第61話「無能力者、夜襲を提案する」
その日の夜、僕らはカイパーベルトの海岸に移動し、ジュピターの【加工】によって作られた前線基地へと場所を移した。
アルダシール将軍を呼び出し、彼が指揮を担当する大公国軍に合流した。だがそれは軍隊と呼べるほどの強さはなく、兵士になれそうな者たちを招集しただけの部隊だった。
彼らに緊張感はなく、兵士たちの中には酒を飲み、取るに足らない武勇伝を笑いながら語る者までいる始末だ。ただでさえ戦争の真っ最中だというのにまるでお祭り騒ぎのようで、民を守る兵士としての自覚すらない。外には空中戦用のワイバーンが数十匹程度が待機しており、見張りの兵士たちが調教をしている真っ最中だ。
「これが……大公国軍なの?」
「そうみたいね。大公国軍特有の鶏冠のような兜、少し短めで鋭く太い剣、頑丈で丸い盾まであるわ」
「将軍、これで本当に明日の帝国軍の攻撃を防げるんですか?」
「可能性はかなり低いだろう」
アルダシール将軍が空に向かってため息を吐きながら言った。
長年戦争のない時代が続き、大公国軍は必要最小限の兵しか持ち合わせていなかった。幸いにもアルダシール将軍が前々からプルート帝国に対する危機感を募らせていたおかげか、大軍でなければ迎撃が可能である程度の守備力を誇っていた。
だが今回の敵はあいにく大軍だ。こちらは1000人なのに対し、敵は1万人もいる上に大艦隊をこちらへと差し向けている。
大公国軍の船は帝国軍の船よりもサイズが小さく、戦艦とは対極にいる駆逐艦だった。
予算の都合で軍備を弱体化された影響だが、皮肉にもこれを選んだのは大公国の民だ。僕が当事者でなければ、ルーナの専属護衛でなければ、まるで他人事のように滅ぼされる様をどこか遠くで近所の人からの噂で聞き、そのままどうでもいいと思いながら聞き流していたかもしれない。
そんな風に考えられるくらいには自業自得と言える面もあった。
僕が守るべきはルーナだ。まずは専属護衛としての役割を果たさなければ。
どうすれば明日の攻撃を回避できるだろうか。僕は目を瞑りながら考えた。ルーナたちはアルダシール将軍と言葉を交え、すっかりと明日の攻撃に備える前提の作戦を練っているところだ。
攻撃を受けてからでは遅い。誰かが停泊している戦艦を攻めてくれれば――そうか、こっちから攻めればいいんだ。夜中は兵士たちも眠っているし、夜中に攻撃を仕掛ければ疲労困憊で明日の攻撃を中止にせざるを得ないはずだ。
「アルダシールさん、僕の提案を聞いてもらえますか?」
「提案だと。一体どんな提案なのだ?」
アルダシール将軍は僕の話を聞いてくれるようだ。
普通の将軍であれば、僕はとっくに平民ごときが作戦に口を出すなと見下されながら吐き捨てられているところだが、彼は僕らの話も聞き入れてくれる姿勢だ。
ムーン大公国には身分の差などあってないようなものだった。
僕は安心して自ら考案した末に導き出した1つの答えを提案する。
「何っ! 夜襲を仕掛けるだとっ!」
アルダシール将軍が怒鳴るように声を上げた。周囲の兵士たちもこれに振り返った。すぐにまた雑談を始めると、僕は喉の奥から勇気を振り絞った。
「はい。敵は圧倒的戦力であることもあって完全に油断しているはずです。最悪敵兵の睡眠時間を削るだけでもかなりの効果が期待できます。この圧倒的な劣勢を覆すには、もう他に方法はないかと」
「奇襲攻撃は戦争のモラルに反する行いだ。それは断じてできん」
「戦争が起こっている時点で……モラルなんて崩壊していると思いますが」
生き残って勝った者が正義、勝ち方を選んでいては勝てる戦いも勝てない。歴史は勝者が作る。勝てない者に正義はない。
いや、なかったことにされると言った方がいいだろうか。
僕が生き残ってマケマケ村の惨状を知らなければ、いつかは村ごと歴史の闇へと葬り去られることになる。それを阻止するのに手段なんて選んでいられない。
「戦いには作法というものがあるのだ。今日の敵の攻撃も、皆の者は奇襲と考えているが、厳密に言えば奇襲ではない」
「それ、どういうことですか?」
「襲撃の3日前、3日後に先鋒をそちらへ差し向けると手紙が来たのだ。だがあの手紙はブラン宰相が預かることになってな。その後で手紙のことを聞いても知らぬ存ぜぬだ」
「「「「「!」」」」」
ルーナたちが凝固する血のように固まった。
軍を差し向けるとみんなが知れば軍備増強が決定され、たちまち公約違反となってしまう。動機は恐らくそれだ。
しかし、公約を守るために民を危機に晒すのはいただけない。
「大公には言わなかったのですか?」
「もちろん言った。だが証拠がなければブランを咎められないと言われた」
「敵は内側にもいるってことね」
「……アースさんの提案の受け入れ、わたくしからもお願いします」
「ルーナ様……」
「わたくしにはお父様たちの事情についてはあまりよく知りません。ですがこのまま攻撃を受けるばかりでは滅ぼされてしまうことは確かです。わたくしは兵法に詳しくはありませんが、あの大艦隊が一斉に攻めてくれば、この島を乗っ取られることは必至であることくらい分かります」
「……」
我が儘を言う子供を見て困り果てた父親のような顔でアルダシール将軍がうつむいた。
あと数時間ほどで夜中を迎え、敵軍の兵士は完全に眠りにつく。敵は大軍だ。故に一度混乱すれば統制しにくくなるはず。敵の動きが最も鈍いところに勝機がある。かつてウルヴァラ家で訓練中のケレスが僕に教えてくれた戦場での教訓だ。
僕は将軍として成り上がっていくケレスから度々兵法を耳にしていた。
まさかその知識がケレスたちに牙を剥くとは思わなかっただろうな。
「――少し考えさせてくれ」
「時間がありません。次の日が来る前に決めてください」
「……分かった」
ルーナに早期の決断を急かされ、彼の表情からは余念がなくなった。心労で疲れきってやつれている顔はアルダシール将軍の段々と募っていく苦悩を象徴しているようだった。
準備は周到に、仕留める時は一瞬で。
どちらにせよ夜襲の準備は怠らない。僕らは戦闘訓練をせず、夜更かしをする覚悟ができたところで静かにその時を待った。迂闊に騒げば敵に気づかれかねない。敵側にも夜番はいるが、ほとんどは明日の攻撃に備え睡眠をとるはずだ。
その一瞬の隙を突く。それ以外に勝機はない。
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