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第63話「無能力者、敵の隙を突く」

 アルダシールは民を救うべく賽を投げた。


 帝国軍の兵士たちが眠っていることを確認するべく、僕は気配を殺しながら背中から立派な翼を生やして敵軍の偵察へと赴いた。


 作戦の実行には絶好の機会であることを確認すると、兵士たちと共に駆逐艦に乗り、残りの兵士たちには油の入った樽と共にワイバーンに乗った。若干重苦しそうな表情だが、それでも問題なく持ち上げられるのだから驚きだ。


 ただ、帝国で見かけたワイバーン部隊よりも飛行速度が遅く、下手をすれば簡単に撃ち落される格好の獲物だ。


 大公国軍は一部だけを島に残し、残り全員が船とワイバーンに乗り込み出航した。


 ワイバーン部隊が物音を立てずに戦艦部隊に近づき、夜空に紛れながらあっという間に敵の上空を覆ってしまった。地上や海上にいる敵兵たちはまだこちらの動きには気づいておらず、呑気に世間話をしながら戦艦の上で過ごしている。


 鉄鋼と木材がふんだんに使われた戦艦は燃やされることを想定されておらず、歩く度にギシギシと音を鳴らす木材の床板に鉄鋼でできた甲板の上に2人の夜番を務める兵士が僕らの真下にいた。僕は大きな翼を音もなく夜空へと羽ばたかせていた。


「明日は総攻撃か。これでようやくムーン大公国も終わりだな」

「ああ、明日の今頃にはあの一帯が全部火の海だ」

「でも一度燃やしたはずなのに全部復活してるなんてやべえな」

「何でも回復術師が一瞬で全部修復して、街の連中もみんな回復しちまったんだとよ」

「おいおい、それじゃ何度倒しても――ん? 雨か? ……これ、油の臭いがするぞ」


 敵兵の1人が雨水とは思えない異様な生臭さに違和感を持った。そしてその首を恐る恐るゆっくりと上空へと向けた。


 その目には数十匹のワイバーン部隊が穴を空けた樽から油を戦艦に向かって雨のように降り注いでいる光景が映っていた。


「――敵襲だぁ~!」


 夜番の敵兵の大声が周辺に響き、多くの敵兵が慌ただしく一斉に起き上がった。


 それを合図に大公国軍の駆逐艦からマーズが【獄炎弾(フレイムボール)】を、ヴィーナスは【黄金銃(ゴールデンリボルバー)】を、そして他の兵は火矢を敵の戦艦へと放った。ワイバーン部隊もそれに続いて火炎弾を口から放ち、マーキュリーが計算した通りの火攻めが始まった。


 炎が戦艦に当たると同時にあらかじめ巻いていた油に当たり、船の中全てが炎の渦に巻き込まれ、辺りを照らすように燃え盛った。


「「「「「うわあああああぁぁぁぁぁっ!」」」」」


 炎が燃え移った敵兵の断末魔が連鎖的に聞こえ、それでも情け容赦なく戦艦を炎が襲った。僕はフレースヴェルグの力を使い、【噴出暴風(ジェットストーム)】を発生させた。


 ジュピターもまた、【暴雷斬撃(サイクロンサンダー)】で敵を吹き飛ばしながら炎を後ろの戦艦にも燃え移らせるよう図った。


 次々と油と炎で燃え盛る戦艦を前に敵兵は手も足も出ないまま撤退していく。


 僕らは炎が消えた戦艦に乗り込み、周囲の兵士たちと戦闘を繰り返した。


 ガイアソラスで敵兵の件を退け、その鋭く青白い魔剣はナイフで木の実を刺すかのようにいとも簡単に敵の胸を貫いた。連日のように返り血を浴びたが、これに段々と慣れてしまっている自分が恐ろしくてたまらない。


 だがそれ以上にこれほどの敵を前に怖気づくことの方が恐ろしく思えた。


「ぐあああああっ!」


 味方の内の数人が敵の武器や魔法攻撃を前に倒れていく。


 倒れて動けずにいる兵の中にはさっきまで仲良く話していた者までいた。


 ルーナたちも敵戦艦に乗り、戦闘に参加する。だが帝国軍の兵士たちが数に任せて雪崩の如く突撃してきた。


 ここにきてようやく対岸にいた敵兵たちの反撃が始まったのだ。数では敵の方が上回っているためか、その攻撃を受け、負傷する味方の兵が次々と現れた。切られた場所から血が出て喘ぐ者、致命傷を受けて無言のまま倒れ、虫の息となる者が後を絶たない。


 ――その時、僕の中で新たな力が目覚めた。


 僕は負傷者が出てきたところで【回復(ヒール)】と唱えた。


 すると、味方の兵士たちや他のパーティの者たちの傷が癒えていき、あっという間に無傷の状態へと戻っていく。切断された手足までもが元に戻り、反撃を受けて士気が下がり気味だった味方兵たちがまた勢いづいた。


 さっきまで致命傷で死ぬ寸前だった者たちまでもが再び立ち上がり、敵兵に向かって何の躊躇もなく立ち向かっていく。またしても切り合いが始まるが、僕は味方兵たちが傷つかないよう精一杯の祈りを捧げた。


 その瞬間、新たな魔法の単語が頭の中に思い浮かんだ。


「【自動回復(オートヒール)】」


 敵味方が入り混じり切り合いになるが、敵兵は剣、槍、斧といった武器で斬られれば一方的に倒れるのに対し、味方兵は何度それらの武器で斬られようとも、僕の新たな回復魔法によりあっという間に回復してしまった。


 何度攻撃を受けてもすぐに傷が治り、怯むことなく進撃が可能であることを知った味方兵たちはますます自信過剰となり、それを見た敵兵が怯えながら少しずつ後ずさりをしながらエッジワースの海岸まで下がっていく。


 そこに1人の敵将軍と中性的な人物の姿が見えた。


 対岸に居座り、目の前の炎を前に苛立ちを隠せずにいる将軍、オルクス・ヴァンスはプルート帝国の将軍である。


 肩に届かないくらいの短く青黒い髪に加え、左目には黒い眼帯を装着している。オルクス将軍はかつてアルダシール将軍の仲間だったが、同時に将軍の座を争う積年のライバルでもあった。将軍争いに敗れたアルダシールは隅に追いやられるように領土転封を命じられ、それがそのまま彼が反乱を起こすきっかけとなった。


 僕らはアルダシール将軍と共にその勢いのまま対岸まで進軍を続けた。


 それに続いて何度切られようともすぐに回復する味方兵たちもエッジワースの海岸へと上陸し、そこにいる敵兵と剣を交えた。


「何をしている!? 敵の方が少ないというのに何故後退しているのだぁ!?」

「将軍、いくら敵を倒してもすぐに傷が回復するのです」

「何ぃ! 何度倒しても即回復するだとぉ! そんな馬鹿なことがあるかっ!」

「まるでゾンビだな」

「二クス様、ここは撤退しましょう――ひいっ!」


 オルクス将軍の目と鼻の先にはニクスと呼ばれる人物が背中の鞘から素早く抜いた大剣があった。


「撤退だと? 次にその言葉を口にすれば、命はないと思え」

「はっ、はいっ!」


 他の将軍たちまでもが恐れおののく中、プルート帝国の第一皇女、ニクス・ディス・パテルが僕らの目に映った。


 しなやかな体つきとサラサラとした長く白い髪はプルートにそっくりで、その凛々しいつり目はこれだけ押されていてもなお一切の動揺を見せなかった。


 プルート帝国の後継者なだけあり、その若さに似合わない貫録を持っていた。

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