第68話「無能力者、帝国包囲網を知る」
突然のキスに僕も周囲も動揺を隠せなかった。
「ちょっ、ちょっと、何やってんのよ!?」
マーズが一歩前に出てネプチューンを咎めた。
「お近づきの印だよ。それにアタシ、アースのことが好きだから」
「! ……そ、そう。ありがとう」
いきなり愛の告白までされてしまった。でもこんなに小さくて可愛い子に告白されると、何だかとてもいけない気分になっちゃう。
でも……ここまで僕に好意を持ってくれる人と一緒になるのもいいかもしれない。
「早速お前たちの家に連れて行ってくれ」
「皇女様、いけません。パーティに入ったとは言っても、皇女様を1人にするわけには――」
「アタシはもうプラネテスの一員だ。何かあればみんながアタシを守ってくれる。なっ?」
慌てて彼女の後からぞろぞろとついてきた護衛たちの1人がネプチューンを止めようとする。さすがは王族なだけあって護衛の数も多いな。みんな青を基調とした服装で、身軽な上にとても俊敏そうな動きをしている。
しかもこれが兵士というのだから驚きだ。こういう連中がうじゃうじゃいるネプチューン王国軍を敵に回したくはないと思った。
「もちろんだよ。彼女のことは僕らにお任せください」
「し、しかし――」
「アースさんは10倍以上の敵に立ち向かい、1人で対岸まで私たちを上陸させて、この前の戦いを勝利へと導きました」
「じゅっ、10倍の敵に?」
「はい。護衛としては十分かと」
「おじい様にはパーティに入る許可も貰っている。さっさと帰れ」
「は、はい……」
ネプチューンの護衛たちがそそくさに去っていく。
まだ会って間もない僕らにその身を任せられるなんて、本当に肝が据わってるよ。でもこれって事実上の人質だよね? 僕らに預けても大丈夫なのかな。
早速彼女をプラネテスへと連れて行った。
「うわぁ~! もう家に着いちゃったぁ! アースって凄いんだな!」
【転移】には彼女も最初は歯を見せながら好奇心を露わにしていた。庭の周りをキョロキョロと見渡しながらうろちょろとはしゃぎ回っている。見た目だけじゃなく言動もどこか子供っぽいところに僕らは心底ほっこりしている。
家に入り、ようやく落ち着いたところで色々と素朴な疑問を彼女に聞いた。
「ネプチューンにいくつか聞きたいことがあるんだけどさ、ムーン大公国とネプチューン王国はどうして同盟を結ぶことになったのかな?」
「あー、同盟の理由ね。簡単だ。あの帝国を倒すために、すぐ近くの海岸から攻められるように同盟を結んだ。それに大公国を帝国から守るためというのもある」
「どうしてネプチューン王国もウラヌス共和国もプルート帝国を滅ぼそうとしてるの?」
「お前知らないのか? ネプチューン王国もウラヌス共和国も、元々はプルート帝国の植民地だった場所だぞ。そこに住んでいたアタシのおじい様たちが反乱を起こして独立して、過酷な植民地支配から脱出したという歴史があるんだ。あの帝国の過剰な搾取は目に余るものがあった。二度と同じ歴史を繰り返さないように、あの帝国は一度滅ぼしてリセットする必要がある。でも最近また勢力を盛り返してきたんだ」
ネプチューンはプルート帝国の事情を精緻に語ってくれた。
何でも、太古のモンスターが次々と出現し、そのモンスターたちが国境を越え、隣国を無差別に攻撃し始めたのだとか。
そこでネプチューン王国はウラヌス共和国とムーン大公国と三国同盟を結び、結束してプルート帝国に立ち向かうこととなった。
プルートをまるでいつ殺されても変わらない捨て駒同然の扱いでここへ送り込んできた挙句、ケルベロスの化石を持ち帰らせた謎が気になるな。そこまで重要度が高くなさそうだが、このことはいずれ彼女に問いただしたい。
「じゃあ、プルート帝国のどこかにいる【蘇生禁術】の使い手を匿っていることを理由に宣戦布告したわけね」
「ああ。太古のモンスターを蘇らせた痕跡があるって、大公国側から情報が入ったからな」
「マーキュリー、もしかして君が伝えたの?」
「そう。アースが太古のモンスターから吸収した能力は間違いなく冥王代のモンスターと同じもの。それで禁術の使い手が帝国内にいる確率が非常に高いと推測できる」
「太古のモンスターたちはただ復活させるだけでは言うことを聞かない。強力な【洗脳】の使い手もいると疑われている。本来ファームモンスターを手懐けるために使うものだが、デンジャーモンスターに対して使えるほどの魔力を持った者は少ない。だから禁術使いがいるという疑いをかけられることになったわけ」
「ネプチューンって……思ってたより賢いのね」
「さっきも言ったけど、アタシは高等な教育を受けた。これくらい知ってなきゃ王族じゃない。それにアタシがここまでやってきたのはアースに協力してもらうためでもある」
「僕に?」
自分の胸を指差しながらソファーにふんぞり返っているネプチューンを見た。
「ああ。大公国は結局アタシたちじゃなくアースを頼って国を守った。おじい様はアースを将軍として迎えられなくて残念がってたよ。大公国軍が夜中に帝国軍を攻めた日、本来であれば、あいつらが昼間になって大公国への上陸作戦を決行したところで後ろから突いてやる予定だった」
元々は僕が王国の将軍になることが大公国を助ける条件だった。
奇しくもその条件を満たす前に僕が自前で国を守ったわけだ。
でも将軍にはなりたくない。こうしてみんなと一緒にいたいし。
「だからお父様はずっと冷静だったのですね」
「――ただ手をこまねいているだけじゃなかったんだ」
「自分の国すら自分で守れないなんて、情けないなー」
「……面目ないです」
ルーナが苦笑いをしながら下を向いて答えた。
この中じゃもうすっかりネプチューンの格下に位置付けられた。
正論であるが故に認めざるを得なかった。僕自身も決死の覚悟だった。あの時夜襲を言い出した上に兵士たちを【自動回復】で回復しながら進撃をさせた自分自身に驚いている。
今はネプチューン王国の艦隊がここを守ってくれていることもあり、ネプチューンの無神経な発言は僕らが思っていた以上にルーナの心に突き刺さった。
「まあまあ、結果的に自力で守れたんだからいいじゃん」
「アース、お前はうちの将軍になるのが嫌だったのか?」
「そうじゃないよ――ただ、困ってる人を放っておけないだけだよ」
争いを嫌っているのはガイアソラスだけじゃない。僕とてそれは同じだ。
だからなのかな。この剣と一体化できたのは。
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