第54話「無能力者、迎撃に備える」
5日後――。
軍備増強もできないまま時間だけが過ぎた。
敵はこちらの前で準備を進めいつでも出撃ができることを見せつけてくる。なのにこちらはパーティの訓練以外は何もできない。これほど無力なことがあろうか。
帝国軍が挑発するように駐屯しているエッジワースからオールト海峡を隔てたカイパーベルトまでの距離はそこまで遠くない。
その気になればいつでも突撃してこれる距離だ。微塵も油断はできない。皇帝の言葉が全て真実でないとすれば、こちらが得た情報がフェイクの可能性もある。
「ジュピター、そっちはどう?」
「何とか一部のパーティの協力は得たけど、全然数が足りないわ」
「こっちも駄目。みんな平和が大事だとか言って全然集まってくれなかった」
「あたしもよ」
「ワタシも同じ」
「集まったのはこれだけか」
僕らは目線を同じくして集まって作業を行っている者たちを眺めた。
背中に寒気が走った。あれだけの大艦隊がこれから攻めてくるというのに、僕らが集めた人数は100人足らずで、これじゃ戦いにすらならない。
ルーナが全ての都市にあるギルドカフェにクエストを張り出してくれた。
内容は海岸沿いに魔法防壁や魔法結界などを設置して少しでも敵の侵攻を遅らせることだ。これなら大砲が飛んできてもしばらくは耐えられる。クレセン島全体を覆うくらいのドーム状のバリアがどうにか完成した。
その後も島の防衛のために人を集めてはいたが、これでは心許ない。
「なあ、あの艦隊が攻めてくるって聞いたけど、ホントにくんのか?」
作業員となっている他のパーティの一員が僕に尋ねた。
彼らは魔力を使い、船の上陸がしにくいように土や岩を次々と海岸沿いに固めている。
あくまでも上陸を防ぐのではなく、上陸を遅らせることしかできない。魔法兵器を設置すれば軍備増強と見なされてお咎めを受けるからだ。
「絶対に来ないとも言い切れません。備えておくに越したことはないですよ」
「大臣たちは脅しで居座ってるだけだって言ってたけど」
「仮にそうだとしても、オールト海峡で両軍の船が衝突したのは確かです」
そう説明すると、別の方向から他のパーティの者たちがこちらに近づいてくる。
「ねえ、クエストの報酬まだもらってないんだけどー」
「そうよそうよ。さっさと払いなさいよー」
一斉に報酬の滞りを訴え始めた。僕らがギルドカフェに依頼料を支払い、その何割かが報酬としてクエストを受けた者たちに支払われる。報酬の割合はクエストにもよるが、依頼料を継続的に支払えない場合、クエストを達成しても報酬が支払われない場合があるのだ。
長期にわたるクエストの場合、依頼料を継続的に支払う必要がある。
それができないと判断された場合はギルドカフェからペナルティを課せられた上で法的処置を取られる場合があるため、僕らは一刻も早く依頼料を支払う必要があった。
「お、落ち着いてください。報酬は必ずお支払いしますから」
作業を手伝ってくれた人々からは不平不満が噴出していた。
クエストは全てルーナの独断で行われたものだ。最初こそ大公に懇願したが、軍備増強にあたるとして資金援助さえ拒まれた。プラネテスが今までに受け取った報酬は人件費や材料費などに溶けるように消えていき、支払いの滞りが出始めたのだ。
彼らを宥めていた僕とは対照的にルーナは手が震え、今にもこの場から逃げだしそうなほど恐怖に苛まれていた。自らの行動がプラネテスに多大な損害を与えてしまったことを彼女は悔いた。
「申し訳ありません。わたくしが勝手に動いたばっかりに」
「いや、よくやってくれたよ。ありがとう」
「……!」
僕はルーナに背中からそっと優しく抱きつき、彼女の温度を感じながら礼を言った。
大公令嬢だというのに、ここ最近は身だしなみにも気を遣わずに作業に徹してくれた。髪は少しばかり乱れており、顔から出た汗を拭くことさえ忘れている。
「【回復】」
周囲にいた人々全員を回復魔法によって全快させた。
みんな作業に次ぐ作業でヘトヘトになっていたため、これくらいはさせてもらおうと精一杯の支援をさせてもらった。回復魔法によって疲れが飛ぶように取れていった人々はさっきまでの苛立ちも奇麗さっぱりと消え、気分爽快となっていた。
「あれっ、さっきまでの疲れがふっとんだ」
「あんた凄いねー。さすがは回復術師ね」
「ああ、噂通りだ。マジですげえよな」
「ポーションを買いに行くか迷ってたけど、おかげで助かったよ」
「いえいえ、これくらいしかできることがなくて申し訳ないです」
腰は低く、志は高く。召使いは辞めても召使いとしての基本を忘れることはなかった。
海岸沿いにバリアを設置する作業をしてくれた人たちを次々と回復していき、少しでも不平不満を減らそうと尽力した。
これを見たルーナたちは再びクエストへの招集活動を始めてくれた。
僕の代わりに街の人々に呼び掛けてくれるあの光景は、僕の胸の内に温かい何かを感じさせた。
「プラネテスがここまで1つになるとは、やはりお前はただ者ではないな」
帰宅してから留守を預かっていたプルートに外での出来事を土産話として報告した。
「プルートのお陰だよ。僕の背中を押してくれてありがとう」
「大したことではない。仮にも父上の相手をするのだろう。その敵が腰抜けばかりでは張り合いがないと思っただけだ」
その頬は少しばかり赤く染まっていた。
一瞬だけ頬を緩ませたかと思えば、すぐに何事もなかったかのようにいつもの冷徹な顔へと戻ったがそれを見逃す僕ではなかった。
プルートって――結構可愛いとこあるんだな。
長い髪をクルクルと指で回しながら誤魔化そうとする。こういうところがもう一段と可愛い。彼女にもうちのパーティに入ってほしい。そんな想いを僕は持つようになっていた。
相手は敵側の皇族、そんな願いが叶うはずもない。
でも……彼女との可能性を諦めたくない自分がいる。彼女はこのパーティに必要な存在だと僕の本能が耳元で囁いている。
そんなことを考えている時だった――。
「「「「「!」」」」」
突然、外から耳を刺すような爆発音が聞こえた。
全員で一斉に外へ出てみれば、帝国軍戦艦の1隻がバリアを強引に突破してきたのだ。
しかも戦艦からは兵士たちがぞろぞろと現れ、少し遠くの海岸めがけてジャンプし、勢いよく海を飛び越えてきた。
「そんな……」
これ以上言葉は出なかった。目的地へと向かうべく、転移のための魔法陣を作った。仲間たちがその後に続いて魔法陣に入ると、プルートまでもが僕の後ろから後を追って入ってきた。
今姿を現せばどうなるのかを知りながら。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押して応援していただけると嬉しいです。
読んでいただきありがとうございます。




