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第65話「無能力者、大剣使いと戦う」

 これは直観だ。間違っている可能性もある。でも……それでも僕は彼女を信じたい。


 プルートがあからさまに帝国側につく仕草を見せ、僕らと対立するように距離を置いた位置からこちらを向いた。


 ニクスが大剣を構えると、こちらが剣を構えるのを待っている。一見卑怯者のように見えるが、剣を構えていない相手には一切斬りかからない辺り、敵ながらそれなりの騎士道精神を持ち合わせていることがうかがえる。


 彼女はケルベロスの化石を将軍の1人に渡し持ち帰らせた。


「皇女様、勝った方の願いを1つ聞くということでどうでしょうか?」

「いいだろう。私が勝ったら、お前を我が軍に引き入れる」

「なら僕が勝った時は、プルートを帰してください」

「ほう、何故だ?」

「プルートはプラネテスの一員です。パーティ名簿にも記載されています」

「そんなものは無効だ。それにいくら名簿に記載されているとは言っても、プルートを縛る権限はどこにもない」

「それは皇女様も同じでは?」

「……何?」


 ニクスが冷徹な目を維持しながらも顔を顰めた。


 思ったことをそのまま言った。正直自分でも驚いている。これほどの相手に何故ここまで言えてしまえるのかが不思議だ。まるで何かに背中を押されているかのようだ。


 僕はガイアソラスを構え、いつでもこいと思った瞬間、ニクスが大剣を素早く振りかぶってきた。


「ぐうっ!」


 大剣がガイアソラスに大岩の如くズシッと全身を上から圧迫するように重くのしかかり、僕の足先から膝までが地面に埋まってしまった。これには僕も歯を食いしばって止めるのが精一杯だ。


「ほう、我が【大剣カラドボルグ】の一振りをまともに受けながら平気でいるとは、やはりお前は我が軍に最も欲しい逸材だっ!」


 ニクスが笑いながら言った。僕の足が地面にめり込み、すぐには動けない程度に足を封じられたのをいいことにあらゆる角度からカラドボルグを僕の頭上から何度もぶつけてくる。


 しばらくは剣と剣を鳴らし合いながら必死に彼女の猛攻を止め続けた。


 この人――強い。一発一発に力がある。なんて強さだ。あの大剣カラドボルグはただ太く長いだけではなかった。鞘からは先までが精巧かつ頑丈にできており、持つ者の力を最大限に引き出しているのが触れただけで分かってしまった。


 かつて世界征服を目論んだ一族だけのことはある。


 でも僕は負けられない。裏切った直後のプルートが僕に近づいた時、咄嗟に僕にしか分からないようにウインクをした。あれは単なる癖じゃない。何か意味があるはずだ。少なくとも悪い意味ではないと、さっきから僕の直感がしつこく訴えてくるのだ。


 ニクスは大剣を横に構え、それを円を描くように回すと、鋭く尖った横向きの氷柱が僕に狙いを定めるように次々と生えてきた。


「悪いがこれでとどめだっ! 【氷柱砲撃(ブリザードニードル)】」


 銃弾の如く勢いそのままに無数の氷柱が僕を襲い、白い煙と共に爆発を起こすと、周囲が氷づけとなってしまった。僕は全身がオブジェのように凍り、そのまま動けなくなってしまった。


「アースっ!」

「終わったな。この技を受けて生き延びた者はいない。仮に氷がとけたとしても、その頃には既に凍死している」

「そんな……」

「伝説の光魔剣(こうまけん)を手に入れた回復術師がこの程度とはつまらん。生半可な強さでは、我が軍では活躍できんな」


 そう言い残し、ニクスたちが後ろを向き立ち去ろうとした時だった――。


 僕を覆っている氷が内側からドロドロ溶けだすと共に表面が耳の奥を突くような音を出しながらピキピキと割れていく。


「……!」


 ニクスが気づいた途端、氷山のように僕の全身の動きを封じていた氷の塊が全方向に氷の破片を勢いよく飛ばしながらパリーンとガラスが割れるような音を立てながら一気に弾け飛んだ。


「何っ! そんな馬鹿な――!」


 僕は氷から脱出すると同時に背中から翼を生やし、目にも留まらぬ速さでガイアソラスをニクスの喉元に突き立てた。


 咄嗟にのけ反ったニクスの初めて見せる焦り顔からは汗が頬を伝っている。だがその呆気に取られた顔も長くは続かず、すぐに気味の悪い笑顔へと表情を変えた。


「それは……フレースヴェルグの翼だな。まさかお前、モンスターの力を得たのか?」

「そうです。僕はヒドラの力を得たことで炎の息を吐いて氷を溶かしたのです」

「――! ヒドラの力だと……」

「皇女様、あなたの負けです」

「ふふふふふっ。アース……殺れ」


 自らの喉に僕のガイアソラスの刃先を運ぼうとするが、僕は咄嗟に剣を引っ張りそれを阻止する。


「皇女様、プルートを渡してもらえますね」

「悪いがそういうわけにはいかん。だから殺れと言った」

「プルートは捨て駒じゃなかったのですか?」

「捨て駒だと? ふっ、お前は何も分かっていないな。お前たち、プルートを連れて帰れ」

「はっ!」


 帝国軍の兵士たちがプルートの腕を掴み、そのまま強引に馬車へと乗せて去っていく。


 他の将軍たちもまた、馬車と共に去っていった。残ったのはニクスと僅かばかりの雑兵のみ。どうやら皇女自らがしんがりを引き受け、プルートを国へと連れ帰る算段らしい。僕がとどめを刺さないことも彼女の計算に入っていたかのようだ。


「プルートっ!」

「おっと、これ以上進みたければ私を倒してから行け」


 持っていたカラドボルグを再び持ち上げ、それを僕に向けて構えた。


「皇女様、約束が違いますよ」

「お前はプルートの言う通り、馬鹿正直そのものだ。この残酷な世界で生きていくには、まだまだ疑心というものが足りなさすぎると言ってもいい。いいか、プルートはお前たちのような馬鹿正直な者たちを騙し、隙を見てケルベロスの化石を持ち帰るために派遣したのだ。その頭に叩き込んでおけ。人を信じるなどもってのほかであるとな」

「……」


 何も言い返せなかった。ニクスは僕らがこれ以上の深追いをしないことを確認すると、闊歩しながら鎧を着せた自分用のケンタウロスに騎乗して太めのリードを引っ張り、そのまま帝都カロンへと帰っていった。


「……やった……やったぞ。敵が全員逃げた。俺たちの勝利だぁ!」

「「「「「おお~っ!」」」」」


 この戦いは思わぬ形で終幕を迎えた。だがとても勝ったとは思えない。


 僕らの奮戦により、一旦はムーン大公国が救われた。だが嫌な予感しかしない。敵の主目的が果たされた上にプルートまで連れていかれてしまった。


 本当にプルートは最初からハデス皇帝たちの味方だったのか――。


 そう簡単に倒せる相手ではないことは体がよく覚えている。故にこれ以上の深追いはしなかった。いや、できなかったと言っていい。仮にニクスや敵の将軍たちを倒したところで何かが大きく好転するとも思えなかった。


 僕にとっては事実上の敗北だった。

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