第38話「無能力者、捕虜を匿う」
僕、ルーナ、マーズ、ヴィーナス、マーキュリー、ジュピター、そしてプルートの7人による初のパーティ会議がここに始まった。
テーマは大公国とプルートの今後についてだ。
リビングのソファーには10人程度が座れるくらいの余裕を持った広さがあり、僕、ルーナ、マーキュリー、プルートはソファーに腰を下ろしており、マーズ、ヴィーナス、ジュピターはソファーの上に肘を置いている。
マーキュリーは相変わらず無表情のまま本を黙読している。どうやらここに来てから本屋で買った本らしい。
「ねえ、プルートは護衛たちに何て言って帰したの?」
「私はここでしばらく世話になるから、手紙を父上に届けるよう伝えた」
「手紙には何て書いてあるの?」
「大公からは娘との結婚を拒否されたが、しばらくここで世話になる。しかも大公国側には世界で唯一の回復術師がいるから戦争を仕掛けるのは御法度と伝えた。だが父上はこの警告を無視した上で宣戦布告するだろう。そして私にも帰国命令が出るはずだ。それまでに次の一手を考える必要がある」
「プルートはどうするつもりなの?」
「ルーナとの結婚が絶望的になった今、私はもう帰るに帰れない。正体もばれてしまったし、ここが征服されれば私は緊急帰国させられ、良くて幽閉だろう」
プルートの両腕が震え、左手で右手の震えを止めようとしている。
彼女がそれほどまでに恐れている相手は間違いなくプルートの父親、すなわち、プルート帝国皇帝のことである。牢獄から出たことが知れればしばらくは指名手配となり、この家からはまず出られなくなるだろう。その間はここで生活をしてもらうしかない。
問題はそれを掻い潜った後だ。大公が帝国からのプルート返還に応じてしまえば、僕は両国を敵に回す可能性さえある。一体どうすれば。
「征服なんて……させない。そうだよね、みんな」
「ええ、そんなの当たり前じゃない」
「ルーナの故郷だもんね」
「皆さん……ありがとうございます」
「――お前はいいな、自分や国のことを真っ先に考えてくれる仲間がいて」
「帝国にはいないのですか?」
「ああ。帝国の者たちはみな欲に塗れている。自分の出世しか頭にない。そのためなら味方さえ平気で出し抜こうとする。私はそんな光景を嫌というほど見てきた」
プルートの右腕握り拳が林檎をも粉砕するくらいにきつく握りしめられている。
彼女は1人1人が協力し合って国を守ろうとする隣国が羨ましいのだ。もし帝国が攻めてくるというなら一度帝国と対決し、和睦に持ち込む必要がある。
そのためにはもっとガイアソラスの力を使いこなせるようにならないと。
僕は右腕を見つめながらそう願った。
「ケレスたちが手紙を読んでいないといいけど」
「その心配はないよ。ケレスは下にはとことん厳しいけど、上の言うことにはこれでもかというくらい従順だから」
「さすがは元召使い、ちゃんと特徴を掴んでるねー」
「思い出させないでよー」
「そういえば、アースは元々ウルヴァラ家の召使いだったな。あの家が何故プルート帝国を代表する名門貴族になったかを知っているか?」
「いや、ケレスとは家の話は全然しなかったから……」
そういやウルヴァラ家のことなんて全然知らなかった。
僕がウルヴァラ家に仕え始めた頃、あの家ではパラス・フォン・ウルヴァラが皇帝の命令を実行する宰相として権勢を振るっていた。
無能力者である僕のことなど目にもくれず、娘の成長を見守る暇もないまま戦争に明け暮れてばかりいたが、縮小していく領土を目の当たりにしたパラスは3年前に失意の内に隠居し、家督こそそのままだが一家の実権は一人娘であるケレスに移譲することに。
ケレスはそんな父親を見ていたこともあり将軍を志したが、今はルーナを取り逃がしたことで将軍から将校に格下げとなっている。ケレスがプルートに頬をバチッと叩かれ、この話を聞いた時はちょっとスカッとした。
あの傲慢な態度にはちょっとイラっとしてたし、良い薬かもしれない。
「ウルヴァラ家は元々平民で、当主であるパラスが兵士から将軍貴族に成り上がってからは好き放題に暴れてくれたよ。帝国の財産を浪費し、国境沿いに並べていた常備軍を縮小したせいでドワーフの侵入を許し、植民地を次々と攻略された」
「じゃあ、3年前に最後の植民地が奪われたのは……」
「ああ、お察しの通り、パラスが率いた帝国軍が敗れたからだ」
その時にマケマケ村は何者かによって滅ぼされた。キュビワノ族は僕1人を残してみんな死んでいった――となると犯人は軍の関係者である可能性が高い。
「あのー、そろそろ戻ってきてもらってきてもいいかなー」
僕とプルートの間に水を差すようにジュピターが割って入ってくる。
「ど、どうしたの?」
「今はウルヴァラ家のことは関係ないでしょ。プルートにはここで隠れ住んでもらうとして、大公国はどうするのよ? このままだとプルートを捕虜にしたと見なされて攻めてくるかもしれないのよ」
「その時は戦うよ」
「あんたさー、戦争するのがどういうことか分かってる? ここにいるみんなだけじゃない、国中の人たちの平和を壊すことでもあるのよ」
ジュピターが真っ直ぐな目つきで僕の瞳を見つめて離そうとしない。
まるで戦争の経験者のような言葉に、僕は思わず足を一歩引いてしまった。僕が戦うと言った瞬間から、彼女の表情には怒りの文字が浮かび上がっている。
「軽々しく戦うなんて言わないで。戦争は多くを失う。だからあくまでも最終手段だし、どの国も本当は極力戦争を避けたいの」
何があったのだろうかと詮索したい気持ちが芽生えた。
でも今それを聞くのはあまりにも無神経だ。ジュピターの言うことも分かるし、みんなと平和に過ごせるならそれに越したことはない。ただ、だからといって相手の要望通りルーナを差し出すのも違う気がする。
どちらが大事かじゃない。どちらも大事だからこそ、知恵を絞ってどちらも取る方法に尽力するべきなんだ。
誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんてまやかしだ。
そんなの――本当の意味での平和じゃない。
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