にはすぐに分かった。
「アース、お前もいつその女に裏切られるか分からんぞ」
「私は裏切ってなんかいないわ。ちゃんと説明させて」
「まあいいだろう。だがこれはお前のためではない。あくまでもアースのためだ。忘れるな」
「えっ、じゃああんたもアースのことが好きなの?」
「ちっ、違うっ! 何を言っているんだお前は!? 私が女を好きになると思っているのか!?」
サターンが頬を赤く染めながら強く否定する。
普段は冷徹な顔で腕を組んでいるために取っつきにくいけど、サターンもこんなあわてんぼうのような可愛い顔ができるんだ。
「えっと……僕、男なんだけど」
「何……だと……」
またしても女と勘違いされてしまった。半ば呆れ顔で訂正しておいたが、今度は絶句されてしまった。今はこんなことを言っている場合じゃない気がする。
それに2人の因果関係がどこから生じているのかを見つけないと。
こんなんじゃ、多分一生仲直りなんてできないと僕は人知れず案じた。
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