第8話「無能力者、国王に拝謁する」
どうやら僕は何でも治せる回復術師になってしまったらしい。
それもこの世で唯一にして史上初の回復術師だ。
体力を回復し、体の傷を治すだけじゃない。服の傷を直し、汚れの浄化までをも可能とするガイアソラスの魔力には驚くばかりだ。
僕以上に周囲のマーズたちの方が驚きの度合いが大きい。彼女らはルーナの服についていた血の痕が消えたことを確認すると、咄嗟に僕の方を向いた。
「ねえねえ、私の服も直してくれない?」
「あたしも頼む。新品の状態に戻してほしいんだけど」
「ワタシもお願いする」
マーズにヴィーナスも僕に食いつくように懇願する。本を黙読しながら歩いているマーキュリーまでもがついでのように冷静な口調で言った。
「あはは……分かりました」
僕は3人の前で【修復】と強く願った。
すると、さっきと同様に3人の服についていた傷がなくなり、彼女らにとって悩みの種であった積年のシミ汚れまでもが一気に消えた。この状態で洋服店の店頭に並べても何ら違和感がないほどピカピカな状態だ。
そうか――僕の服が直っていたのもガイアソラスの魔力だったんだ。
「ありがとう。おかげでクリーニングに出さずに済んだわ」
「あたしからもありがとう。恩に着るよ」
「ありがとう」
「回復が必要な時はいつでも言ってくださいね」
「さすがはアースさんですね」
そう言いながらルーナが微笑みながら僕の左腕を掴んだ。
同時に大きな膨らみの感触が僕の口もとを緩めた。
あのぉ~、当たってるんですがそれは……。
それにしても、こんなにもたくさんお礼を言われたのはいつ以来だろうか。心がとても温まるような痛快とも言えるこの気持ち、やはり僕は……誰かに精一杯奉仕するのが合っているかもしれない。
しばらく話しながら歩いていると、後ろから走ってきたアポロさんが合流し、王都トリトンの中央区に位置する王城の近くにまで辿り着いた。
先ほどから既に見えているこのネレイド城は海色を基調としたかなり豪快な煉瓦の城だった。通常であれば山の上に城を構えるのが定石だが、あえてこの平地に城を構えていることからも余程の自信があることがうかがえる。
護るための城ではなく、あくまでも権威の象徴としての城であることがすぐに分かった。
アポロさんが城の門番と勘合を一致させると、門番が横に退き城門が開いた。そのまま6人全員があっさりと城内へ入ることができた。城の内部には高い天井に数多くのシャンデリアがあり、壁には絵画のコレクションなどがびっしりと並んでいる。
僕らはルーナとアポロさんを除き、その権勢の象徴とも言える城内に圧倒されていた。
召使いに連れられ、数多くある部屋の内の一室に案内された。
「これはこれは、そなたが大公令嬢であるか?」
威厳を帯びた低い声が僕らの前方から聞こえた。
目の前の豪華な玉座に堂々とした姿で腰かけていたのはネプチューン国王、ネレイド12世こと、ネレイド・サオ・エノシガイオス。王国の制海権を広めたことから海王と呼ばれ、ネプチューン王国の領土を広げながらも近隣諸国と仲を保ってきた名君である。
70代くらいの高年期を思わせる水色の長い髭を蓄え、頭には青い王冠をかぶっている。
その姿が見えると共に僕らは脊髄反射で跪いた。
「はい。お初にお目にかかります。ルーナ・テイア・オルフェウスと申します」
「余はネプチューン国王、ネレイド・サオ・エノシガイオスである。ルーナ、大公から話は聞いておる。是非とも余に詳しい話を聞かせてもらいたい」
「かしこまりました、国王陛下」
「――こやつらは護衛か?」
「はい。わたくしの専属執事のアポロに、護衛でプラネテスのアースさん、マーズさん、ヴィーナスさん、マーキュリーさんです」
「そうであるか。ではそこに座るがよい。して、どのような話なのだ?」
ルーナがムーン大公国とプルート帝国にまつわる事情を話し始めた。
一瞬、ネレイド国王と視線がピッタリと一致した。
他の者に対しては優しそうな目を向けているが、僕に対しては警戒の目を一切緩めなかった。僕はその威光に満ちた眼差しに根負けし、慌てて眼球を動かした。これほどのお方に対してアポを取れるあたり、ルーナが大公令嬢なのは本当のようだ。
数十分ほどルーナとネレイド国王との会話が続く。
アポロさんは部屋の端っこで立っている中、僕らはソファーに腰かけていた。隣の席で危機感を募らせている彼女の話が痛いくらいにひしひしと伝わってくるが、ネレイド国王は鉄壁のように顔色1つ変えなかった。
「つまり、そなたはプルート帝国の侵略を食い止めるために援軍を寄こしてほしいわけだな?」
「はい。あくまでも推測ではありますが、もしこのままプルート帝国が開発中の新兵器が万が一にも完成すれば、面倒なことに――」
「話はそれだけであるか?」
「えっ……」
ルーナが台詞を言い終える前にネレイド国王がそれを遮った。
何も言わずとも早く話を切り上げたいという本音が僕ら全員に伝わるほどストレートだ。これはこちらの要望を断られる流れだ。
「悪いがそなたの要求には応えられん。新兵器の話も不確定要素が多すぎる。もしそれで帝国が何も新兵器を開発していないとなれば、我々は無意味に帝国を刺激することになる」
「今こうしている間にも、我が国の民は侵略を企む帝国に悩みを抱えております」
「それはそなたらの問題である。我々の管轄ではない」
「……どうしても……無理でしょうか?」
ルーナの涙腺に溜まった涙が決壊するように流れ出し頬を伝う。
この援軍要請の拒否は国難に心を痛めていたルーナにとっては耐え難いものだった。僕はそんな彼女を心の底から助けたくなった。
「今のところはな――ところで、そなたは先ほど道中で刺されたと聞いたが無傷のようだな。ポーションでもそこまで早く回復はしないはず。さては嘘をついておるな」
「嘘ではありません。先ほどトリトンに着いた頃、突然何者かに襲われて親衛隊の兵は全滅し、わたくしも何者かに腹部を刺されました。ですが、そこに救世主が現れたのです」
「救世主とな」
「ここにいるアース・ガイアさんが現れ、わたくしの体の傷ばかりか、服の傷や血の痕までをも回復してくださったのです」
「!」
さっきまで冷静沈着を貫いていたネレイド国王が始めてその表情を変えた。目を大きく見開いたまま僕に対する警戒の目をより一層強めている。
さらには周囲を警護している親衛隊の者たちまでもが、恐れおののくようにソファーに腰かけた僕の姿から一向に目を離そうとしない。
それはまるで――化け物でも見つめているかのようだった。
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