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第60話「無能力者、人質を引き取る」

 ブラン宰相たちの企みに反発するように彼らに向かい風が吹いた。


 彼らは人々の支持を受けて大臣に選ばれた者たち、故に彼らでさえ人々には逆らえず、仕方なく兵士たちを下がらせた。そのピリピリとしたしかめっ面を僕に向けると、僕はそれに怯むことなく見つめ返した。


「分かった。では今回の戦闘を考慮し、アースの処分は見送ることにする」


 ブラン宰相の発表に人々は飛び上がりながら歓喜した。


 だが僕は顔色1つ変えなかった。プルートの処分がまだ残っている。今彼女を連れていかれたらもう二度と会えなくなるだろう。彼女の夢も叶わなくなる。


 僕はプルートの近くに立ち、彼女の細くしなやかな手を握った――。


 その手は冷たくひんやりとしており、彼女の心情を露骨に表しているようだった。


「あの、プルートの件ですが、彼女は保護観察処分で済ませてくれませんか?」

「そいつは我が国から情報を盗もうとしたスパイだぞ。我々が軍備増強をしていないことも敵側には筒抜けだった。こいつが外に情報を漏らした可能性が高いのだ」

「だったら何故、それが分かった時点で軍備増強をしなかったんですか?」

「そ……それは……」

「公約か何だか知りませんけど、戦争で支持者を失ったら、それこそ本末転倒だと思いますよ。情報が漏洩した時点で対策をしていれば、さっきの戦いのように奇襲を仕掛けられることもなかったんじゃないですか?」

「……」


 これにはブラン宰相も何も言い返せなかった。


 皮肉にも今日の戦いによって保守派の発言力は地に落ちた。


「大公、今回の戦いの報酬はいりません。その代わり、しばらくの間、プルートをうちで預からせていただけませんか?」


 僕はプルートの顔を見つめ、ウインクをしながら言った。


「……アースがそこまで言うならその通りにしよう。ただし、プルート皇女はあくまでも人質であることを忘れずにな。プルート皇女、あなたはしばらくの間、人質としてプラネテスの監視下に置いた上で保護観察処分とします。いいですね?」

「承知しました」


 いつも通り物怖じする様子もないままプルートが答えた。


 帝国軍の本軍が翌日攻めてくることを大公たちに伝えた。


 しかも今度は街の人々もついている。ここまできて軍備増強を拒もうものならブラン宰相もアグネス大臣も人々からの支持を失うだろう。


「時間がないな。アースの言うことが本当なら、明日までに軍を編制しなければならんな」

「大公、アースは我々を戦火へと引きずり込もうとしています」

「その通りです。今回の戦いで彼らも懲りたはずです」

「ブラン、アグネス、そなたらは民たちに何の抵抗もさせずに死なせるつもりか?」

「「!」」


 普段は温厚な大公が珍しく露わにした静かに怒りが全てを物語っていた。


 戦わずして勝利なし。それを悟った大公の賢明な判断だ。人々は国家の危機に気づいている。侵略を受けていることにようやく気づいた人々に戦わぬよう説き伏せる術を彼らは持っていなかった。


「今日の戦いで大勢の民が被害を受けたのはお前たちの過失だ。悪いがこの戦争が終わるまでは黙っていてもらおうか」

「「……」」


 僕らはプラネテスの家まで帰宅すると、そこでホッと一息ついた。保護観察処分とはいえ、プルートをこの手に取り戻せて本当によかった。


 ここにきてようやく大公国軍の軍備増強が決定した。


 だが敵の本軍が大規模な進撃を仕掛けてくるのは明日だ。


 判断があまりにも遅すぎることは誰にとっても明らかだった。


 今、カイパーベルトの向かい側にあるエッジワースに駐屯する大艦隊は大きな砲台をこちらに向けながらいつでも戦いの準備ができていると言わんばかりにその存在感を露わにしている。海岸近くの街からでもその艦首がハッキリと見えるほどだ。


 こちらが何もできないと踏んだ上での挑発であることがよく分かる。


「アース、何故私を助けてくれたんだ?」

「そうよ。プルートがここの情報を帝国に送ろうとしていたのよ」

「あれはでっち上げ。プルートが手紙を書いたところで検閲され、帝国に届く前に誰かに読まれてしまう。あなたはケレスたちに手紙を渡したと言った。ケレスたちがそれをブラン宰相に渡した確率は非常に低い。つまりあの手紙はブラン宰相たちに書かされたもの」

「書かされたぁ!?」

「全てマーキュリーの言う通りだ。奴らは私をスパイとすることで、再び帝国へ帰れないようにしようとしたわけだ」

「でも帝国側がプルートを取り戻したいとは思わないはずよ。言い方は悪いけど、あんたってそんなに重要視されてなかったんでしょ?」

「随分とハッキリ物を言うようになったな。だがその推測は外れだ。本当に見捨てる気であれば最初から本軍を用いて首都まで攻めてきたはずだ。アステロイド部隊を先鋒にしたのはケレスたちが()()()()のプロだからだ」

「「「「「!」」」」」


 一瞬、僕らの脳内に強く何かを突きつけるような一閃が走った。


 ――僕はとんでもないミスを犯してしまったかもしれない。身の毛もよだつほどの嫌な予感が僕の体を強張らせる。


 マーズの言葉で若干不機嫌になっていたプルートがいつもの表情に戻った。


「じゃあ……ケレスたちを帰したの……結構まずいんじゃない?」

「今頃は本軍を指揮している将軍たちにもバッチリ伝わっているだろうな。大公国軍が満足に戦える状態でないことが」

「「「「「……」」」」」


 僕はその場に肩を落とした。敵に情けをかけたわけじゃない。全ては敵の大将に軍を引き揚げさせる目的でケレスを逃がした。


 でももしかしたら――無意識の内に幼馴染という昔ながらのよしみで彼女を逃がしたのかもしれないと思うと、それだけで罪悪感が心の底から湧いてくる。ケレスは正直者だ。僕が言ったことを敵の大将に伝えているはずだが、相手がそれを鵜呑みにするはずがないところまで考えるべきだった。


 戦闘の間に情報を収集され、こちらの情報が全て本軍に伝わってしまったとすれば、これは由々しき事態であることをプルートが示唆している。


「アースさん、済んだことは悔やんでも仕方がありません」

「そうよ。これからどう行動するべきかを考えましょ」

「みんな……」


 そうだ……落ち込んでる場合じゃない。


 仲間たちの掛け声が僕の気持ちを奮い立たせ、再び戦い抜く意欲を与えてくれた。


 敵の戦力はこちらの10倍、故に敵は完全に油断しているはずだ。そこを突けば勝てるかもしれない。例えばこちらから攻めるのはどうだろうか。


 あの戦艦部隊さえどうにかできれば僕らにも勝機はある。その方法を考えるんだ。

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読んでいただきありがとうございます。

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