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第75話「無能力者、幼馴染を憂う」

 ケレスは全身の傷を僕に見せつけることはせずに潔く帰っていった。


 情に訴えられていたら危なかった。最後まで騎士としての誇りは守った。そんなものよりも優先すべきものはたくさんあったはず。


 ネレイド国王が僕に貴族の称号を与えた理由がよく分かった。


 それは僕を味方に引き入れること。そして僕がプルート帝国へと流れることを防ぐため。ネレイド国王はそこまで考えていたんだ。


 自分の孫娘まで嫁がせようとしているのもこのためだったんだ。警戒しているというよりは、何としてでも味方に引き入れたかったからだ。三国同盟を結んだのも、僕に会いにくるためと考えれば説明がつく。


「ねえ、本当によかったの?」

「いいんだ。敵を回復するわけにはいかないよ」

「でもアースを捨てた奴があそこまで落ちぶれるなんて、可哀想だけど、こればかりは自業自得としか言いようがないよ」

「そうそう。アースを取り戻そうとしたのも、結局はガイアソラスの力を持っているからだし、ケレスもここに残ればいいのに」

「そういうわけにはいかないよ。ケレスは騎士だから、裏切るなんて御法度なんだよ」


 その正義感が彼女にとって足枷になっていることは言うまでもなかった。


 これで僕とケレスの決裂が決定的となった。悔いがないかと言われればそうではない。敵の情報を全て吐き出した上で僕らに寝返ってほしい気持ちもなくはなかったが、仲間にしたいとは微塵も思わなかった。


 まださっきまでの情緒が拭いきれていない。今も手に汗握ったままケレスの最後の表情を思い浮かべ続けている。


 あれが――僕が直に見たケレスの――最後の姿だった。


 それからは川の流れのように時間が過ぎていった。三国同盟を結んだそれぞれの国の君主たちが直に話し合い、数日後には総攻撃を行うことが決定したと、ルーナを通して僕らに伝えられた。総攻撃が行われれば、ケレスは一体どうなるんだろうか。


 無事に生き残ったとしても、どこかへ亡命して浮浪者として生きていくだろう。


 かつてのジュピターがそうであったように、国を滅ぼされた者たちはロクな末路をたどった試しがないのだ。亡命先の国で市民権を得ることはそう簡単ではない。しばらくは奴隷として働かされることになる。それを嫌い冒険者となった者もいるが、生き残れる者はそうはいない。


 幼馴染なのか、その行く末を心配してしまった。


 だが不思議と助けてあげたい気持ちはなかった。彼女がこちら側へと寝返らないのなら、きっとそれが最も悔いのない決断なのだと思えるからだ。


「そっか、じゃあ数日後には総攻撃が決まっちゃうんだねー」


 マーズがその呆気なさを象徴する涼しい表情で言った。


 今まで帝国側がしてきたことを考えれば当然のことだ。ようやくその報いを受ける時がきたのだとここにいる誰もが思っている。


「言っとくけど、これは密約でもあるんだから絶対外に漏らすなよ」


 ネプチューンが両手を腰に当て、腰を曲げながら釘を刺すように言った。


 本来であれば僕らが知ることはまずない情報だが、大公たちは僕を最終兵器として使うことを会談の中で明言している。そのためプラネテスからはルーナとネプチューンが関係者として首脳会談に参加していたのだ。


「ねえ、アースがプルート帝国に戦いに行けって言われたら行くの?」

「必要があれば行くよ。でもそれはあくまでも最終手段だよ」

「その時はわたくしたちもアースさんについていきます」

「危険だよ。メンバーを厳選して連れていく」

「わたくしたちは一心同体なんですよ。足は引っ張りません」

「それに何かあったらアースお得意の回復があるじゃない。私たちが安心して戦えるのはアースのお陰なのよ。だから私たちもついていくわ。それに太古のモンスターに対抗できるのはアースだけなんだからね。あんたは1人じゃない。私たちがついてる」


 僕以外のみんなが一斉に頷いた。そうだ、ぼくにはみんながついている。


 何も迷う必要なんかない。僕には確かに帰る家があるじゃないか。


 ここが僕の新たな家なんだ。ここを守りながら平穏無事に生きていければそれでいい。だがそのためには最大の脅威と戦わなければならない。


 さっきからルーナが僕の目の前で顔を赤くしながらもじもじと体を動かしている。


「アースさん……」

「ルーナ、どうしたの?」

「わたくし……アースさんのことが……好きです」


 彼女が僕との距離を段々と詰めながら愛の告白をしたかと思えば、僕とルーナの唇が重厚に触れ、そのまま口づけを交わした。


 周囲は目を大きくしながら驚きを隠せないでいるが、僕は彼女の勢いに押され、そのままキスをし続けた。段々と体が熱くなってくる。全身が内側から沸騰していくような妙な感覚に襲われた。何だろうこの感触。


 全てが浄化されるかの如く、僕の心が洗われていく。


「ちょっと、何やってんのよっ!?」


 慌ててマーズが止めに入った。ルーナはもう我慢できないと言わんばかりに息を切らしながら発情を続けている。


 ヴィーナスとジュピターは嬉しそうな顔で僕らの様子を見守っているが、マーキュリーは両手に持っていた魔導書を落としてしまった。彼女らしくもない。ネプチューンは体をわなわなと震わせながら唖然としている。


「――ルーナ、どうしてこんなことを?」

「……ごめんなさい。わたくしたちのためにずっと戦って下さっていたアースさんにどうお礼をすればいいか分からず、ついこのようなマネを。お許しください!」

「お礼なんてそんな……感謝したいのはむしろ僕の方だよ」

「どうしてですか?」

「ルーナたちは僕に新しい故郷を与えてくれた。故郷も職も失って途方に暮れていた僕にとってルーナは希望の光なんだよ。それと……その……僕もルーナが好きだ」

「「「「「!」」」」」


 これにはルーナまでもが凍りついた。


 周囲は僕の安心しきった顔を見つめ、今度はルーナの顔を見た。


「ルーナ、お触りは禁止って言わなかった?」

「ごめんなさい。でも、皆さんもこのままだとずっと自分の気持ちを抑えたままなのは健康に悪いと思いまして、いつまでもやきもきしているのに耐え続けるのは苦痛なのです」

「ルーナ……」

「まっ、ルーナが一歩踏み出してくれたお陰で、ようやくあたしたちもアースに堂々と告白できるんだから、別にいいんじゃない」

「――そうね」


 ヴィーナスになだめられたマーズがにっこりと笑った。


 僕らの関係がまた一歩前進したのだ。彼女らは内に秘めた思いがある。


 戦いの最中、そんな想いを持ったまま戦い続けるのは良くないのかもしれない。

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