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第74話「無能力者、もう遅いと断る」

 今帝国の情報を知るにはこれしか方法がない。


 ケレスは不安げな表情を隠せないでいる。対面するように座っている僕の目を見ないでキッチンの方にばかり目を向けている。


「1人入れ替わったの?」

「いや、1人は長いお使いに行ってる。その間に1人入ってきたわけ」

「……こんな会話、あんたがうちに入ってきた時以来ね。最初は礼儀もロクにわきまえず、よく執事に怒られていたわね。でもあの時が1番気分が安らいだわ。何だかとても仲の良い同級生と一緒にいるみたいで」


 ケレスが窓越しに外を見ながら思い出にふけっている。


 召使いとして、相手の気持ちを聞かずとも察する訓練を積み重ねてきた僕には分かる。これは同情を誘っている。


 皮肉にも彼女によって叩き込まれた生きていく術が、今彼女の本音を見抜くことに貢献してしまっているのだ。昔の僕であれば喜んで聞き入れていたかもしれないが、今の僕には確かな信頼関係を築いた仲間がいる。


 あの盲目さはこういう時のために埋め込まれたものかもしれない。だが僕は疑心を持たないことをやめた。一度仲間と認めた人のことは信じるけど、もう仲間でない者であれば話は別だ。


 ましてやケレスとはもう剣を交えた仲だ。


 そして彼女が利益を追求することしか頭にないと分かってからは大したことないと思えるようにすらなった。


「ケレス、前置きはいいから、何があったか教えて」

「……父が亡くなったの。プルート帝国の名将と呼ばれた父が」

「それは気の毒だったね。それから出撃はしてないの?」

「してないわ……今のプルート帝国は三国同盟に対抗する術はないわ。このままだといずれ講和を申し込んでくるわ。それをあなたに後押ししてほしいの」


 この様子だと、【蘇生禁術(ネクロマンシー)】を使う禁術使いのことは知らないようだ。知らされていないんだ。それほどまでにどうでもいい役回りに追いやられた証だ。


「最後に皇帝を見たのはいつ?」

「少し前よ。私がオルクス将軍から士官降格を告げられた時、玉座に座ってのんびりと赤ワインを飲んでいらっしゃったわ」

「皇帝は何か言ってた?」

「三国同盟の話をしていたわ。でも自信を失うどころかまともにやりあって迎撃できるような笑顔だったわ。何か策がおありのようだったけど、私にはそこまで分からないわ」

「何か異変はなかった?」

「異変ねぇ――そういえば、最近帝国内で見たこともないモンスターを見たわ」

「見たこともないモンスター?」

「ええ。3つの首を持った大きな犬よ。私が帝城の中にある牢に繋がれていたわ。性格は粗暴狼藉そのもので、落ち着きのない駄犬よ。それとここに来る途中で巨大な龍が泳いでいるのを見たわ。プルート帝国の戦艦の周りをぐるぐる回ってて、何だか戦艦を守っているような感じだった。それで恐ろしくなって慌てて船のスピードを上げてもらったのよ」

「軍の船で来たんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ。民間の船で来たのよ。私がここまで来たことは極秘よ。ムーン大公国との国交も断絶されたままだし、使者としてここまで来られるような身分でもなくなったわ。だからあんたをここまで呼んできたのよ」


 ケレスは助けを求めていた。そして三国同盟を締結した国々が一斉に進行してくる計画は既に漏れていたことが明らかとなった。


 だがハデス皇帝は一切の焦りを見せず、むしろ余裕の表情であることが分かった。ハデス皇帝は三国同盟に対して太古のモンスターを使うつもりだ。何よりケルベロスが復活したという事実はマーキュリーの表情さえピクリと歪ませた。


 もしかすれば――事態は僕らにとって最悪のシナリオとして進んでいるのかもしれない。


 プルート帝国に居座らせている身代わり君を使ってちゃんと偵察しておかないと。


「言いたいことはそれだけ?」

「いいえ。あなたがプルート帝国に戻ってきてくれれば、三国同盟を結んだ国々が相手でも必ず勝てるはずよ。兵士たちを無尽蔵に回復しながら大軍を相手に勝利したその腕なら、きっと私たちを勝利に導くことができるはずよ。もちろんタダでとは言わないわ。事と次第によっては皇帝に次ぐ地位になることもできるし、プルート皇女との結婚もできるわ」

「男子がいないことは公表されたようだね」

「でももうじき、その問題は解決するそうよ。性転換をするための魔法を使えるようにして、全員男子にする。でもあなたが味方になれば、プルートは性転換させないように言ってあげるわ?」


 このままプルートが性転換させられたら、彼女はもう女性として生きられない。


 それは彼女にとって幸せなことなのか。帝国の世継ぎとして自らを捨て、死人のように生かされるプルートの姿なんて見たくない。


「どうして君はそこまでしてあの帝国を守りたいのかな?」

「私にとってはかけがえのない故郷だからよ。それにもう植民地支配をすることもない。だから本国だけでも残してほしいの。故郷を滅ぼされる痛み、あなたに分かる?」

「……」


 分かるよ。でも滅ぼすわけじゃない。善良な国家としてリセットされるだけまだ良心的だ。僕の故郷であるマケマケ村はもう元には戻らない。


 滅ぼされる痛みも、最後の生き残りとして、歴史の生き証人として力強く生き続けなければならない責任の重さがケレスに分かるとは到底思えない。彼女には帰る家があるじゃないか。


「あなたが必要よ。貴族には確実に昇格させてもらえると思うわ」

「……悪いけど、もう遅いよ」

「えっ……」


 ケレスの顔がこの世の終わりのような真っ青の表情へと変わった。


「実は僕、昨日ネプチューン王国のネレイド国王から正式に貴族の称号を授与されたばかりだからもうその必要はないんだよ」

「そんな……」

「だからもう帰ってくれ。ここに君の居場所はない」


 そう言いながら【転移(テレポート)】用の魔法陣を出現させた。


「待って! せめて私たちを回復してほしいの。傷ついた兵士たちも大勢いるわ」

「僕はルーナの専属護衛なんだよ。それに僕はムーン大公国の一員だよ。そんなことをすれば裏切り行為になってしまう。だから回復もお断りさせてもらう」

「……」


 ケレスは絶句したまま僕を見つめ続けた。


 その痙攣気味の顔は段々と悲しみから憎しみへと姿を変えていく。


「ここからプルート帝国まですぐに帰れる。分かったらもう二度とこないでくれ」

「……後悔するわよ」


 ケレスはそう言い残し、魔法陣の中へと入った。一瞬でケレスの姿が消え、彼女は絶望へと舵を切った故郷へと帰っていった。


 最後に彼女が見せたその顔は、今まで以上に憎悪に満ちた醜い顔だった。

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