第55話「無能力者、幼馴染に奇襲される」
カイパーベルトまで転移すると、そこでは帝国軍による攻撃が行われている真っ最中だった。
戦火の炎が街を巻き込み、建物の所々から煙が上っている。この光景、前にもどこかで――。
「「「「「うわあああああっ!」」」」」
人々の不穏な叫び声が聞こえた。帝国軍の軍勢は思ったよりも少なかったが、こちらの軍備増強が十分に整っていなかったために損害が大きかった。
先鋒にアステロイド部隊の5人を発見した。カイパーベルトの街を襲っていたのは奇しくもケレスたちだった。
立派な将軍だと思っていたのに――こんなことをしていたなんて。
真っ先に許せないという気持ちが脳裏をよぎった。
「みんなは街の人を避難させて。ここは僕が何とかする」
「分かったわ」
「わたくしは残ります。一緒に戦わせてください」
「ルーナ」
「ここはわたくしたちの故郷です。わたくしも大公令嬢としてここを守る義務があります。この命に代えても」
「……分かった」
ルーナとプルートを残し、僕は帝国軍の兵士たちに飛びかかった。
右肘から先がガイアソラスに変わっていくと、その鋭い切れ味のまま兵士たちを次々とその刃で切り倒していく。
周囲には兵士たちの夥しく赤く染まった血で塗れており、兵士たちはバタバタと力尽きるように倒れていく。胴体や手足を切断されてのたうち回る者が後を絶たないが、僕はそれに怯むことなく目の前の敵を切り続けた。戦うことにはもう慣れた。
「【大地斬】」
帝国軍の兵士たちを一斉に倒そうとガイアソラスを縦に振り、地面ごと兵士たちを思いっきり叩き割った。叩き割られた地面が魔力による爆発を起こし、その爆発音と共に兵士たちが一掃された。
これにはさすがの帝国軍兵士たちも舌を巻いた。
僕が彼らを睨みつけると、兵士の1人が反射的に一歩引き、そこから一斉に崩れるように退却していった。だが街の建物の多くが酷く焼け崩れていてとても見ていられない。
「アースさん」
「ルーナ、怪我はない?」
「はい。それよりも皆さんが心配です」
「おやおや、戦場でカップルとは熱いねぇ~」
いきなり軽口を叩いてきたのはアポフィスだった。
声が聞こえる方向へ向くと、そこにはアステロイド部隊の5人が勢揃いだ。ケレス、エリス、ヴェスタ、ジュノー、アポフィスの5人が少しばかり高い場所から僕らを見下ろすように佇んでいる。直接会うのは久しぶりだが、僕にはついさっきのように感じている。
ルーナは反射的に恐怖を感じたのか、武器を持ったまま僕のすぐ後ろに避難している。
そして入れ替わるようにプルートが僕の隣に並んだ。
「どうしてこんなことを」
「どうして? それはむしろ私の台詞よ。あんたがプルート皇子を誑かしたせいで私たちは皇子まで連れ戻さなきゃいけなくなったのよ。今日ここへ来たのは、そこにいる裏切り者の皇子を取り返すためよ。さあ、皇子をこちらへ渡しなさい。そうすれば引き上げてやってもいいわ」
僕への嘲笑を隠せないままケレスがこちらへと手を伸ばした。
そうか、ハデス皇帝はプルートの裏切りに気づいた。だから帝国軍の侵攻予定を早めたんだ。本格的に攻め込む前にプルートを取り戻してから一気に首都まで攻め込み、ここを火の海にする気だ。
でも待てよ。プルートを裏切り者と知っているならどうして彼女を保護するんだ?
世継ぎでもない子供を切り捨てずに軍の予定を早めてまでプルートを取り戻したことは分かった。それほど重要ではないからプルートをここへ送り込んできたんじゃなかったのか?
「ケレス、私は皇子ではなく皇女だ。よく覚えておけ」
「「「「「!」」」」」
プルートがそう言いながら髪が短く見えるようにまとめていた髪留めを外し、本来のサラサラとしたオーロラのようなロングヘアーが露わとなった。
「なっ――女!? どういうことなのっ!?」
「ケレス、皇帝陛下に皇子はいない。全員皇女なんだよ」
「嘘よ。そんなのあり得ない。だって男子しか後を継げないのよ」
「だから私たちは男のふりをして過ごしていた。ずっと自分を偽って……ずっと周囲さえも騙し続けて生きてきた。だがもうあんな生活はうんざりだ。私はプルート・ディス・パテル。ハデス皇帝の三女だ。悪いが戻る気はない。さっさと帰れ。お前たちは招かれざる客だ」
「……」
ケレスが呆れながら僕らをあからさまに見下ろし、うるさかったその口を閉じた。
すると、彼女の髪がそっとなでられるようなそよ風が吹くと、さっきまで慌てていたその表情は消え、冷酷さだけが残ったように不敵な笑みを浮かべた。
「――ここにいる皇女は偽物よ。本物のプルート皇子は殺された。ここにいる全員を始末するわ」
「おいおい、ホントにいいのか?」
「いいんだ。目的が果たされなくなった今、プルート皇子は死んだものと見なすしかない」
ジュノーがケレスの方をチラ見しながらもしっかりとその方向に顔を向けられずにいる。
味方さえ恐れさせるケレスの冷たい視線を僕は親の顔よりもたくさん見てきた。戦場で鍛え抜かれたその冷徹さと判断の速さはいざ敵にしてみると心がヒヤッと震えるほど恐ろしいものがある。
「じゃあそこ可愛い子は私が相手するわ」
ヴェスタが高らかに宣言しながら僕に槍を向けた。
「いや、アースは私が倒す。お前たちは偽物と大公令嬢を殺せ」
「ルーナに手出しはさせない。やるなら僕をやれ」
「あんた状況を分かって言ってんの? ここにいる者たちはあんたと大公令嬢と偽物を除けば避難に回った者と戦闘不能な者だけなのよ。恨むなら自分の無力さを恨むのね!」
ケレスが勢いよく僕に向かって飛びかかってきた。
ガイアソラスを盾にしてケレスと剣と剣の鳴らし合いが続いた。しかし、そのせいでルーナとプルートから離れてしまった。アポフィスがルーナがいる方へと走った。
しまった。これが狙いかっ!
同時にアポフィスがルーナに向かって巨大な炎の剣を作り振り下ろしてくる。
「ひゃはははははっ! くたばれええええっ!」
「きゃあああああっ!」
「ルーナっ!」
巨大な炎の剣がルーナに当たる直前、電撃を帯びた暴風と電撃の壁に阻まれ炎の件を弾いた。ルーナは暴風の壁で髪が激しくなびいていたが、辛うじて攻撃から身を守られたのだ。
「何っ!」
ルーナの前に1人の女性が箒を持ったまま、ケレスたちを睨みつけながら佇んでいる。
「全く……か弱い女の子に手を出すなんて。サイテーな男ね」
「ジュピター。それにみんなも」
「お待たせ。避難にちょっと時間かかっちゃった」
街の人々を避難させていたマーズたちが戻ってきた。ずっと内に秘めていた闘争心をむき出しにした面構えで。
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