第70話「無能力者、貴族に昇格する」
貴族授与式当日、大公官邸にて――。
正午を迎えた頃、大公官邸の警備が一層厳しくなり周辺が騒がしくなった。
近くの住民たちもネレイド国王を一目見ようとこぞって大公官邸までやって来たが、ほとんどは塀の外から貴族授与式を見届けることとなる。
貴族授与式は大公官邸の外にある広い庭で行われ、そこで貴族としての立ち振る舞いなどの自覚を持った言動の誓いを立てることになる。一度昇格すれば不祥事でもない限り平民に降格させられることはないが、そこは普段通りに生きていれば問題ない。
プラネテスのみんなと雑草が取り払われた中庭で待っていると、大公官邸から大公がネレイド国王と共にその威厳ある姿を現した。
「久しぶりだな。アースよ」
「お久しぶりでございます。国王陛下」
ネプチューン以外のプラネテスのメンバー全員がその場に跪いた。僕とルーナ以外はネレイド国王から話し声が聞こえない程度の離れた位置にいた。
僕はプラネテスを代表してネレイド国王に挨拶をしながら頭を下げた。
「ルーナよ、孫娘から話は聞いたであろう。余はあの戦いの日、大公国軍を救うべく、お望み通り救援要請に応えようと思っていたが、その必要はなかったようであるな」
「あの度はお手数をおかけしました。わたくし自身もアースさんのあれほどの活躍は想定してはおりませんでした。お父様もかなり驚かれていたようでした」
「ふむ。そうであるか。もう少しでそなたを将軍に迎えられただけに残念である。今はルーナの専属護衛をしているそうだな」
「はい。大公令嬢の専属護衛というやりがいのある仕事をさせていただいております」
「1つ聞くが、それほどの力を持ちながら何故そなたは人に仕えるのだ? そなたであれば国の1つや2つ簡単に手に入れることができたであろう」
ネレイド国王はルーナと話している時でさえ僕から目を離さなかった。
それはまるで要注意人物でも睨みつけているようで、静かながらも牽制を受けているようで思うように体を動かせないほどだ。ネレイド国王は僕を警戒している。いつか僕が暴れて大きな脅威となるのではないかと疑っている。
そんな考えを巡らせるほどにガイアソラスの魔力は莫大である。強力な味方は敵に回せばたちまち厄介な存在となることをネレイド国王は理解していた。
「そっ、そんな恐れ多いことなどできません」
「そなたの隷属的な立ち振る舞いは召使いの時に叩き込まれたものであろう。だが召使いでなくなった今、時が過ぎ、自らの内なる声に抵抗を示さなくなれば、やがて人間が生まれながらに持つ欲に目覚めるであろうと余は考えておる。その時になって平民1人に領土を征服されたとあっては末代までの恥。故に余はそなたに貴族の称号を授与すると決めたのだ。我が国から授けた称号であればおおよそどの国へ行っても通用するであろう」
「……たとえどのような内なる声に従おうとも、この力はあくまでも世の平和とみんなの笑顔のために使います。どれほどの力を持とうと、仲間1人の笑顔すら守れないようでは、それは本当の意味での強さではありません」
僕は反論すると共にネレイド国王を睨みつけた。
貴族の称号を贈られる理由が分かった今、それはもはや僕にとって価値のあるものでもなければおめでたいものでもなくなった。
ネレイド国王にとってはむしろ警戒の証とも言える。
「おじい様、ちょっと来てください」
ネプチューンがネレイド国王の手を引っ張り、僕らから少し離れた。
「どうしたのだ?」
「おじい様はアースのことを何も分かってませんね」
「アースは我らの総力を結集しても勝てるか怪しい相手だ。味方を継続的に全て回復し、圧倒的に不利と言われた戦況を1人で覆すほどの力を持っておる。やはりアースは余が睨んだ通りの人物であることがハッキリした。このまま放っておけば我らの脅威となるやもしれん」
「アースはそんな奴じゃありません。あれほど純粋な心の持ち主をアタシは知りません」
「ネプチューン、そなたをプラネテスに入れることを許可したのは、ゆくゆくはアースに嫁いでもらうためだ。それができぬ時は直ちにトリトンまで帰ってくるのだ。よいな?」
「――はい、おじい様」
ネプチューンが納得のいかない顰め顔で目も合わせないまま力なく返事をする。
彼らの会話は全て僕の耳には聞こえていた。多様な音を聞き取る能力に優れたモンスターを吸収したことで、僕は超人的な聴力を身につけていたのだ。そこらのひそひそ話であれば直接会話をしているかのように聞こえてしまう。
たとえ孫娘であっても、王族という肩書きの前では単なる戦略の駒にすぎない。
ネプチューンは自らの出自を呪った。政略結婚ではなく、心底から愛する形で僕と一緒になることを望んでいる彼女にとって祖父の言葉は足枷でしかなかった。結婚なんてしなくても征服なんてまずしないのに。
だが信じてはくれないだろう。自らの真意を言葉ではなく行動で示さない限りは。
僕が立ち上がって2人の元へと歩み寄った時だった――。
「それでは今から貴族授与式を始めますので、国王陛下は台の上までお越しください。アース、君も台の上まで来てくれ」
「は、はい」
庭の中央にはあらゆる称号の授与式に使われてきた白く段差のある台が用意されており、ここでネレイド国王から正式に貴族の称号を授与されるとのこと。
貴族授与式はあっという間に過ぎていった。
僕はルーナから専属護衛に相応しい新たな服を与えられていた。身も心も召使いから卒業したあの日にケレスはこの新しい服装を目にした。
青と緑を基調としたコルセットとブラウスだった。
服に描かれているのは世界の約半分を占めるハウメア大陸とヒイアカ大陸だった。大陸は緑、海は青で描かれているものであったが、これがネレイド国王には征服欲の象徴のように見えたらしい。
世界平和のためにわざわざオーダーメイドでルーナが作らせたものだったが、僕の力を知る者にはそうは見えないようだ。
「アース・ガイア。そなたは大公国軍の兵を率い、大軍を率いた帝国軍を倒し、資源が帝国側に渡ることを阻止する重大な役割を果たした。よってその勇気と功績を称え、そなたに貴族の称号を授与するものとする」
ネレイド国王が直々に貴族バッジを僕に渡すと、僕はその騎士が描かれたレリーフの貴族バッジを胸に装着した。
この瞬間から僕は貴族となり、貴族以上の人との結婚が許されるようになった。
なるほど、そういうことか。全てはネプチューンを僕に嫁がせ、王国への侵略抑止とするためだったわけだ。
そんな輝かしくも悲しい事情を抱えた貴族授与式はここに終わった。
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