第50話「無能力者、休日を過ごす」
数日後――。
大公に帝国へ潜入して知ったことを全て報告した。
陰謀を知った大公はこの世の終わりのように青ざめた表情で話を聞いていた。世界広しと言えど、モンスターの力を使い、性転換をするという話など聞いたことがないからだ。
アルダシール将軍、ブラン宰相、アグネス大臣も信じられないと言わんばかりの顔だった。
プルートへの指名手配は解除され、ようやく捜索の手から逃れることができた。彼女にかかっていた【迷彩】を解除し、客が来た時は2階へと避難させているものの、僕らとあまり変わらない生活ができている。
だがこのまま家に押し込んでいるわけにもいかない。
僕は窓越しに外を見た。街の郊外であるためか人の姿はない。
未だに大公からの使者もやってこない。つまり話し合いはまだ決着していないということだ。今もなお軍備増強すらままならない状態で時間だけが過ぎていく。その間にも帝国軍は侵攻の準備を続けている。皇女たちを皇子に変えるために。
僕は話の決着が永久につかないのではないかと途方に暮れ始めているところだった。
「ねえ、帝国はいつになったら攻めてくるの?」
「それは分からないよ。皇帝は攻める気でいるけど、いつとは言ってないし」
「どうしても気になるんだったら、身代わり君を置いてきたら?」
見るに見かねたヴィーナスが僕に1つの案を出してくれた。
身代わり君か。確かにそれで偵察しておけば、一応の情報収集にはなる。
「そうしようかな。気づかれないように【迷彩】を施して、帝城の周辺を調べることにするよ。いつ攻めてきてもいいようにね」
「アース、分析が終わった」
「分析って、化石の?」
マーキュリーがコクッと頷いた。より詳しい分析をするほど時間がかかる。
彼女に調べてもらっていた化石が全て冥王代と呼ばれるほど古いものであることは分かったけど、具体的にどんなモンスターなのかまでは不明のままだった。
「この前現れたオベロンの羽、そしてこのチタニアと呼ばれるモンスターの化石はウラヌス共和国から採れたもの。発掘された時期は今からおよそ6年ほど前」
「じゃあ、帝国は6年前に共和国に侵入して化石を掘っていたってこと?」
「許可を取って化石の発掘をしたという記録は残っていない」
「つまり帝国は他の国を領土侵犯しながら化石発掘を繰り返して、その化石から復活させたモンスターを使って本土を守っていた」
「本土を侵略される前にケルベロスを復活させて、男子継承を確実なものにしたいのかしら?」
「でもその前に帝国を侵略されたら何の意味もないよねー」
ルーナたちがガールズトークを始めてしまった。
話している内容も帝国の動向だし、表情も真剣そのものだ。いつものガールズトークじゃない。彼女たちも真剣に大公国を守ろうと奔走してくれている。
それにしても――帝国側の動きが全く読めない。もうすぐ攻め滅ぼされようとしている国が何故軍備増強をしているのだろうか。その意図が全くもって不明だ。ここはまた調べに行く必要がある。
ちょうどほとぼりも冷めた頃だろうと思い、僕はプルート帝国まで転移して身代わり君を置いてからすぐに戻ってきた。しばらくはこれで様子を見るしかない。
「アース、せっかくだから一緒に遊ばない?」
マーズがいつものように僕を誘ってくる。彼女にとって遊びとは戦闘訓練のことだ。
パーティたるもの、いつでも万全な状態でクエストを迎えられるよう準備しておかなければならないわけだが、みんなは戦いが近づくにつれて俄然戦意だけが向上していくばかりだった。
オベロンとの戦い以降、パーティ全員を参加させることは避ける方針となった。
もちろんみんなからは不満の声も出たし、クエストから離れることによる実践経験不足が後々仇にならないとも限らない。そこで僕が度々彼女たちとの遊びにつき合うことになったわけだが、これがもうかなりきついのだ。
みんな思ってた以上に体力がある。召使いばかりをしていた僕とは大違いだ。
彼女らは戦いの中に生きることで、経験や自信を汗や熱といった気持ちに変え、戦いに勝つ喜びを喉から手が出るほど欲していた。分かりやすい。このことからも、彼女たちの出身地がいかに大きな戦火に塗れていたかが分かる。
どんなに平和になろうとも、戦いの中を生き抜くことを叩きこまれた体がそう簡単に変わることはない。
「ちょっとー、それだったらあたしもやるー。ずっと訓練不足だったんだからー」
「私も訓練につき合ってやりたいところだが、バイデントがなければ何もできない」
「ではプルートさんは私とお茶でも飲みながら訓練指導をお願いします」
「しょうがないな」
プルートは家の中から訓練を眺めている。
彼女はプラネテスに馴染みつつあった。
元々はただの敵でしかなかったわけだが、共に過ごしている内に他の仲間たちからも違和感なく受け入れられるほどだ。彼女はこれ以上の情報は吐かなかった。つまりそこから先は彼女ですら知らない領域だ。
訓練が一通り終わり、ルーナたちは汗をかきながらヘトヘトになり、肩で息をしている。
水分補給を済ませ、まるで戦いの後のようにのんびりと雑談に興じている。
「プルート、ルーナたちの調子はどう?」
「そうだな。ジュピターは特に問題ない。恐らくパーティの中では最も優れた女だ。マーズは攻撃が大振りになりすぎて後隙が生まれやすい。小技を使いこなせれば反撃の隙を埋められるはずだ。ヴィーナスは錬金魔法の性能はいいがそれに頼りすぎだ。彼女はメインで戦うよりも援護射撃に徹するべきだ。ルーナは接近戦に弱すぎる。距離を詰められないように接近戦闘も鍛えるべきだ」
「何だかんだ言っても、ちゃんと見てるんだね」
「1番の問題は……アース、お前だ」
「えっ? 僕?」
右手の人差し指で自分の胸を指差した。
僕が持っている問題まで見ていたのか。
「お前には迷いがある。ガイアソラスの力を使って色んな魔法を習得するのはいいが、剣の力をまだまだ完全には引き出せていない。仮にも伝説の魔剣だぞ。回復やサポートに回すのは惜しい。もっと攻めに徹するべきだ。リーダーなら自分の適性くらい知っていて当然のはずだと思ったんだがな」
「あはは……」
思わぬ指摘に左手を頭の後ろに当てながら苦笑いをするしかなかった。
攻めに徹するとは言っても、回復担当は回復するのが仕事なわけだし、僕がしゃしゃり出るのもどうかとは思う。
プルートのプラネテスに対する批評は続いた。嫌がらせで言っていないことは分かるし、元々は日銭を稼ぐために即席で組んだパーティなのだから、所々に不備があることも承知の上だ。
でもこうして面と向かって言われると、鳩が豆鉄砲を食ったように戸惑ってしまう。
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