第62話「無能力者、夜更かしをする」
将軍の決断を待ち続けたまま時刻は夜中を回り日付が変わった。
兵士たちには決断の時がくるまでは寝ないようにアルダシール将軍が既に伝えている。寝かせる気がないということは本気で悩んでいる証だ。
夜襲には相応の思いきりと覚悟が必要だ。兵士たちの他には昼間の戦闘で僕に協力してくれた他のパーティの人々まで駆けつけてくれている。
そこに1つのパーティが焚火をしながら座っている僕らの前に現れた。
1人は紫色の髪で片目が隠れている中性的な顔の青年だ。
「あれっ、もしかしてジュピターか?」
「えっ、もしかしてイオなの?」
「ああ、久しぶりだな」
「知り合いなの?」
「ええ。元々同じ国に住んでた移民仲間なの」
「僕はイオ・ヴェルンド。『サテッレス』っていうパーティのリーダーをやってる。僕は鍛冶屋として武器担当を担当している。よろしくな。アース・ガイアだよね。昨日は僕たちの家の修復に僕らの回復までしてくれてありがとう。本当に助かったよ」
「いえいえ、こちらこそ」
ペコペコと頭を下げ挨拶をする。召使いだった時の癖はどうにも止まらない。
そしてイオさんの後ろには昨日の昼間に帝国軍の兵士たちと戦っていた人たちの内の3人が揃っていた。どうやら最前線で戦ってくれていたようだ。
「攻撃担当のエウロパ・ゴルティナに、防御担当のガニメデ・アビドス、回復担当のカリスト・ゲイルヴィムル」
「まあ回復担当とは言っても、ポーションを運ぶ方だけどね」
「元々は僕もそんな感じでしたよ」
「しかしまあ、リアルに回復する人が出てくるなんて、なんか演劇の世界みたいだな」
「ふふっ、確かにね。あなたがいるだけで本当に心強いわ」
「アース、よろしくねっ!」
エウロパさんがウインクで気楽な挨拶をしてくる。
ピンクのロングヘアーにドレスのような格好の女性で、見た目も性格もフワフワしている。胸もブラウスの中で苦しそうにしているほど大きい。とても攻撃担当とは思えない外見ではあるが、この錚々たる面々の中でその立場にいるってことは、彼女が攻撃の名手であることを腰にかけている二刀流が物語っている。
ガニメデさんは大きく四角い盾が自慢で、これで突撃することもできるらしい。盾で相手を殴る先鋒は有名だが、これで殴られたら痛そうだ。
所々跳ねている短めの茶髪が特徴で、とても気さくな男性だ。
カリストさんは長い黒髪で幼女のような外見だが、背中に背負っている大きなバッグを軽々と持ち上げている力持ちな上にとても俊敏だ。アイテムを運びながら攻撃にも参加できる器用さを持っているが、それは攻撃担当のなりそこないということだ。
僕がガイアソラスの力を得てからは、必要に応じて攻撃担当と回復担当を兼ねるようになった。
代わりに荷物を運ぶ担当がマーキュリーに代わった。これにより僕は回復魔法に専念できるようになったわけだが、プルートの言う通り、今回は攻撃担当として参加してみるか。
しばらくサテッレスのメンバーたちと談笑していると、イオが本質的な質問をぶつけてくる。
「ねえ、夜襲するって聞いたんだけど、どうするの?」
「まずは1番前の船を炎で燃やしてからアースとジュピターが暴風で火の手を広げる。相手の戦艦部隊は船と船の距離がとても近い。ワイバーン部隊を使って船の中に油を撒いてから燃やせばかなり効果的に戦艦部隊を壊滅させることができるはず」
マーキュリーが夜襲の作戦内容を淡々と説明する。
可愛い顔して怖いことをサラッと言いのけるこのクールな性格に兵士たちは若干引いているが、サテッレスのメンバーたちは平気そうだ。
僕らよりもずっと昔からパーティを組んでいるだけあって肝が据わっている。僕らのように気楽さはあれど、相手の話を聞く時は至って真剣な眼差しを惜しみなく向けている。これだけでも彼らがどんなクエストにも本気で取り組んできたことが読み取れる。
格が違う。このパーティ、とても強い。
「おいおい、おっかねえな姉ちゃん」
兵士の1人が作戦内容にビビりながら作り笑顔を向けた。
「敵はこちらの10倍、火攻めにして1隻でも多くの戦艦を沈めなければ敵地の海岸に辿り着く前にこちらの兵が全滅する」
「お、おう、そうだな」
平然と正論で返すマーキュリーに兵士はすっかりと恐れ入っている。
その後もマーキュリーの説明は続いた。この作戦行動がうまくいけば戦況を一気に覆すことも可能であるとのこと。
数時間前、僕は明日への迎撃に備えるのではなく、夜襲を行うことを思いついた後だった。
僕には戦争のセオリーもなければ暗黙の不文律もない。故に夜襲という策を思い浮かべることができたわけだが、戦争に慣れた者たちにとってそれはタブーだった。しかも僕は夜襲の具体的な策までは思いつけなかった。
そこでマーキュリーに具体案を考案してもらった。
それが火攻めだった。クレセン島は資源が豊富であるため可燃物も多く採取できるため、上空からそれらをばら撒き、追い風と共に火をつければ敵の戦艦部隊を壊滅できると踏んだのだ。昼を迎えるまではあちらから攻めてくることはない。
仮に失敗したとしても、戦艦や敵兵に痛手を負わせれば相手は戦力を立て直すのにかなりの時間がかかり、その間に迎撃準備を整えて島を要塞化できるというアフターケアまでついてくる。かなり考えられた作戦だ。
「あっ、アルダシールさんだ」
ヴィーナスが大公に気づくと、僕らはその場に立ち上がり、熟考の末に戻ってきた将軍の姿に緊張が走った。
少しでも動けば怒られかねないほど空気が伸びきった糸のように張り詰めている。兵士たちの中央にある焚火の近くに立つと、その焚火の近くにある土を足で蹴り上げ、焚火の灯をあっさりと消してしまった。
僕らにはそれが決意の証のように思えた。
「皆の者、聞いてくれ。我々はこれから戦争のタブーに触れる。プラネテスが考案した作戦の内容は先ほど兵士から聞いた。不本意ではある。だが我々は勝たなければならない。これは我がムーン大公国の民を救うための戦い、そして……我々自身の誇りを取り戻すための戦いなのだぁ!」
「「「「「おお~っ!」」」」」
アルダシールが声明を轟かせながら戦いの火蓋を切ることを高らかに宣言し、鞘から長剣を抜き、その刃先を力強く空へと掲げた。兵士たちもまた、将軍に合わせて剣を抜き、彼と同様の動きで応えた。
ここまで啖呵を切ったからにはもう戻れない。さっきまで緊張の糸が切れていた兵士たちの目には炎が灯されたかように闘志が燦々と輝いて見えた。
国のため、そして民のために。
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