第43話「無能力者、諜報を依頼される」
ムーン大公国に住み始めてからしばらくの時が経過した。
ここでの生活にもすっかり慣れ、僕らは名実共に大公国民となっていた。
ルーナの専属護衛を務めるようになってからは収入も安定し、生活面での心配はもういらなくなった頃だった。いよいよプルート帝国に侵入する時がきた。以前から計画してきたことではあるが、どのような手段で侵入するかを考えた結果、やはり【迷彩】を施した身代わり君を使うことに。
マーキュリーが練った計画に従い、プルート帝国帝都カロンに侵入するのはいいが、ケレスの屋敷以外に行ったことがある場所がない。ずっとあの場所から出たことはなかった。
召使いにも休みはあったが、外へ出ることは許されなかった。特にカロンの中央区にある帝城と呼ばれる場所に関係者以外の者が近づくことは禁忌とされた。
数日前――。
僕がこの計画を立てたのには深いわけがある。
ルーナを通して大公と面会させてもらった時だった。大公たちは行方不明となったプルートの捜索を行う一方で戦争に備えた軍備増強を積極的に行うべきかどうかで議論が相次いでいた。
主に大公と宰相の対立が続いており、軍備増強に賛成の者と反対の者がそれぞれ綺麗なくらいにピッタリ半数ずつに別れ、軍備増強が思うように進まず、まるで積年の敵同士のような睨み合いが続いていた。大公が僕を呼び出したのは他でもない。僕にある依頼をするためである。
「アース、遠くからここまで赴いてくれたこと感謝する」
「いえいえ、ご用がある時はいつでも呼んでください」
【転移】を使って瞬時にルーナと一緒に来たんだけどね。
ルーナはそんな僕の隣に陣取りながら僕との距離を詰めている。
「ルーナから聞いたよ。あのオーベロンを倒したんだってね」
「はい。あのまま森に居座られたら木材が採れなくなると聞いたので」
「ここ最近は滅んだはずの太古のモンスターが次々とクレセン島を襲う事態になっている。これが敵に知られでもすれば、奴らはすぐにでも攻めてくるだろう」
「それならどうして軍備を増強しないんですか?」
「ブラン宰相をはじめとした者たちは、戦争を起こさないことを公約にすることで民からの支持を得ているからだ。この国は他国での戦いに破れ、流れ込んできた者も少なくない。戦争の恐ろしさを知っているからこそ反対するわけだ」
――そうか、あの時ジュピターが真っ先に戦争に反発したのは、彼女も戦争に破れ、逃げるようにここへやってきたからだ。あれだけの戦闘能力を持ちながら戦いを嫌う……何だかガイアソラスと同じものを感じるな。
だが優しいだけでは本当に大切なものを守ることはできない。
ガイアソラスの力がなければ、僕の仲間たちはどうなっていたか分からない。
無論、それは大公も分かっているはず。彼はさっきから苦虫を噛み潰したようなピリピリとした表情を崩せずにいる。敵が攻めてくるのは時間の問題だが、戦争に保守的な者たちが動こうとしないためか、時間だけが一刻一刻と過ぎていくのを待つしかなかった。
「そこでだ、君の実力を見込んで頼みたいことがある」
「何でしょうか?」
「プルート帝国に潜入し、奴らが戦争を仕掛けてくる証拠を掴んでもらいたい。証拠さえ揃えば、彼らも軍備増強に賛成せざるを得なくなるはずだ」
「分かりました。大公、僕からも1つお願いがあります」
「何だね?」
「プルート帝国との決着がついた時は、僕の故郷であるマケマケ村を滅ぼした犯人を極秘に調査していただけないでしょうか?」
「マケマケ村か、確か3年ほど前に滅ぼされたという村だな」
「はい」
真剣な目つきで大公に訴えた。
僕1人の力では犯人を捜し出すことはまず無理だ。
国の力でも借りない限りはね。だから利用できるものは全て利用させてもらう。たとえ悪魔と呼ばれようと、仇はこの手で必ず討つ。いつか必ず村のみんなの仇をとって、あの荒廃しきったマケマケ村を復興してみせる。
そのための手段は問わないが、まずはその手段を得るために大公に協力するべきと考えた。
マケマケ村で起きていたことを詳細に話した。何故3年前に滅ぼされたことがここまで有名になっているのかまでは分からないが、犯人が自ら広めるはずはない。きっと誰かが広めてくれたんだ。だが皮肉にもそのせいで犯人が分かりづらくなった。
本来であれば犯人しか知りえない情報だ。これじゃ特定はしづらい。
「キュビワノ族最後の生き残りだったか。それはさぞ辛かろう」
「お父様、わたくしからもお願いします」
「そうだな。そのような事情なら無下にはできん。もしアースがプルート帝国との戦争回避、もしくは戦争での勝利に大きく貢献してくれた時は、君の言う通りマケマケ村を極秘に調査し、滅ぼされた原因と犯人の究明に可能な限り貢献すると約束しよう」
「ありがとうございます」
大公と対面するようにソファーに座りながら机しか見えないくらいの角度で頭を下げた。これで僕はプルート帝国との問題を処理する事実上の義務を得たわけだ。
義務を果たした先には権利が待っている。
僕はその権利に向かってようやく一歩を踏み出せたのだ。この問題さえ解決できれば、きっと犯人に近づけるはずだ。
「もし帝国側が海峡を通じてこちらへ攻めて来ようものなら、その時までに軍備を揃えている必要がある。帝国が攻めてくるまでがタイムリミットだ。いつになるかは分からんが」
「お任せください。プルート帝国は僕が何とかします。まずは情報を集めてきます。軍備増強の理由になるだけの証拠があればいいんですよね?」
「ああ、その通りだ。何か必要なものがあればこちらで用意しよう」
こうして、大公との会談は終わった。
ルーナと2人きりの帰り道、専属護衛とはいえ、さながらカップルのようだ。
彼女はずっと僕に胸を押しつけながら左手に巻きついているし、ここまで僕に依存する理由を聞いてみることに。
「アースさんと出会った時から、とても心優しい人だと思いました。ですから……復讐に燃えるアースさんは、見たくはありませんでした」
「ルーナ、僕には使命がある。キュビワノ族の誇りを懸けた使命が」
「……無理はなさらないでくださいね」
「……うん」
ルーナの僕を抱きしめる手には、優しく包み込むような温もりがあった。
ホッとするようなこの気持ちには僕も救われた。この時ばかりは……僕もルーナの手を握った。
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