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第58話「無能力者、迷いを断ち切る」

 帝国軍の奇襲によって一度壊滅したカイパーベルトの街は一瞬にして修復された。


 これにより大公国軍は十分な迎撃準備が可能となり、ケレス率いるアステロイド部隊のクレセン島攻略作戦は画餅に帰した。


 先鋒の役割は敵を撹乱し、あわよくば敵を半壊させて本軍の進撃を補助することだ。だがその先鋒の兵士たちがほぼ全滅した上に壊滅させた街まで何事もなかったかのように修復されては目も当てられず、事実上損害を出しただけのケレスたちは帰ろうにも足が動かなかった。


 大公のためにわざわざ持ってきた無条件降伏の書状も、彼女たちにとっては地獄への片道切符にしか見えていなかった。


「アース、私を殺してこの首を大公に届けなさい。せめてあんたのその剣で――伝説の魔剣で戦場に散るなら本望よ」

「……ケレス、悪いけどそれは無理だ」

「えっ……」


 僕は彼女の召使いだった時から来ていた服を脱ぐと、それを空高く放り投げた。


 そして――。


「「「「「!」」」」」


 プラネテスのメンバー全員の目の前で、そしてケレスの目の前で、その服を目にも留まらぬ速さで切り刻み、長い間使ってきた召使い用の服はただの布切れと化した。


「アースさん……」

「僕はもう迷わない。ケレス、僕は君と組む気はない」

「どうしてよっ!? 私たちは幼馴染でしょ!?」

「だったら何故僕を追放したの?」

「それは……皇帝陛下の命で」

「君も皇帝も体裁を気にしてばかりで人を侮りすぎた。この結果はその報いだよ」

「プルート帝国は将軍だった私の家にあんたいたことがきっかけで財政に余裕がないと見なされたのよ。それで他国からの侵攻を受けた。だからこれ以上の侵攻を防ぐためには仕方なかったのよ。でも今ならアースを受け入れる用意ができているわ」

「そんな都合のいい誘いが通るとでも思ってるんですか?」


 半ば呆れ顔でルーナがケレスに歩み寄りながら尋ねた。


「何よあんた、大公令嬢だからって生意気よ」

「あなたは幼馴染という名目で自分を押しつけているだけ。あなたからはアースさんへの想いが全く感じられません。力で人の心は支配することはできません。だから私たちの国は信仰の自由を認め、共に認め合い、協力し合える国作りをしているのです」

「私たちの国にそんな余裕はないわ」

「そうでしょうね。昔はあなた方が侵略を行う側でしたから。それなのに何故侵略をやめないのかが理解できません。あなたは今までの出撃で何をしてきたのですか? ただ領土を乗っ取って支配するだけの悪の手先のような行いをすることが騎士の務めですか?」

「黙りなさい。これ以上私を愚弄すると怒るわよ!」


 ボロボロになりながらもその誇りだけは失っていないケレスが小さくも力強い声で威嚇する。騎士は名誉を重んじる。その騎士が率いた部隊が壊滅し、敵には何の損害も与えられていないとなれば、騎士としての名に泥を塗る形となる。


 ケレスは死に場所を求めている。僕にはそんな気がした。


 彼女には帝国軍に戻らせてこちら側の要求を伝えさせたい。


「ルーナ、もういい」

「はい、申し訳ありません」


 ルーナが僕の後ろまで下がり、そして再びケレスを睨みつけた。


 幼馴染で憧れだったからといって再び彼女の仲間になる必要もなければ遠慮する必要もない。ルーナはそれを僕に教えてくれた。


「ケレス、僕はもう君の召使いじゃない。君が僕を手放した時点で僕は自由の身だ」

「そう言いながらこの女に対しては随分と隷属的ね。本質的なところは何も変わってないわ。あなたは誰かに仕えて奉仕することを何よりの喜びとしてきた」

「そうだよ。だから僕は自分に最も相応しい主を選んだ」

「……後悔するわよ」

「上等だよ」


 そう言って僕は後ろを振り返った。それに倣ってルーナたちも立ち去った。


 騎士は誇り高き存在。後ろを向いている敵に攻撃は仕掛けられない。特にケレスほどの誇り高き存在であればなおさらだ。


 ケレスたちもまた、しぶしぶと帝国軍の本軍がある海へと撤退していく。その寂しそうな後ろ姿からは敗軍の将としての哀愁が漂っていた。彼女は軍にいながら1人だった。


 かつてケレスが参加した戦いで彼女が負けたという話は聞いたことがなかった。今日という日が訪れるまでは――。


「お前たち、大丈夫かっ!?」


 僕らがカイパーベルトの人々から感謝をされている時だった。


 武装した大公たちがようやくカイパーベルトの街を訪れた。ブラン宰相、アルダシール将軍、アグネス大臣までもが馬に乗ってこちらへと向かってくる。その後に続くように大公国軍の兵士たちが一糸乱れぬ歩みで足を止めた。


 軍備増強が十分でなかったことや話し合いが長引いてしまったことで出撃が遅れた。大公たちがカイパーベルトに到着したのはアステロイド部隊が撤退してから数時間後のことだった。


 街は無傷の状態にこそ戻っているが、本来であれば壊滅的な打撃を許しているところだった。これは行きすぎた平和主義が招いた結果とも言える。勝者はどこにもいなかった。


「はい、お父様。御覧の通りです。アースさんたちがまた活躍してくれました」

「そうだったか。さすがはアースだ。よくやってくれた」

「いえ、今回の戦いの1番の功労者はジュピターです」

「ほう。建築家になったかと思えば、また冒険者に戻っていたか」

「……」


 ジュピターがブラン宰相の冷たい言葉に引け目を感じている。


 2人の間には何かしらの因縁がありそうだ。気になるところではあるが、とても割って入れるような雰囲気じゃない。


「あなた、どうしてここにいるの?」

「ばれてしまったか」


 アグネス大臣がプルートの存在に気づいた。ブラン宰相たちもプルートの方を向くと、まるで獲物を見つけたかのような顔で剣を構え、いつでも刺せるぞと言わんばかりの剣幕で彼女に近づいた。


 それを阻むように僕はアグネス大臣に立ち塞がった。


「そこをどきなさい。さもないと公務執行妨害で逮捕するわよ」

「プルートに危害を加えるというなら、僕を倒してからにしてください」

「あなた、自分が何を言っているか分かってるのっ!?」

「もちろんです。僕がプルートを匿っていましたから」

「「「「「!」」」」」


 プルートは僕を信頼してここまでついてきてくれた。


 僕は彼女を信じている。今度は僕が彼女への信頼を示す番だ。

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