第47話「無能力者、地下壕に侵入する」
僕が帝都カロンまで戻ってきたもう1つの理由、それは皇帝に直談判することだ。一体何を企んでいるのか、それがどうしても知りたかった。
気づかれないように【迷彩】を施したまま、もう一度帝城の門から侵入して地下壕へと侵入することに。
今、帝城はパニックに陥っている。ここを攻め入られるのは前代未聞だからだ。見上げてみれば帝城の屋上近くの城壁には大きな穴がぽっかりと開いている。
今頃はそこに帝国の重臣たちが集まっているところだろう。
その隙を突く――。
皇帝が大したことのない奴ならそのまま倒してしまえばいい。同時に男子の後継者がいないことをみんなに明かせば帝国は滅ぶはずだ。
地下壕への入り口と思われる下へ続く階段を見つけた。
きっとそこだ。ここだけ銀色の鎧と剣と丸い盾を装備した門番が厳重に見張っていない。あえて警備をしないことで重要度の低い場所と思わせようとしているわけか。
門番を素通りし、地下へと続く階段を下りていった。
視界を全て真っ黒の世界へと染め上げるが如くこの暗闇だが、僕は吸収したライカンスロープの【眼力】によって真っ暗でも全てを見通すことができる。明かりを灯さずとも十分なほどハッキリ見える。
1つ1つの煉瓦の線も壁との距離感も把握している。
ライカンスロープは薄暗い森の中でこうやって僕らとの距離を測っていたんだ。
これがマーキュリーの言っていた地下壕か。皇帝が部下たちと密会を交わすほか、敵の目を欺く上でもここがかなり役立つわけだ。かなり考え込まれた作りになっている。まるで迷路のように入り組んでいるし、それにとても酒臭い。どうりで他の人が入りたがらないわけだ。
だが僕には分かる。この先に生命反応がある。そこへ辿り着くための最短ルートまでもが手に取るように分かる。そうか、ここは選ばれし者にしか道が分からないようになっているんだ。
いくつかの道を通り抜けた先に少し広めの空間があり、その奥に1つの扉を見つけた。扉を開けてみれば所々に紫色の炎が灯された大広間が広がっていた。扉のすぐ近くは薄暗くて目立たない。すぐ近くにある太い柱に隠れると、そこから覗いた先に2人の人物を見た。
1人は玉座と思われる大きな椅子に座り、少しばかり位置の高い場所にいる。
禍々しい目に悪魔のように迫力のある顔、間違いない。あの人こそ、プルート帝国皇帝、ハデスに違いない。ハデスは多くの敵を闇に葬り去ったことから冥王とも呼ばれ、衰退していく帝国の惨状に苦しみながらも、部下たちは彼に後塵を拝してきた。
僕も噂だけは聞いたことがある。性格は残忍そのもの、敵どころか味方への情けすらなく、捕虜にされて帰ってきた者はいないという。
そしてもう1人は階段越しに僕と同じく最下段に佇んでいる中性的な人だった。
白いマントを肩から下げており、ポニーテールで無表情だ。
「ステュクスよ、これほどの被害を出しながら犯人1人捕まえられぬとはどういうことだ?」
鋭い眼光で相手をも震え上がらせかねないほど低く、怒りの前兆とも思える声で玉座に腰かけたままハデス皇帝が言った。
「申し訳ございません。犯人は今、捜索中であるとのことです」
「貴重な化石の半分が失われてしまったのだぞ。どこぞの輩が我らの計画に気づき、妨害をしに来たのかもしれぬ」
「さすがに気づかれてはいないはずだと思われますが」
「プルートが計画の全貌を誰かに話したのかもしれぬな」
「あの子に限ってそんなことは――!」
ステュクスがハデス皇帝の眼光の前に押し黙った。
たとえ2人だけの会話であっても女性であることを示唆する発言がタブー視されていることがよく分かる。
まだ化石を破壊しきれてはいなかったか。だったら持ち帰った化石も破壊する必要がある。太古のモンスターの化石、それが彼らの新兵器の正体だとすれば、今までの現象にも説明がつく。
「――父上、ここは一刻も早くプルートを取り返す必要があるかと」
「どのようにして取り返すのだ?」
「大公国に攻め入るのです」
「プルートが戻ってこない時点でそれは決定している。だが奴らはプルートを盾にして、我らの侵攻と共に始末するかもしれんが、それもよかろう」
この人――自分の娘だというのに、まるで捨て駒のように扱っている。
信じられない。これが本当に親子なのか?
僕は思わず両腕の拳を強く握りしめた。こんなのが皇帝なのかと腹が立った。そりゃ国も腐敗していくわけだ。かつてエリスが言っていた。いくら稼いでもすぐ軍事費に消えると。戦争がまるでマグマのように全てを飲み込んでいく。
しかも、元を辿れば僕はハデス皇帝の命令で追放されたようなもの。こんな国、今にして思えば追放されて正解だった。
「私が先陣を切りましょう。しかし、敵はフレースヴェルグもヒドラもオベロンも倒した敵、しかも今回の襲撃ではミノタウロスまで倒されています。太古のモンスターを倒せる冒険者はそうそういません。恐らくは同一人物の可能性もあるかと」
「ふむ、そうか。ではそのことについてはそこの柱に隠れている者に聞くとしよう。出て参れ。膨大な魔力が体から漏れておるのが我には見えるぞ」
「!」
柱の後ろにいるはずなのに、すぐ後ろからとてつもなく冷たい視線を感じる。
気づかれてたか。さすがは皇帝だ。話を盗み見て帰るつもりだったけど、どうやらそういうわけにはいかないらしい。
ばれたからには【転移】を使っても妨害されるだろうし。
僕は素直に【迷彩】を解除し、皇帝の前へ立った。
「! ――お前、一体何者だ?」
「アース・ガイア。プラネテスというパーティのリーダーを務めております」
「冒険者が何故ここに?」
「その前に1つ尋ねます。いつから気づかれていたのですか?」
「お前がこの部屋に入ってきてからだ。ここは我が玉座の間、ここでは一切の小細工は通用しない。なるほど、そなたがあのアース・ガイアであったか。なかなか良い面構えをしている。そなたの噂を何度か耳にしたことがある。何でも、世界で唯一の回復術師だとか」
「皇帝陛下、僕は大公国の者としてここに来ました。あなたの計画通りにはさせません」
「ふむ、計画を読まれていたか。なかなかに強かな小僧だ。見た目はまるでおなごのようにか弱いが芯の強さを持っておる。かつてはケレスの家で召使いをしていたそうだな」
「さようでございます」
召使いだった時の癖が出たのかつい頭を下げてしまった。
これに対してハデス皇帝が図に乗ってしまった。手にはワイングラスを持ち、その中には紫色の赤ワインが入っている。ハデス皇帝の好物らしい。
彼は貴重そうに飲んでいたその赤ワインを一気に飲み干した。
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