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第59話「無能力者、人々に守られる」

 ブラン宰相とアグネス大臣はプルートを本気で捕まえる気だ。


 また捕まれば激しい拷問を受け、牢屋の中にいた時のような痛々しい血が流れる。プルート帝国への憎悪が高まっている彼らにとって彼女は格好の獲物でしかなかった。


 もちろん、僕らはプルートがハデス皇帝のような人格でないことを知っている。守りたい。ただひたすらにそう思った。その想いだけが僕の体を動かした。立場上は敵かもしれないが、プルートも僕らの大切な仲間だ。それだけは断固として譲れなかった。


「匿っていたって――どういうことか説明してもらえるかしら?」

「プルート、話してもいいか?」

「ああ、構わない。今さら隠す必要もないだろう」


 僕はプルートにまつわる事情を説明した上で彼女も味方になってくれていることを話した。


 プルートは後継者争いから逃げたかった。そして閉ざされた窮屈な帝国からも。


 彼女とてこの一連の戦争の犠牲者にすぎない。口にこそ出さなかったが、プルートは皇女としてではなく、1人の女性として平和に生きたいことが手に取るように分かった。僕はそんな彼女を救いたかった。皇族としての宿命から、そして彼女自身の心を蝕んでいる呪縛から。


「プルートは皇帝の方針に懐疑的です。それに結婚という目的も果たされないまま女性であることがばれるという禁忌を犯したために国へ帰れないのです。どうか彼女の面倒を見させてください」

「駄目よ。彼女はプルート帝国側の人間なのよ」

「彼女には何の罪もありません。人質にするにしても、もっと人道的に扱われるべきです」

「プルート皇女がここの情報を敵側に伝えていたことは知ってる?」

「えっ……どういうことですか?」


 アグネス大臣の強烈な指摘を受け、背中に嫌な汗が流れた。


「プルート……そんなことしてないよね?」


 後ろを振り向きながら彼女の両肩を掴み揺さぶって尋ねた。


 皮肉にもさっきまでのケレスと重なる言動だった。ずっと一緒にいたからなのか、こういう癖まで共有する形となっていた。焦るケレスの気持ちが分かってしまうと同時にプルートの不穏な目の逸らし方を見て嫌な予感が脳裏をよぎった。


「……」

「そんな……嘘だよね? 何とか言ってよ。ねえ、ねえってばっ!」

「……済まない」

「!」


 時が止まったように僕は絶句した。アグネスがゆっくりとこちらに歩み寄ってくると、1枚の手紙が僕らの前で開けられた。


 その手紙にはプルートの筆跡で帝国宛の文章がしっかりと書かれていた。


「父上、私は無事です。ムーン大公国にいる回復術師に保護されています。どうやら私を人質にするようです。私は回復術師と協力してムーン大公国を乗っ取る計画です。この国が我らの手に落ちるのも時間の問題でしょう……これはプルート皇女の字で書かれたもの。動かぬ証拠よ」

「違うっ! それはお前が私にそう書けと言ったから書いたものだっ! アースが国を乗っ取ろうと思えば簡単にできるだろうが、今この状況を見れば分かるはずだ」


 プルートが必死の弁解をする。あれは間違いなく書かされたものだ。


 僕が大公官邸で軍備増強の必要性を訴えていたことは周知の事実だ。これに反対するブラン宰相もアグネス大臣も少なからず僕を疎ましく思っている様子だった。


 やられた。これはブラン宰相たちが仕掛けた罠だ。


 僕はブラン宰相とアグネス大臣を睨みつけた。


 戦争は起こらないと言いながら、きっちりと戦争が起こった時の手を打っていたんだ。僕が逮捕されれば大公もアルダシール将軍も簡単には動けなくなる。戦争しないのが公約である以上、国がどうなろうと徹底的に戦わないつもりか。


 周囲の人々は僕らの会話を証人のように固唾を飲んで見守っている。


「言い訳も甚だしいわね。証拠がある以上、あなたとアースを逮捕しないわけにはいかないわ。それにこんなにも多くの敵兵を殺すのは軍事的行為よ」

「ちょっと待ってください。プルートはともかくとして、アースがそんな恐ろしいことを企むはずがありません。それにアースはここにいる人々を助けるために戦っていたんですよ」


 マーズが咄嗟に反論を展開する。他の仲間たちもマーズと同意見だ。


「だったら何故……プルート皇女を匿ったのだ?」

「それはさっき説明した通りです。彼女は帝国を見限ったんです」

「お前たちががここを乗っ取るためのスパイであることは明白だ。何をしている。アースとプルート皇女を逮捕しろ。プラネテスのメンバーたちにも事情聴取につき合ってもらうぞ」

「何よそれ、まるで犯罪者扱いじゃない」


 兵士たちがしぶしぶとした困り顔で僕らを捕まえようとする。


 すると、1人の男が僕の前に背を向けて立ち塞がった。


 その背中はプルプルと怖気が走るように震えていた。権力に立ち向かうことがそれほどまでに恐ろしく見える。だが彼は己の中にある恐怖を支配し、僕のために勇気を振り絞ってくれている。


「どうしてもアースを逮捕するっていうなら、俺を倒してからやれ」

「私も彼に同感よ。逮捕するなら私を倒してからにしなさい」

「だったら俺もそうさせてもらうぜ。アースはカイパーベルトを救ってくれた英雄だぞ。その英雄を逮捕するなんて冗談じゃねえ! 今すぐ撤回しやがれ!」

「そうだそうだ! アースの敵は俺たちの敵だ!」

「「「「「そうだそうだー!」」」」」


 街の人々が最初の1人に連なって僕を取り囲む壁の如く立ち塞がり、一斉にブラン宰相たちに向かって熱烈に反感をぶつけた。


 ブーイングの嵐と人々の壁が僕を包み込むように守ってくれている。


 プラネテスの戦いぶり、そしてこの街を守りたいという僕らの想いが街の人々にしっかりと伝わっていたのだ。


 これにはブラン宰相もアグネス大臣もタジタジな様子だ。大公国軍の兵士たちもさすがに自国民には手が出せないのか動きを止め、獲物に逃げられた狩人のように顔が青ざめている。


「みんな……」


 思わず左手で口を塞ぎ、目から涙がこぼれ落ちた。


 一歩間違えばどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない。でも彼らはそんなことも構わず僕を守ろうと一心不乱に団結してくれているこの光景には、どうしても心の激動を抑えきれなかった。


 溢れ出る涙が左手人差し指を伝う。目の前が雨に濡れた窓のようにかすみながらも僕は街の人々の勇姿を見続けた。


 ルーナはそんな僕に寄り添い、共感するように目から涙を流した。

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