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第71話「無能力者、疑心に苦しむ」

 ネプチューンを僕に嫁がせたい理由がハッキリした。


 彼らが僕を味方に引き入れたいことはよく分かった。でも自分のことを信じてくれない人たちと仲間になるなんて、僕には到底受け入れがたいことだ。


 もしかして――ネプチューンがまだ出会ってからそれほど長くない僕を好きだと言っていたのはネレイド国王のためなのか?


 もしそうだとしたら――彼女は大きな業を背負っていることになる。


 心の底から僕なんかを好きになってくれるのであれば快く受け入れたい。でもあの態度が政略結婚のためのものだとしたら、僕は素直に彼女を受け入れることはできない。でも彼女に対して受け入れられないと公表してしまえば、ネプチューンは帰国しなければならなくなる。あの窮屈そうな生活がまた始まるのだ。


 彼女のことは好きか嫌いかで言えば好きだ。


 でもネレイド国王の言葉を聞いてからは彼女の本心が分からなくなった。


 ネレイド国王に一礼すると、貴族バッジを胸に装着したまま台の上からのっそりと降りた。貴族授与式を見届けに来た住民たちはとっとと帰宅してしまった。


「アースさん、どうしたのですか?」

「いや……何でもない」

「これでそなたは立派な貴族となった。そなたには貴族としての立ち振る舞いを期待しておる。より一層精進するようにな」

「はい、国王陛下」


 ネレイド国王も台から降りて大公がいる方へと離れていった。授与する者が台から降りたということは授与式が終わったということだ。


 プラネテスのみんながそれを見計らって僕の周囲へと集まってくる。


「アース凄いじゃん。貴族の称号なんてなかなか貰えるものじゃないのよ」

「そうそう。ホントあんたが羨ましいわ」

「ホントホント。アース、おめでとう」

「アースならこれくらい貰って当然だけどな」

「ありがとう。大事にさせてもらうね」

「……」


 マーキュリーは何も言わなかった。貴族の称号に興味がないからなのか、僕が心の底から喜んでいないからなのか、その他の理由なのかは定かではない。


 ただ、僕が貴族になることを快く思っていないのは確かだ。


 声なき声が顔に表れており、眉間にしわを寄せながらみんなの最後尾から僕の顔を真っ直ぐと見つめている。本当に興味がないなら魔導書を黙読しているはずだが、それをしないということは、何か不審な点を感じているということである。


 ほとんど何も語らないが、毎日その特徴を見ていれば自然に分かってくる。


 それほどつき合いが長くなったということだろうか。些細な違いでも表情や行動にいつもとは違う変化が生じれば、それは彼女にとっての異常事態のサインであると僕の勘が教えている。


「ネプチューン、ちょっといいかな?」

「う、うん。別にいいけど」


 何も知らない顔の彼女をみんなから少し離れた場所へと呼び出した。


 僕はどうしても彼女の真意が聞きたかった。生まれて初めてだ。人を疑ったのは。ずっと誰かの言うことを真に受けていた僕はもういない。


 召使いだった時の癖も思考も段々とメッキが剥がれてきているのを直に感じた。まるで段々と自分という名の人間に戻っていくかのような変な感覚だ。追放されてからそれだけの時間が経ったということなのだろうか。


「ねえ、君は本当に僕が好きなの?」

「えっ……それ、どういう意味?」


 信じられないと言わんばかりに顔がその髪色のように青ざめている。


「君は国王陛下から僕に嫁ぐように言われたんだよね?」

「――! どうしてそれをっ!?」

「だから僕に近づいた。違う?」

「ちっ、違うっ! 確かにおじい様からアースに嫁ぐように言われたのは本当だよ。おじい様が貴族の称号をあんたに与えたのも、アタシと身分が釣り合うようにするためだよ。でもアタシは本当にアースのことが好きなの。本当は政略結婚じゃなくて、恋愛結婚がしたかった」

「……」


 昔の僕なら素直に彼女の言うことを信じていただろう。


 でも真実を知ってしまった今、彼女の言葉をにわかには信じられなかった。


 何も考えずに人の言うことを鵜呑みにしていた自分が馬鹿みたいだ。召使いは相手の言葉を鵜呑みにして速やかに実行しなければならない。ずっとそんな生活をしていたことで、僕は人を妄信する癖がついていたのだ。


 召使い用の制服を切り刻み、空へとばら撒いてからは昔の自分さえ捨ててしまったかのような気分になったが、そんなモヤモヤしていた気分の正体がようやく分かった。


「だったらあの崖から飛び込んでみてよ」

「ええっ!?」

「別に無理にとは言わない。でもできないなら、君の愛は本物とは――」

「「「「「!」」」」」


 それは紛れもなく疑心だった。召使いが持ってはならない感情だ。


 盲目的に何かを信じることが当たり前だった。ましてやそれが僕の長所であると評価すらされていたというのに、僕は本当に馬鹿なことをしたとすぐに悟った。


 僕が台詞を言い終える前にネプチューンは僕の意図を全て悟り、何の躊躇いもなく崖に向かって勢いよく走り出した。慌てて彼女を追いかけたが、もうネプチューンは崖の上からジャンプしていた。


 彼女を助けるべく、僕は大きな翼を生やし、崖の上からジャンプして急降下する。


 そのままネプチューンに追いつき、お姫様抱っこのような形で彼女を抱きかかえた。その顔からは涙がボロボロとこぼれ落ちていた。


「ううっ……うっ……アースうううううぅぅぅぅぅ!」

「……ごめんね。君を疑ったりして」

「仕方ないよ。アースが疑うのも無理はないよ。でもこれで分かってくれたよね。アタシは本当にアースのことを――」

「もういい……何も言うな」


 翼を羽ばたかせ、ネプチューンの小さな体をさっきよりも強い力で抱いた。


 落としてしまわないように……彼女から受け取った確かな愛を。


「ちょっとアース、一体どうしたのよ?」


 僕らの異常を察知したルーナたちがまた集まってくる。


「えっと……その……」

「いやぁ~、ちょっとここで追いかけっこしてたら崖から落ちちゃってね。えへへ」

「えへへじゃないでしょ! ったく危ないことするんだからー」

「王族とは言ってもまだまだ子供ね」

「子供とは失礼なっ! アタシはもう15歳だぞっ!」

「やっぱ子供じゃん」

「子供言うなー!」


 地面に下りてからいつも通りのお調子者の顔に戻ったネプチューンを下ろすと、彼女は僕に軽くお礼を言って頬にキスをした。


 そのウインクした目からこぼれ出た涙は僕の心を浄化するには十分だった。


 僕はもう恐れない。疑うことを。そして……仲間のことだけは信じ抜こうと心に決めたのだった。

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