第41話「無能力者、空間を転移する」
今回の討伐の1番の功労者はジュピターだ。
モンスターの攻撃を平然としたままさらりとかわし、一通り様子を見てからのあの切り返し、明らかに戦闘慣れしている。
元冒険者と言っていたが、あれほどの強さを持ちながらどうしてここで建築家なんてやっているのかが凄く気になった。でも変に詮索するのもよくない気がする。
ジュピターが驚く中、オベロンの吸収が終わった。僕の中にまた大いなる力が宿っている。
「オベロンの力を得たことで、アースは一度行った場所であれば一瞬にして空間移動ができるようになっているはず」
「それ凄く便利じゃない! 早速ギルドカフェの前まで移動してみてよ」
「分かった。でもどうせならみんなと一緒に空間移動してみたいな」
「えっ、そんなことできるの?」
「アースならそれも可能。ガイアソラスには技の対象を単体から全体へと広げる効果を持っている。それと組み合わせることで全員を空間移動させられる」
「じゃあ、やってみるね」
僕は両手を掲げ、【転移】と強く願った。
その瞬間、僕らの周囲を星が描かれた魔法陣が包み込み、僕らはそのまま森の中から一斉に姿を消したのだった。
強く眩い光が僕らを襲ったかと思えば、目の前には先ほどクエストを受けたばかりのギルドカフェがあった。さっきのギルドカフェの前と強く願ってはいたが、魔法は成功のようだ。マーキュリー以外の全員が呆気に取られながらお互いの顔を見た。
正直に言えば自分でも驚いている。この力はきっと役に立つはずだ。
「あんた……本当に凄いわね」
「まさか本当にできるとは思ってなかった」
「これでいつでも大陸に移動できるようになったわね」
「アースさん、こんな高度な魔法まで使えるようになったんですね」
「これって高度な魔法なの?」
「はい。今ではその魔法を使える者はほとんどいないのです」
ルーナが自信満々の笑みを浮かべながら言った。まるで自分のことのように僕の新たな力の習得を心から喜んでくれている。
証拠品であるオベロンの羽を持ち、ギルドカフェで賞金を貰った僕らは外に出ると、【転移】を使い帰宅した。
ルーナたちはソファーでぐったりと休憩し、僕はプルートの部屋へと向かった。
「なるほど、それで早くここへ戻ってこれたわけか」
「驚かないの?」
「もうお前のことでは驚かない」
「あはは――今回の討伐はジュピターが活躍してくれたんだよ」
「そうか……」
ジュピターの名前を呼ぶや否や、何やらプルートが考え込むような表情へと変わった。自己紹介をし合った時からずっとだ。プルートはジュピターの名前を耳にする度にこの表情へと変わる。
「ねえ、もしかしてジュピターが気になるの?」
「ちっ! 違うっ! そういうことではない! ただ、どこかで聞いたことがある名前だと思っただけだ。それを思い出せないんだ」
「?」
顔を赤らめながらプルートが言った。彼女はジュピターの噂を聞いたことがあるらしい。だがそれを思い出せずにいるということは、ここ最近の話ではないということだ。やはり彼女には何か大きな秘密がある。
でも今はそんなことを気にしている場合じゃない。このムーン大公国を守らないと――プルート帝国が攻めてくればここは戦場と化し、多くの人々が危機に晒される。
1階へ降りてみれば、ルーナたちがいつものように楽しそうに話しており、マーキュリーだけは魔導書を黙読し続けている。
「ルーナ、ちょっといいかな?」
「はい、いいですよ」
ルーナだけを呼び、キッチンで2人きりで話すことに。
マーズ、ヴィーナス、ジュピターは不思議そうに頭を傾げながら僕を見つめている。
魔法で火を起こせるマーズが調理担当、水と氷を生成できるマーキュリーが食材保存と氷を使ったお菓子作りの担当、そしてヴィーナスの錬金魔法によって作られた様々な調理器具によって色んな国の料理やお菓子を作ることができる。
この3人がよくパーティを組んでいたのは、調理の面で相性が良いからだとマーキュリーが教えてくれた。
「アースさん、用件は何ですか?」
「ルーナ、この先プルート帝国が攻めてくることになれば、一刻も早く手を打つ必要がある。そのために大公たちから少しでも多くの情報を集めてほしい」
「分かりました。何か分かればお父様に届けるようお願いしてみます」
「それともう1つ、モーントセイレーネーにある資源の採掘を手伝うと伝えてほしい」
「もしかして、プルート帝国を攻めるおつもりですか?」
「いや、そうじゃない。攻めるための軍じゃなく、守るための軍だよ。相手はこっちの10倍の戦力なんでしょ。だったら早く備えないとね」
「戦いはあくまでも最終手段であるべきでは?」
「備えあれば憂いなしだよ。相手の方から攻めてきた時は、戦争をするべきじゃないとか言ってる場合じゃなくなる。戦いにさえ勝てば、相手はもう攻めてこれなくなるはずだよ」
ルーナたちは戦いに保守的であった。ネプチューン王国に援軍要請をしたのも極力戦いたくはないからだ。大公国は島国であるため、今までにこのクレセン島に攻められたことはあっても、占領されたことは一度もないほどの鉄壁の守備を誇る天然の要塞だ。
だが太古のモンスターはそれさえも凌ぎかねない魔力を持っている。
何度か太古のモンスターと戦って分かった。大陸から何度もあんなモンスターたちを派遣されようものなら、この天然の要塞もいつ落ちるか分かったもんじゃない。彼女らの気持ちも理解できなくはないが、安心してはいられないのも事実だ。
「言っただろ。ルーナは必ず守ってみせる。僕は君の専属護衛なんだからさ」
「アースさん……」
「ルーナ……」
お互いの視線が一致し、顔の距離が段々と近づいていく。
「ふ~ん、そういうことだったかぁ~」
突然横からマーズが首を突っ込んできた。
「「!」」
慌ててお互いの距離を離した。もう気づかれた後ではあるが、誤魔化さずにはいられなかった。パーティの中で恋愛は禁止されていないが、大っぴらにするのも恥ずかしい。
「どっ、どうしたのっ!?」
「そろそろ料理するからどいてくれない?」
「あっ、そ、そうなんだ。じゃあリビングに戻ろうかな。あはは……」
「そ、そうですね。あはは……」
なんか気まずい。後でどう言い訳したらいいものか。
この日の僕とルーナは、これ以上お互いに目を合わせることはなかった。
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