第69話「無能力者、結婚の重みを知る」
ネプチューンは王族とは思えないほど自由奔放で素直な子だ。
あっという間にプラネテスのみんなに馴染んじゃうし、溶け込もうという姿勢が僕にはとても眩しいくらいだ。
数日後――。
貴族授与式前日、大公がプラネテスの家まで訪れた。大公と挨拶を交わし、ソファーに座り対面することに。僕の右隣にはネプチューン、左隣にはルーナが座っている。他のみんなは料理や食器を運ぶのに大忙しだ。
「君も分かっているとは思うが、明日はネレイド国王もここへやってくる。貴族の称号をそなたに授与することを決めたのは他でもないネレイド国王だ」
「国王陛下が直々に来られるのですか?」
「ああ。それほど君のことを買っているのだろう。部下から届いた手紙で君の戦いぶりを耳にしたネレイド国王はその場に立ち上がってアースに貴族の称号を贈ろうぞと叫んだそうな。ネプチューン王女との話も聞いておる。いやはや、君は大したものだ。何から何まで」
「いえいえ、気にしないでください」
「そういうわけにはいかん。この前の戦いの褒美は与えたが、あれでは足りないくらいだと思っている。そこで私からも提案があるのだが、ルーナと結婚してくれないか?」
「ええっ!?」
思わず一瞬だけ息が止まってしまった。
ルーナの父親である大公の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
確かに彼女とは仲も良いし、身分の差がなければつき合いたいとは思っていた。
しかもルーナはガイアソラスの力ではなく、あくまでも僕の行動を称賛してくれている。もう召使いだった時の僕はいないし、あの時のような迷いもない。ただ、僕自身がルーナに相応しい男であるかと言えば話は別だ。
「――あの。僕は人間としてはまだまだ未熟なところもあります。ルーナが知らない一面もあります。なのでその、いきなり結婚ではなく、同じパーティの仲間からということにしていただけないでしょうか?」
「お父様、アースさんは結婚という言葉の重みに耐えられないようなのです」
「アタシが結婚してほしいって言った時も時間が欲しいって言ってたもんな」
「あはは……」
僕が苦笑いをしていると、さっきまで天真爛漫な笑顔を見せていたネプチューンの表情が真剣なものに一変する。
「でもアース、いずれはちゃんと結婚するか断るかをちゃんと選べ。決断ができないようじゃリーダー失格だぞ。おじい様なら即決しているところだぞ。アタシだって無理なら無理って早めに行ってもらえると助かるし、それでアースを恨むこともない」
ネプチューンは僕の頬をそっと掴み、目線を外させてくれない――。
目の前の課題から目を背けるなと彼女の手が言っている。
まるで決断ができない僕を咎めるかのような目つきをこちらに向けた。それほど真剣であることは彼女の目を見ればよく分かる。それはルーナも同じだ。
「そうですよ。わたくしはいつでも返事をお待ちしております」
「それはそれで重いんだけど。それに学生くらいの歳の人と結婚するのはちょっと」
「アースは物知らずだな。貴族以上の人はみんな10代で結婚を決めるもんだ」
「えっ、そうなの?」
「はい。わたくしもあと3年で20歳です」
「ふむ。ではこうしよう。ルーナが成人するまでの3年間で無理なら諦めよう。結婚する気があるならそれまでに告白を済ませることだ。それでいいかな?」
「は、はい」
「じゃあアタシもそうしよっかな。まっ、それで結婚するにしてもしないにしても、アタシはずっとアースについてく」
ネプチューンがニカッとした笑顔で歯を見せながら言うと、横から僕に抱きついてくる。
その直後からルーナとの睨み合いが続いている。
大公がここへやってきた理由はこれだったのか。でも両国の関係者とこんなにも密接な関係になってもいいのだろうか。下手をすれば両国の争いに繋がりかねない。どちらも譲る気は全くないみたいだし、ここは僕が何とかしないと。
「アース、明日の貴族授与式は午後12時からだ。遅刻することのないようにな」
「はい。分かりました」
しばらくの間、ここでおもてなしをしてからたらふくご馳走になった大公がプラネテスの家から護衛たちと共に去っていく。
だがその後もルーナとネプチューンの睨み合いは続いた。
しかも大公がいなくなってからその重い口をようやく開いたかと思えば、どちらが僕の正妻となるかで言い争いが始まった――。
「言っとくけど、アースの正妻はアタシだよ。こっちの方が国力も上なんだし」
「いいえ。そういうわけにはまいりません。アースさんの正妻はわたくしです」
2人の間にはまるで火花が散っているかのごとく近寄りがたい雰囲気に包まれている。
「あのさー、私たちそっちのけで言い争うのやめてくれない?」
「そうそう。あたしだってアースと恋人になりたいし」
「あっ、ずるい! 私だって気持ちは同じよ」
「じゃあ私も立候補しよっかなー。アースってとっても可愛いし、私的にはこの上なくタイプなんだよねー。だからみんなで戦って、1番強い人を正妻にしようよ」
「それじゃジュピターが勝っちゃうじゃん!」
「えへへ、ばれた?」
「おいおい、そう簡単にアースを渡すと思ったら大間違いだぞ」
「そうですよ。少しはアースさんの気持ちを考えてください」
マーズ、ヴィーナスに続いてジュピターまでもが立候補に名を連ねている。マーキュリーはそんな彼女らをそっちのけで魔導書を黙読している。
きっと彼女にとってはそんなくだらないことをしている暇があったら魔導書の1つでも暗記する方がずっと有意義であるという気持ちなんだろう。
アンドロイドに恋愛感情はない。僕としては彼女とのつき合いの方が何だかんだで1番気が楽なのかもしれない。
マーズたちが参戦したことで言い争いはますますヒートアップした。そろそろ耐えられなくなってきたな。
この状況を一発で納める方法がある。
「あのさ、僕が争い事が嫌いだって知ってるよね?」
「は、はい。存じてます」
「それがどうかしたのか?」
「僕、喧嘩する人とは絶対に結婚しないから」
「「「「「……」」」」」
全員が夜中の海のように一斉に静まり返った。
お願いだから平和にのんびり過ごさせてほしい。仲間たちと一緒にいるのは楽しいけど、やはり結婚は僕には重すぎる。
「……えっと、取り乱してすみませんでした」
「アタシも悪かったよ。まだ決まってもいないのにな」
「私もごめん」
「あたしもごめん」
「私も挑発しちゃってごめん」
「……」
ルーナたちはすぐに仲直りし、どうにか事を収めることができたのだった。これじゃ先が思いやられるなー。みんなの気持ちは素直に嬉しいんだけどね。
僕は彼女たちの真剣な気持ちに心惹かれつつも、自らの想いは内に秘めるのだった。
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