第6話「無能力者、出会った令嬢を治療する」
どうにかクエストを終えた僕らはギルドカフェで食事をとった。
サンドウィッチにカフェオレといった定番メニューセットをセルフサービスでテーブル席まで持っていき、4人が無理なく座れるテーブルの上に置かれた。
僕らは店内で他愛もない世間話で盛り上がった。国家の近況からパーティ構成の話まで話題に上がり、傍から見れば完全にガールズトークだった。
このギルドカフェは宿泊施設も兼ねている。1階が受付とカフェ用の客席、2階以降はベッドやソファーがついた個室となっている。当分はここで寝泊まりだな。
さっきまであった金貨は銀貨に両替されていた。
「これが……皆さんで稼いだお金なんですね」
「アース、これはあんたの分ね」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんよ。でもさー、金貨を手に入れたのって久しぶりよねー」
「ホントホント、金貨なんて久しぶりに見たわー」
「パーティ単位での金貨取得は1858日ぶり」
マーキュリーが無表情のまま言った。
人やモンスターの気配を感じ取れるだけじゃなくて正確な記憶までできるんだ。どんな状況になっても表情1つ変えないのが気になるけど、そこがまた可愛いところでもある。
――それにしても、僕がリーダーで本当にいいのだろうか。
「えっ、もう5年以上前じゃん。その日って何してたの?」
「その日は『ウラヌス共和国』でワタシを含む10人でパーティを組んで、ユニコーンの討伐を行った。当時のレートでは1匹の討伐で1000ステラの価値。パーティはユニコーンを3匹討伐した」
マーキュリーが淡々と質問に答えた。
ユニコーンは闇の魔力をまとった馬型モンスターの一種だ。デンジャーモンスターに指定されており、縄張りの近くにいる人や家畜用のファームモンスターを襲うことで知られ、立派な討伐対象だ。
ネプチューン王国とプルート帝国の国境だった山脈を根城にしていたことから、国境の番人とも呼ばれている。
戦闘力もかなり高いと聞いたことがあるけど、それを3匹も倒すなんて……。
「じゃあ報酬を10人で割って、1人300ステラもゲットしたってこと?」
「その通り。1人金貨3枚」
「羨ましいなぁ~。あたしはもう8年近くもお目にかかれなかったのにー」
「私だってそれくらいずっと貧乏生活だったわ」
「でもさー、ユニコーン討伐の報酬にしてはちょっと安すぎない?」
「当時はユニコーン討伐のクエストがどこのギルドでも溢れかえっていて、判明しているものだけでも100を超えるユニコーンが討伐されていた時期」
「「「へぇ~」」」
僕、マーズ、ヴィーナスが同時に感心しながら頷いた。
みんな本当に貧困と戦いながら苦労してきたんだな。その頃の僕はケレスお嬢様に散々こき使われていたなー。ユニコーン討伐を知ったのもその頃だ。
プルート帝国はネプチューン王国やウラヌス共和国といった近隣諸国と仲が悪く、何か大義名分を得ては帝国領を攻撃されていた。この国境各地で起こったユニコーン討伐の後から本格的に帝国領が攻略され始めた。
「誰かっ! 誰かお助けくだされー!」
いきなりギルドカフェの外から男性の不穏な叫び声が聞こえた。何やらただごとではない様子だ。店内を含めた周囲がさっきから騒めいている。
「えっ、一体何があったの?」
「ちょっと様子を見てきます」
僕が率先して外の様子を見に行った。マーズたちは窓越しに後ろから見守っている。
外では白いロングヘアーに小柄で僕より年下くらいのとても綺麗な女性が倒れていた。豪華なピンク色のドレスを着ており、刃物が刺されたと思われる腹部からは血が噴き出していた。その近くでは他国の兵士と思われる男たちが何人も血塗れのまま倒れている。
執事らしき男性が傷口を塞ごうと女性の腹部を両手で必死に押さえている。
「大丈夫ですか?」
「一大事です。どうかポーションを使わせていただけませんか?」
「あー、持ってません。」
「ええっ! し……しかし、今ポーションを買いに行っても間に合いませんぞ」
「大丈夫です。すぐに回復しますから」
「回復ですと?」
執事らしき男性がその場から少し離れた。
僕は女性の近くに駆け寄ってその体を抱きかかえた。
「はぁはぁ……あ、あなたは?」
「僕はアース・ガイアです。治療するので落ち着いてください」
「アース……さん」
大勢の人々が見守る中で右手をかざし、【回復】と強く願った。
青い光が女性の体を包み込むと、刺された箇所の傷が塞がっていき、女性が体力を回復すると同時にその薄黄色の目を大きく見開いた。
女性を含むその場にいた全員が関心の目で僕を見ている。
はぁ~、どうにか助かってよかったぁ~。
気がつけば、僕は女性に手を握られていた。
「アースさん、ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
「大したことはしていません。当たり前のことをしただけです」
「……素敵なお方」
「えっ……」
女性がまるで恋する乙女のように頬を赤く染め、少し大きな目をキラキラと輝かせながら僕に抱きついてくる。
人を落ち着かせるような花の香り――ケレスお嬢様が使っていたかなり高い香水とよく似ている香りだ。
この煌びやかな衣装、これは相当身分の高い人に違いない。小柄の割に大きく張りがある胸が服の中で窮屈そうにしている。腰回りはとてもスレンダーでくびれがあり、思わず目を引いてしまう。
「初めまして。わたくしはルーナ・テイア・オルフェウスと申します」
「……貴族の方ですか?」
「はい。この度は命を助けていただき、誠に感謝しております。何かお礼をさせてください」
「いえいえ、お気遣いなく」
僕がルーナ様から感謝の言葉と共にお辞儀をされている時だった。
「おい、見たか?」
「ああ。あいつ回復魔法使ってたよな?」
「間違いねえ。世界初の『回復術師』だ」
「すげえよ! 俺たち歴史的瞬間に立ち会ったんだ!」
僕を囲むように現場を見守っていた人々が大騒ぎし始めた。
しまった。そういや、回復魔法って僕以外の人は使えないんだった。
架空の存在とされてきた回復術師が現実のものとなった今、その存在の珍しさもあり、人々の僕に対する目が一気に変わった。厳密に言えば僕の力ではなく、全てガイアソラスの力なんだけどね。
僕自身は無能力者だが、この様子だと説明をしても信じてはくれないだろう。
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