第52話「無能力者、指導者を迷う」
翌日、ルーナは事のあらましを大公に伝えた。
帰ってきたルーナに笑顔はなかった。大公には信じてもらえたが、やはり保守派たちには確固たる証拠がないと信じてもらえなかったことが見て取れる。
保守派の誰かをプルート帝国へ連れていき、真相を確かめる手も考えたが、大臣や職員たちは基本的に国を出られない方針であるため、この方法も使えない。全会一致でなければ誰1人としてピクリとも動けないため、もう僕らだけで動くしかなかった。
暴君を防ぐための分権がここで足を引っ張ることになるとは、何とも皮肉な話である。
僕らは1階のリビングへと集まった。
チーズをパンに塗ったものを食べ、コーンスープをスプーンですくい、紅茶を飲み干した。悩むほどにお腹が空いてくるようで、色んな意味で満たされない。もうすぐ危機が迫ってくることを知りながらほとんど何の対処もできない自分自身に無力に思う。
「アースさん、これからどうするんですか?」
「軍が動かない以上、民間だけでどうにかするしかないよ」
「クレセン島にいるパーティに島を防衛するクエストを出して協力を募るしかありませんね。島にはプルート帝国からの攻撃に備える者も、数は少ないですが確かにいるのです」
「じゃあさ、アルダシール将軍にも頼んで指導してもらおうよ」
「でもそれ、ブラン宰相やアグネス大臣にばれたらまずくない?」
「パーティに対する戦いの指導なら大丈夫だよ……多分」
目を逸らしながら自信のない一言を放ってしまった。
これには他のみんなも顔から覇気がなくなった。
いかん、リーダーが全体の指揮を下げるようなことを言っちゃ駄目なのに。あうぅ~、人の上に立つって――本当に難しいな。僕自身がまだまだ弱すぎるんだ。本当の意味で強くならなければ……リーダーとしての資格はない。
プルートは呆れたような目で僕を見ている。
まだ本当の意味で僕を認めてはくれていない。
「多分って……あんたねー、リーダー何だからもっと自信を持ちなさいよー」
「そのリーダーだけどさ、もう一度ちゃんと決め直さないかな?」
「プラネテスのリーダーを決め直すってこと?」
「うん。正直、何で僕がリーダーなのかが分からないというか、ちゃんと適性に合ったポジションに人を置かないと駄目だと思う」
「とは言ってもさー、リーダーって結構しんどいもんだよ。手続きとか全部やらないといけないわけだし、私はそんな役目は向いてないかな」
「あたしもパス。そこまで向いてると思わないし」
「手続きとかはマーキュリーに任せようと思ってる。説明とか文書とかの見落としもしないし、書記としてピッタリだと思うんだけど」
「了解した」
できないところは分業しよう。そうしよう。でもそれだけじゃ駄目だ。
肝心のリーダーが決まらないままだし、まだ入ったばかりのジュピターに任せるにはとても荷が重すぎる。
「マーキュリーがリーダーとかどうかな?」
「ワタシは命令に従うのみで、自ら命令するようにはプログラムされていない」
「プログラム?」
「えっと、つまりそういう教育は受けてないってことだよ。ねっ?」
僕は焦りながら誤魔化すが、マーキュリーはそんな僕をよそに無表情で座ったままこちらを向き、黙ってコクリと頷いた。
「ルーナはどう?」
「わたくしは人に指導するような器ではございません」
「僕だって自信ないよ。ジュピターはどう?」
「ええっ!? 私はまだ新人よ。それにみんなのこともあまりよく知らないし」
駄目もとで聞いてみたけど、やっぱそうなるよね。リーダーに向いた人――全然いないな。今まではこんなことを考える余裕がなかったことに気づかされた。
「やれやれ、これだけの人数がいながら誰もリーダーをやりたがらないとは情けない」
見るに見かねたプルートがついにその口を開いた。
「お前たちは本当に父上に勝つ気があるのか? そんなことじゃ勝てる戦いにも勝てんぞ」
「そんなこと言われたって、リーダーなんてやったことないし、どうしろっていうのよ?」
「お前たちはリーダーが面倒な役目だからと知った上でアースにその役割を押しつけているだけだ。リーダーは面倒事を引き受けるためのものではない。組織を正しく導くためのものだ。それが分からんようでは先が思いやられるな」
プルートが冷めた顔のまま2階へと去っていった。
明らかに僕らに対する呆れを持っている。こんな連中に保護されたのかと、去りゆくあの背中が全てを物語っていた。
リーダーさえまともに決められない組織が、国を動かそうなんてあまりにも思慮が甘すぎるとプルートは言いたげだった。今のままじゃ何1つ言い返せない。だから誰1人として彼女の足を止めようともしなかった。
僕はこのふがいなさに心を痛めた。胸が痛いくらいにズキズキする。
――ムーン大公国にはリーダーに決定権がない。そしてプラネテスにはリーダーらしいリーダーが存在しない。一方でプルート帝国には恐怖で国と民衆を支配する絶対君主がいる。一声で部下が忠実に命令を執行する分動きも早い。
手をこまねいている暇はなかった。
僕はただ1人大公の元へと赴いた。
大公の部屋のバルコニーへと案内されると、そこには暇そうにしながら外を眺めている大公の姿があった。両手を後ろにして街を見下ろし、海の向こう側までを望遠鏡で見つめている。
「アースか、どうしたのだ?」
「大公、あなたにお話があります」
「それはいいが、一体何の話かね?」
「軍備増強の件です」
「その前にこれで海の向こうを覗いてみたまえ」
「……?」
細長い棒状の望遠鏡を渡されると、僕は大公に言われるがまま海の向こう側を覗いた。
「!?」
対岸には帝国軍の戦艦や歩兵の部隊が駐屯し、港町エッジワースには兵士たちで賑わっていた。皮肉にも潰れかけであった店が再び繁盛し、漁師たちまでもが魚を兵士たちに振る舞い、帝国軍の士気は大いに上がっているのが分かった。
その周囲にも帝国軍の船がうじゃうじゃと魚群のように浮いており、その戦力の大きさを物語っていたのだ。あれだけ衰退してもなおこれほどの軍事力を持っているのか。
しかも空には太古のモンスターたちがパトロールをするように飛んでおり、帝国軍に襲いかかる様子はない。
敵側の準備が着々と進んでいたことに、僕は口を開けたまま言葉を失った。
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