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第57話「無能力者、幼馴染を突っぱねる」

 幼馴染であるケレスの誘いに僕の心は揺れていた。


 みんな僕の動向を固唾を飲んで見守っている。僕には幼き頃より大きな夢があった。それは夢のまま終わると誰もが思う夢でもあった。


 それはケレスと結婚し、一国一城の主となること。それは無能力者ながらに思い描いていた無謀な夢であった。だがガイアソラスの力を得た今、それが現実に叶うところまできたのだ。欲しいものが目の前にある。行きすぎた平和主義のせいで自国を守ることさえできないこの国のために力を尽くす意味があるのだろうか。


 ケレスと一緒に夢を追う方がずっと現実的かもしれない。


 それにこれ以上攻めてこられるのも困るし、敵の侵攻を防げるのであれば、この条件を飲むことも決して悪くないかもしれない。


「領主とは言っても僕は平民だよ。領主は貴族しかなれない」

「皇帝陛下に頼んであんたを貴族に昇格させてあげるわ。明日以降の攻撃も中止してあげる。だからお願い、私たちを回復して、私と一緒にこの島を乗っ取りましょ。私と結婚して一国一城の主になりたかったんでしょ。私はずっと覚えていたわ。あの時は笑っちゃったけど、今のあなたならそれができるわ。ガイアソラスの力を得たあなたならできる」

「……そうかもしれないね」


 僕の欲求をくすぐってくるケレスがニヤリと笑みを浮かべた。


「駄目ですっ!」


 ルーナの叫び声が聞こえた。その瞬間、僕はハッと我に返った。


「何よあんた、緊急事態に何もできなかった大公の娘に彼を止める資格があるの?」

「し、資格と言われましても」

「アースたちがここに来たのも大公が無能なせいでしょ。明日はそこにいるあんたでも止められないくらいの大艦隊がこの島を一斉に襲うわ。そうなればここだけじゃない。首都エクリプスもたちまち火の海になるでしょうね。国家の危機に立ち上がれないあんたに存在価値なんてないわ」

「そんなことないっ!」

「「「「「!」」」」」


 反論の狼煙のように叫び、僕はケレスの顔を睨みつけた。


「ルーナは君のように能力だけで相手の全てを決めつけるようなことはしなかった。ちゃんと僕を1人の人間として見てくれた。でも君が見ているのはガイアソラスの力を得た誰かであって……僕じゃない。君は僕が力を失っても、ずっと僕のそばに居続けてくれるの?」

「……そ、それは」


 ケレスは僕から目を背け、嫌な汗が彼女の頬を伝い、自分の本当の気持ちに蓋をしようとする。


 ケレスの本音はこの時点で全て見通した。無能力者としての僕はいつもぞんざいに扱われていた。だがルーナはガイアソラスにではなく、真っ直ぐと僕の目を見つめてくれたことはよく覚えている。最初に会ったあの日からずっと――。


 僕がガイアソラスの力を使いルーナを回復した時には心からの感謝の言葉を述べる一方で回復が使えることを褒めることはなかった。それは僕の能力ではなく、あくまでもガイアソラスの力であることを知っていたからだ。


「ルーナはどう?」

「わたくしはずっとアースさんのそばにいます。この命尽きるまでずっと」

「「「「「……」」」」」


 ここにいる全員がぽかーんとした顔でルーナを見つめている。


 えっ……これってもしかして……こっ、告白っ!?


 思わず顔を赤らめてしまった。僕より少し遅れてルーナが自分の言っていることをようやく認識したかのように顔を赤らめてしまった。だが僕はそれ以上にケレスから本当の意味で愛されてなどいなかったことに幻滅すら覚えた。


 両腕の握り拳をほどき、僕の両肩を掴んでいるケレスの振り払った。


「あっ、いやっ、そのっ……わたくしはただ、アースさんを大切に思っているだけでして、無理に一緒になってほしいというわけでは――」

「ルーナ……ありがとう」

「……アースさん」


 少しばかり気持ちが和らいだ。それを表すようにこれ以上手の平を隠すことはしなくなった。いつもの僕であればまた握り拳をプルプルと震わせながら泣いていたことが容易に想像できる。


 彼女は公正に僕を評価してくれている。僕にはそれがとても嬉しくてたまらなかった。この歳にもなって初めて認められるなんて、本当に情けないよ。こんなことで喜ぶ自分が……僕はまだ、本当の意味で大人になりきれていないのだと思い知らされた。


 そして目の前の悔しさを受け流す術さえ持っていないことも。


「嘘でも見捨てないって言ってほしかった」

「……アース」

「君が見ているのは僕じゃないってことはよく分かった。さっさと帰ってくれ。軍にも引き上げるように伝えてほしい」

「……そうか。それは残念だ。このカイパーベルトの街は既に壊滅している。この状態で我々の本軍がここへ攻め込めば、もはや迎撃すらままならないだろう。ポーション工場も潰した。この街が1日で元の状態にでも修復しない限り、形勢を立て直すのは不可能だ」

「分かった。じゃあ1日と言わず一瞬で直してみせるよ」

「一瞬だと?」


 ケレスの顔に嫌な予感がよぎった。僕は右肘から先をガイアソラスへと変え、その刃先を天に掲げ精一杯の祈りを捧げた。


 すると、ガイアソラスが青白く輝き、その光がカイパーベルトの街へと拡散していく。


 先ほどまで燃やし尽くされ崩壊していた建物が、まるで時間が巻き戻されるように段々と元の状態へと戻っていき、潰れていた骨組みや階段が嘘のように被害が発生する前まで修復された。戦争の爪痕さえ跡形もなく消えた。


 その光景を不思議そうに見つめていた街の人々が戻ってくると、真っ先に僕の姿を見て称賛の拍手と歓声を送った。


「――そっ、そんな馬鹿なっ! 街が全て元通りに修復されたですってぇ!」

「ねえ、これって【修復(リペーア)】なの?」

「そう。アースは回復魔法をガイアソラスの魔力で増幅させ、それを街中に拡散させた。それが壊れていた建物に次々と作用し、結果的に全ての建物が修復された」

「あれっ、そういえばさっき兵士との戦闘で受けた傷も治ってるわ!」

「あたしもよ。さっきまでダメージを受けていたのに」

「アースは同時に【回復(ヒール)】の魔力も拡散させた。それでワタシたちや街中の人々の傷が全て回復した」

「同時に複数の魔法の魔力を拡散させるなんて凄いじゃない。じゃあ何でケレスたちの傷は回復していないの?」

「アースが拒んだから。彼は回復の範囲さえ自らの強い想いだけで容易に操作できるようになっている。これはアースがあなたの提案を受け入れなかった証拠」

「……ぐうぅ」


 マーキュリーの淡々とした正確な説明はケレスに致命的な打撃を与えた。ケレスがワナワナと体を震わせ、人目を憚らずに歯を食いしばり悔しさを露呈する。


 ガックリと肩を落とし、自らの敗北を悟った彼女からは戦意が抜け落ちていた。

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