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第66話「無能力者、幼馴染の凋落を見る」

 数週間後――。


 プラネテスは失意の中、プルートがいない日常に慣れつつあった。


 僕とルーナ以外は全員プルートが僕らを裏切ったと本気で思っている。


 僕らはムーン大公国を救ったとして大公から勲章と報酬を貰い、贅沢をしなければ当分は生活ができるようになった。みんなとても喜んでくれているし、僕がリーダーを務めることに対しては特に不満もない様子だ。


 プラネテスの名簿からプルートの名前は削除しなかった。いつ戻ってきてもいいように。


「ねえアース、あれからプルート帝国ってどうなったの?」

「今は特に怪しい動きは見せてないよ。でも帝城が厳重にロックされた上に、魔力感知まで強化されたせいで身代わり君すら入れなくなってる。それと……ウルヴァラ家の豪邸が売りに出されることになった。しかも貴族の称号も没収だって」

「あぁ~、確か占領もできないまま撤退したら士官に降格させられて、領地も全部没収されるって言ってたわね。アースを追い出すからそうなるのよ。ざまあみろよ」


 マーズがそう吐き捨てながらちぎったパンをスープにつけたものにかじりついた。


 平民特有の貴族アレルギーを発散させているところだ。彼女たちにとって成金のように出世していった貴族が不祥事や敗北によって凋落していく様は痛快だったようだ。


 何だか僕の代わりに行ってくれたようで僕もスカッとした。


 こうして、貴族としてのウルヴァラ家はここに消滅した。常にプルート帝国を支え続けてきたウルヴァラ家がその影響力を失ったことを皮切りに、プルート帝国の衰退がますます顕著となり、いつ隣国から攻め滅ぼされてもおかしくないと誰もが思った。


 あれから何度かプルート帝国に滞在させている身代わり君を動かしていた。しばらくはウルヴァラ家の中に人知れず安置していたが、再び起動させた時には味気ないほど家の中がすっからかんになっていた。これじゃ空き家だ。


 ウルヴァラ家の財産は一部を残して全て没収され、ケレスは帝都カロンにあるボロボロの木造住宅に渋々移り住んだ。士官として生かさず殺さずの状態を承知の上で、最後までプルート帝国に忠誠を誓い、次の戦いに備えていた。


「まあ、アースだけじゃなく、あたしたちにまであれだけ酷いことをしたんだから、良い薬にはなったんじゃない。これでもうアースは完全に自由の身よ」

「わたくしも同感です」

「これでプルート帝国も終わりね。太古のモンスターが出てきた時はどうなるかと思ったけど、やっと平和な世界が戻ってくるのねー」

「それはない。人が人である限り、争いも征服も尽きないまま。領土を広げた国がまた世界の覇権を握り、同じ歴史を繰り返す。人類が滅ぶその日まで」

「ちょっとー、雰囲気ぶち壊しにしないでよー」

「まあまあ、マーキュリーの言うことも間違ってないよ。だから僕らはそんな悲しい歴史を繰り返さないように協力し合って生きていかないといけないってことだよ。しばらく偵察してくるよ。何か分かったら報告するね」


 そう言いながら部屋を離れ2階の自室へと移った。


 1階ではここまで聞こえるくらいの声でガールズトークが展開されている。全員が女性になると決まって話が盛り上がる。


 身代わり君を動かし、ケレスの家を覗いた。


 裏庭が空いていたのでそこから身代わり君を侵入させ、ケレスたちを偵察することに。


 すると、以前の家よりも狭く比較的狭く、寝室とリビングを兼ねた部屋にケレスがいた。その後ろ姿は昔よりも小さく見えた。そして彼女の目の前には父親であるパラスが横たわっている。


 何日も着替えていない白いパジャマを着ながら弱々しい顔で仰向けにケレスを見つめ続けている。


 全身が痩せこけ、髪はすっかりと色素がなくなり、以前のように意気軒昂(いきけんこう)な将軍としての姿とは程遠いものだった。押せば簡単に折れてしまうくらいに衰えきったその姿は、まさに今の帝国を象徴しているものであった。


「お父様、しっかりなさってください」

「ケレス、私はもうここまでだ。まさかウルヴァラ家の没落をこの目で見届けるまで生き永らえることになろうとは。これはきっと神が私にお与えになった罰であろう。お前には散々苦労をさせたな。私の分も生きてこの国を支えてくれ」

「……そんなこと……仰らないでください」


 ケレスが力なく涙声で呟いた。そこにはもう自信と威厳に満ちたケレスの姿はなく、ただ1人の幼馴染がいるだけのように感じた。


 この前の戦いで傷ついた顔は元には戻らず、ポーションすら与えてもらえない始末だ。


 そんな見るに堪えない顔を以前と変わらぬ顔で見つめながらケレスの涙が伝っている頬を触り、今の彼女の心情を察しているようだった。


「ケレス、お前と仲の良かった幼馴染はどうした?」

「えっ……アースのことですか?」

「ああ、そうだ。連れてきてくれるか?」

「――今はもうおりません。もう召使いを雇うことはできませんし、探そうにもアステロイド部隊が解散させられた今、もう会えないでしょう」

「そうか、それは残念だ。彼はどんな召使いよりも礼儀正しく献身的だった。私が自分で馬に乗れなくなった時、彼は私に向かって何と言ったと思う? 僕が台になります。どうぞこの背中にお乗りください。そう言いながら馬の隣に跪いて背中を差し出した。彼は無能力者だったが、あんな召使いを持てたことを本当に誇りに思うよ。優秀な魔法が使えることも大事だが、それ以上に自分を犠牲にしても仲間に惜しみなく貢献できる者を大切にできる娘になってほしい。彼の存在を皇帝陛下に伏せていたのはそのためだ」

「……」


 僕はこの人を誤解していたようだ。そうか――僕がずっとクビにならずに済んでのはパラスのお陰だったんだ。


 思わず目から涙が出てしまった。この時ばかりはケレスと感情を共有した。ケレスもまた、時既に遅しであることを痛感する。


「……この帝国のこと、頼んだぞ……」


 何かがパラスの体からすっぽりと抜けていき、さっきまで僅かに動いていた指がピタリとその動きを止め、ベッドの上に落ちた。


「えっ……お父様……お父様っ! ……ううっ、うっ、あああああぁぁぁぁぁっ!」


 ケレスは悔いた。僕を一目会わせてやりたいと思ったが、既に僕は遠くの国の大公令嬢の護衛として仕えている。


「私は何てことを。アース、本当にごめんなさい。あなたを追い出した私が間違ってたわ。全て私の責任よ……彼がお父様をずっと支えてくれていたというのに、私はそれに気づかず、今までの恩を忘れ、皇帝陛下の命を優先してしまった」


 ケレスはパラスの亡骸に抱きつきながら、ずっとベッドの上で泣き叫んだ。


 その断末魔のような鳴き声は、彼女から積み重なったプライドさえ取り払った。

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