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第64話「無能力者、対岸へ進撃する」

 僕とニクスと目線が一致する。一目で歴戦の猛者であると分かった。


「ほう、お前があのアース・ガイアか。噂は度々耳にしている」


 ニクスは僕の目を冷酷な目で見つめながら呟くように言ったが、僕の耳にはしっかりとその大人びた声が聞こえていた。


 彼女の目はハデス皇帝のつり目とよく似ている。やはり親子なのか、あの細長い眼光からは比類なき野心が感じられ、まるで波動のようにこちらへと伝わってくる。


 それこそ、後継者に相応しいと思えるほどにハデス皇帝の威厳を引き継いでいる。


「それは光栄です。皇女様」

「「「「「!」」」」」


 僕の言葉にオルクス将軍たちが怯んだ。何て恐ろしいこと口走るのだと目が言っている。これはせめてものお返しだ。


「……聞き捨てならんな。私は皇女ではない」

「あなた方の正体はもう知っております。僕はあなたを止めに来たのです」

「私を止めるだと。ふっ、私も随分となめられたものだな。プルート、お前がばらしたのか?」


 ニクスの目線が僕から外れた。まさかと思い後ろを振り返ると、そこにはカイパーベルトの海岸で待たせていたはずのプルートが船の上に佇んでいた。


 そこから何かを手に持って飛び降りてくると、僕の前まで歩いてくる。


「姉さん、私が何もせずとも、私たちのことはばれていたと思う。だが目的の物は持ってきた。これでどうか見逃してくれ」

「プルート、それは……」


 彼女の手に握られていたのは何かの化石の一部だった。石のような塊には切れ味の鋭い犬のような顔が埋め込まれている。


「ケルベロスの化石だ。ずっとこれが目的だった」

「「「「「!」」」」」

「そんな……嘘……だよね?」


 一瞬、頭の中がぽかーんとしたまま疑問を呈するのが精一杯だった。額に嫌な汗すら浮かび上がってくるが、僕はそれを拭き取る余裕さえなかった。


 明らかな裏切り行為だ。プルートは後ろめたそうな顔のまま僕から目を背けた。彼女は帝国を捨てたはずだ。なのにどうして。


「嘘じゃない。最初からこの作戦だった」

「でも、僕らにパーティの組み方まで教えてくれたでしょ。あれは僕らを騙すためだったの?」

「そうだ。私が思っていた以上に馬鹿正直で助かった」


 そう言いながらプルートがケルベロスの化石をニクスに手渡した。


「ご苦労だったな。プルート」

「……」

「ねえ、プルート、どういうことか説明してよ」

「……」


 プルートは答えない。そのまま僕の元へ戻ってきたかと思えば、僕のガイアソラスが届かないくらいの距離でピタリと足を止めた。


 この状況になってもバイデントを召喚しないのは取り上げられたままだからだ。ブラン宰相が彼女からバイデントを取り上げていたのが幸いだった。あれほどの武器をあの手に捕まれていれば形勢逆転されかねない。


「久しぶりだな、アルダシール。この裏切り者が」

「お前にだけは言われたくないな。オルクス」


 周囲の兵士たちが武器同士を鳴らし合う中、因縁の2人が睨み合い剣を交えた。そしてプルートがやっとその重苦しそうな口を開いた。


「アース、私はケルベロスの化石を持ち帰るためにここに来た」

「性転換をするため?」

「ああ……こうするしかなかった」

「仮に性転換ができたとして、衰退しきっている帝国の後を継いだところで、すぐに滅ぼされる危険性が高いことに変わりはないと思うけど」

「ふふふふふっ! ふはははははっ!」


 ニクスが僕を大きな声で嘲笑った。まるで僕の無知を罵るかのように。


「ちょっと、何がおかしいのよ?」

「お前たちは何も分かっていないようだな。まあいい、目的の物は手に入った。引き上げるぞ。もうあの弱小国家に用はない」


 吐き捨てるように言いながら用済みの僕らを無視してニクスが後ろを向いた。


「待ってください。ムーン大公国に太古のモンスターを差し向けていたのはあなたですね?」


 立ち去ろうとするその足が止まり、聞いてやろうと言わんばかりに再び涼しい顔でこちらを向いた。


「ふっ、何故分かった?」

「ずっと前からおかしいと思ってたんですよ。太古のモンスターたちが次々と僕らの前に現れたかと思えば、決まって大公国軍の邪魔になるようなことばかりをしていた。あなたは【洗脳(テイム)】の使い手ですね?」

「そこまで見抜かれていたとは」

「太古のモンスターたちは何者かに操られているかのような仕草をしていた。そこでワタシはある推測に辿り着いた。ただ復活させるだけではモンスターに倒されてしまう。つまりモンスター従わせる術を持った者がいると考えた。ワタシの【分析(アナリシス)】により、あなたがモンスターを従わせる担当であると分かった」


 マーキュリーが淡々とした口調で推測を述べた。


 つまり誰かが太古のモンスターを復活させ、復活させたモンスターを洗脳して僕らの元へ送り込み偵察を行っていると考えれば、全ての事象に対して説明がつく。


「ヒドラを送り込んだのも、オベロンを送り込んだのも、全てはこちら側の資源を封鎖するため」

「そこまで見抜かれているなら認めるしかないな。確かにその通りだ。太古のモンスターたちを通してお前たちの存在、そしてムーン大公国が戦争しようにもできない状態であることが分かった。だがアース、お前がモンスターたちを全て倒してしまうことは想定外だった。お前は邪魔な存在だ」

「皇女様、ケルベロスを復活させて性転換をしてからどうするつもりなんですか?」

「ふっ、それを教えたところで、お前たちが我らを止めることはできない」

「ならここで決着をつけるまでです」


 僕はガイアソラスの刃先をニクスへと向けた。


 それを見たニクスは迫力のある大剣をこちらに向け、対峙して戦うことを受け入れたのか、僕らの元へ前進してくる。その静かな迫力を前に僕は少しばかりのけ反ってしまった。


 あの大剣、ただ大きいだけの剣じゃない。しかもあれを片手だけで軽々と持ち上げている。なんて力の強さだ。


「私に挑むことがいかに愚かなことか、ハッキリと思い知らせてやろう」

「アース、やめておけ。姉さんは強いぞ」

「構わない。君を助けるためなら」

「! ……まだ私を信じると?」

「そうよアース、プルートなんかもう信じられないわよ……仲間だと思ってたのに」

「……」


 マーズがヴィーナスの胸を借り、その服を濡らしながら涙を流し続けた。ヴィーナスはそんなマーズの悔しそうな顔を見たくないのか、彼女の頭の上に自分の顎を置いた。見てしまえば最後、自分も泣いてしまうことが容易に想像できる。


 それほどまでにみんなプルートのことをすっかり仲間だと思っていた証だ。だが僕はプルートの言動に不可解な点があることに気づいていた。


 自分でも馬鹿げていると思っているが、彼女がそう簡単に裏切るとは思えなかったのだ。

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