第49話「無能力者、帝国の陰謀を知る」
プラネテスの家の外まで戻ってくると、そこからすぐそばにある扉に手をかけた。
やっと遠征から帰ってきたというよりは、街へのお出かけから戻ってきたような感覚だ。移動した感覚が全くない。空間から空間への移動はとても助かる。
「……アースさんっ!」
「あっ、アース、お帰り」
「ただいま――ルーナ」
ルーナが僕に気づくと同時にソファーから立ち上がり、そのまま僕に何の迷いもなく突撃するように抱きついてくる。
その目はとても心配そうで、生きていてよかったと僕に告げていた。
「アースさんが1人で帝都に残るってマーキュリーさんから聞いて、それからずっと居ても立っても居られなかったんです」
「マーキュリーはどんな予測をしたの?」
「今までのアースの言動と心理から計算した結果、皇帝に会いに行く確率が82%と予測」
「皇帝は攻めてくるってハッキリ言ってたよ。それに持ち帰った化石も、もしかしたら証拠になるんじゃないかなって思うよ」
「じゃあ、あんたホントに皇帝に会いに行ったの?」
「うん、しっかりとこの目で見た」
「へぇ~、アースって思ってた以上に大胆」
ヴィーナスがクスッと笑いながら言った。
――そういえば僕、かなりとんでもないことをしていた気がする。
これもガイアソラスの力なのかな。この剣を手に入れてからは以前よりも自分に自信が持てるようになった。それもかなり格段に。
きっとこの剣が僕に勇気をもたらしてくれたんだ。この溢れ出る魔力のおかげか、僕はリーダーとして指揮を執ることさえできるようになっていた。やはりこの剣は凄い。出会うべくして出会ったのだと僕は確信する。
「この剣のお陰かな」
「アースさんが皇帝と会ってお話したことで、侵略する気があることがハッキリと分かりましたね。明日にはアースさんのお話をお父様に伝えます」
「プルートはいる?」
「ええ、呼んでくるわ」
ジュピターが2階まで上がってプルートを呼んできてくれた。
どうしても彼女に聞きたかったことがあった。ステュクスの態度を見る限り、とても後継者争いをしようとしているようにも見えなかったし、それに全員を性転換するとか訳の分からないことを言っていたし、もう何が何やら全然分からない。
プルートが下りてくると、僕はいくつか質問をぶつけてみることに。
「アース、父上に会ったと聞いたが、それは本当か?」
「本当だよ。プルートが言っていた通りの人だった」
「あれはもう人ではない。死神に魂を売った悪魔だ」
「プルート、僕らに何か隠してるよね。全部話してほしい」
「全部話せと言われても……この前話したので全部だ」
「君のお姉さんに会った。プルートとも確実に共有しているであろう話を聞いた。何でずっと僕らに黙ってたの?」
「……」
プルートが押し黙った。もう逃げられないぞ。
ルーナたちも疑心暗鬼の目をプルートへと集中させる。
彼女が何かを隠しているのはずっと心のどこかで分かっていた。でも確証がどこにもなかった。帝都の地下壕で得たヒントも僅かだ。あれだけペラペラ喋ってくれたということは酒に酔っていたか、はたまたここまでは話してもいいという領域だろうか。
「プルート、お願いだ。ここが帝国の支配下になれば、また多くの人が悲しむことになる。今頼れるのはプルートしかいない。この通りだ」
僕はプルートに何のためらいもなく頭を下げた。
プラネテスのリーダーとしてではない。この街の人々の代表としてだ。
「何の話をしろというんだ?」
「君がここに来た本当の目的だよ。捕まることは想定済みだったんでしょ?」
「えっ、どういうこと?」
「プルートさん、どうか全てを話してください。お願いします」
ルーナも頭を下げた。これにはプルートも思わず目を逸らした。
僕の頭のすぐそばにルーナの頭が並んだ。それも床からかなりの至近距離で。
「……アース、何の話をすればいいのか教えてくれ」
「皇帝が性転換の話をしていた」
「! ……父上が?」
「当然君も知ってるよね?」
「……分かった」
プルートはソファーに座ると、しばらくは誰とも話さずにいたその唇を乾かす覚悟で話し始めた。僕らは彼女の言葉の証人になろうと一言も聞き逃す気はなかった。
ここで帝国の事情を知れるかどうかで全てが決まる。
「……私の本当の目的はここでケルベロスの化石を探すことだった」
「ケルベロスの化石?」
「ああ。マーキュリー、ケルベロスの説明はできるか?」
「ケルベロスは今から遥か昔の冥王代に存在した太古のモンスター。3つ首を持った巨大な犬で、このムーン大公国があったこの場所の主であったとされている。強力な嗅覚や噛みつきを使いこなして多くのモンスターを刈り、雄雌の内、どちらかが足りない時は性転換ができる」
「性転換っ!?」
「そう。そしてその性転換は、相手に対しても使うことができる」
「私、目的分かっちゃったかも」
ジュピターが手を挙げながら言った。
プルートはもうこれ以上話すことはないだろうと言わんばかりにまた口を閉じた。
なるほど、全てはこのためだったのか。帝国軍がここへ侵攻する目的は資源のためだけじゃない。ここにあるとされるケルベロスの化石のためだったんだ。そうと決まれば話は早い。早くこのことを大公に知らせなければ。
「じゃあ話をまとめると、帝国には男子の世継ぎがいなくて、プルートはケルベロスの化石を取ってくる役目だった。そしてケルベロスを【蘇生禁術】により復活させ、従わせた上で皇女様たちを皇子にしちゃおうっていう魂胆だった。それで合ってる?」
プルートは下を向いたままコクリと力なく頷いた。
「酷いです。プルートさんたちの気持ちを完全に無視してます」
「それに男子に継承させたいからって、女性に対してほんっと失礼ねー」
「そうですよ。プルートさん、そんな計画につき合わされれば、性別を無理矢理入れ替えられるかもしれません。一緒に阻止しましょう」
「……お前たちに可能な限り協力はする。だが故郷を相手に戦うことはできない。願わくば姉上たちに刃を向けたくはない」
まだバイデントが見つかっていない中、プルートは戦う覚悟ができずにいた。
ヒントは教えるが戦いは任せたと言わんばかりだ。この時のプルートはステュクスと同じ目をしていた。こういうところは姉妹そっくりだ。
ついクスッと笑ってしまった。
「アース、どうしたんだ?」
「いや、何でもないよ。プルート、僕は君を信じてる。だからもう……僕らの間で隠し事はなしにしてほしい」
そう言いながら僕はそっと優しく彼女を抱いた。
「……承知した」
小雨のようにポツリと呟いた彼女の体はとても冷たかった。
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