第72話「無能力者、遠い異国を知る」
ネプチューンの真意を確認した僕はどうにか事を収めた。
幸いにもプラネテスのメンバー以外には気づかれていない。王女を試そうとしたなんてことが大公やネレイド国王に知られたらただでは済まない。
崖の上から飛び降りるなんてできないって決めつけてた僕のせいだ。でもそのおかげで疑念からは解放された。一歩間違えばとんでもないことになっていたかもしれないが、彼女は僕が助けてくれることを確信しているようにさえ思えた。
「ネプチューン王国の国王陛下から直々に貴族の称号を授与されるとは、余程買われているようだ」
突然、力強く凛々しい女性の声が僕の鼓膜に響いた。
振り返ってみれば、そこには背丈が高く、獣のような冷徹な目つきの女性が佇んでいた。
黄土色の姫カット、灰色と黒を基調とした全身スーツのような見慣れない身なりだ。その姿はまるで歴戦の勇者のようで、近づくだけで全細胞が逆立つほどだ。
「あなたは確か、先ほどからここにいた人ですよね?」
「ああ。私もここに用があって来た。私はサターン・ヴェリタス。ウラヌス共和国の将軍だ。私は共和国の代表としてここへ来た」
「アース・ガイアです」
「お前のことは知っている。世界で唯一の回復術師であることは共和国でも有名だ。この前の戦いで兵士を全員自動で回復させながら強引に大軍を打破したことも伝わっている。大した奴だ」
「ねえ、ホントにサターンなの?」
「お前――まさかジュピターなのか?」
さっきまでの冷徹な顔とは一転して警戒を露わにした表情だ。
まるで因縁があるかのような反応だが、ジュピターはむしろ再会を喜んでいる様子だ。2人の間には何かがあった。そしてそこには確かな温度差があるのがすぐに分かった。
「久しぶり。あれから共和国まで亡命したのね」
「……ああ。お前が裏切りさえしなければな」
「えっ……サターン、あんた何を言って――」
「しらばっくれるのもいい加減にしろ! お前が早々に撤退したせいで、私たちの故郷は滅ぼされたんだぞっ! よくもまあそんなへらへらとしていられるものだ」
「サターン、何か事情があったならちゃんと説明して」
「うるさいっ! 全部お前のせいだっ! お前だけは許さない……」
「サターン……」
サターンは吐き捨てるように言い残すと、早々に大公官邸へと立ち去ってしまった。
僕には何が何だかさっぱり分からなかった。ジュピターには何らかの心当たりがありそうだ。元々はヒイアカ大陸の国に住んでいたと聞いたが、そこで何かがあってここへやってきた。
そんな推測を頭の中で巡らせながら、僕はジュピターに話をうかがうことに。
「ねえジュピター、サターンとの間に何かあったの?」
その日の夕食中、ヴィーナスがさり気なく話を切り出してくれた。本当は僕の口から聞く予定だったけど、この時はとても助けられたような気がした。
「――多分、旧サターン王国の件だと思う」
「旧サターン王国?」
「7年前にタイタン王国によって滅ぼされた絶対君主制の王国。かつては悪魔が王族として君臨していた。しかし、巨人族が反旗を翻したことでディルムン戦争が発生。悪魔は様々な種族を集めて応戦したが、3ヵ月にもわたって断続的に続いた戦争は巨人族が競り勝ち、旧サターン王国は滅んだ。王都であるミマスは、現在タイタン王国の王都となっている」
「ええ、その通りよ。ていうかよく知ってるわね」
「タイタン王国で見つけた歴史書に書いてあった」
「何があったの?」
「……サターンはその悪魔一族の長、エンケラドゥス・ヴェリタスの娘」
「じゃあ彼女は悪魔なの?」
「そうよ。私はエルフ族なの。このとんがった耳がその証拠よ。普段は魔法で隠してるんだけどね」
「あっ、ホントだ」
ジュピターは両耳が一般的なエルフのような尖りを見せている。だがすぐに人間と同じ耳に戻ってしまった。戦闘の時以外は人間に擬態して隠しているそうだ。
顔や胸にばかり気を取られていて全然気づけなかった。それに普段から耳の尖りを隠しているからなおさら分からなかった。
「私の父はエルフ族の長だったの。悪魔一族の部下で、サターンとは親友だったわ」
「だったらどうして、あんなに恨まれることになっちゃったの?」
「詳しいことは分からないけど、王国軍の中でエルフ族が真っ先に戦線を離脱したの。多分そのことだと思う。でもそれは裏切りとかじゃなくて、仕方のないことだったの」
ジュピターの目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
しかもごく自然に僕の肩に頭を寄せてきた。まともに彼女に触れたのは久しぶりだ。
その肌は凍えるように震え、サターンに対する申し訳なさと敗北の悔しさがにじみ出ていた。僕はその手をそっと握りしめた。少しでも彼女の力になりたくて。
「一度サターンと話し合ったらどう?」
「今のサターンじゃ……きっと聞いてくれないと思う」
「だったら僕が何とかするよ」
「アースが説得するの?」
「また会うことがあればだけど」
「ていうかさー、何でウラヌス共和国の将軍がここにいるのかな?」
「三国同盟を結んだからだよ」
1番端っこのソファーでパンを食べていたネプチューンが言った。
昼間みんなで一緒に食事をした時は王族なだけあってとても品のある食べ方だったけど、うちにいる時は一般の人と変わらない食べ方だ。
僕らには気を遣わなくてもいいっていうことなのかな。でもそれはそれで嬉しい。
「そういえばそんな話してたわね」
「マーキュリー、何で三国同盟の代表たちがここに集まったの?」
「プルート帝国攻略のため。外へ出た時、ネプチューン王国の戦艦だけでなく、少し離れた場所にはウラヌス共和国の戦艦があった。狙いは最も距離の近いここから一気に攻め入ること」
「勝てる可能性はどれくらい?」
「太古のモンスターが今後どれほど出てくるかによる」
「その時は僕も加勢するよ」
「どうしてアースが協力的なのよ?」
「やりたいことがあるから」
ふと、僕はプルートの顔を思い浮かべた。
彼女がカロンへと帰ってしまった時は本当にショックだった。今にして思えば、あの時から疑念が生まれていたのかもしれない。そのせいでネプチューンを傷つけてしまった。
プルートは大切な仲間だ。必ず取り戻したい。彼女はきっと助けを求めているはずだ。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押して応援していただけると嬉しいです。
読んでいただきありがとうございます。




