第37話「無能力者、敵を調略する」
急いでプルートに会いに行かないと……でも彼女は怒っていた。
電撃で気絶した彼女をおぶって運んでいく兵士たちが段々と遠ざかっていく。
目の前に困っている人がいるのに助けることもできないなんて……僕はとんでもない裏切り行為をプルートにしてしまった。
「アースさん、泣かないでください。プルート皇子なら大丈夫ですから」
「ルーナ、1つ頼みがある」
「はい、何でしょう?」
僕はルーナを通してプルートと面会できるよう懇願し、プルートが捕まった日の夜、僅かな時間だけという条件付きで彼女と2人きりで会わせてもらえることに。
話を聞いてもらえる保証はない。だが彼女に合わずにはいられなかった。
「10分だけだぞ」
「分かりました」
牢獄の1番外側の扉が固く閉ざされた。個室の扉と牢獄室自体の扉が二重になっており、鉄格子は魔法でも突破できないよう魔法結界が敷かれている。武器も没収され、自力では脱出ができない状態だ。
指定された牢獄の個室を見てみると、そこにはまるで枯れ果てた植物のようなプルートが無気力な顔のまま腐るように地べたに座っていた。
全身には痛々しい傷ができており、それがさっきまでの仕打ちの惨さを物語っていた。なんて酷いことをするんだ。
「プルート……プルート」
僕の呼びかけに彼女が頭をぴくっとさせて反応する。
「……今さら何の用だ? あれがお前たちの作戦だったんだろう」
「本当は僕の家で預かるつもりだったけど、ブラン宰相が兵を率いていたとは知らなかった。大公たちにも君が来るから保護することを伝えておいたけど、こんなことになってしまって……本当にごめん。僕にもっと力があれば、君を守ってやれたのに」
鉄格子越しに頭を下げて精一杯詫びた。だが彼女はこちらを見向きもしなかった。
「言い訳にしか聞こえんな」
「僕のことを裏切り者だと思ってるならそれでもいい。でも信じてほしい。僕は本当に君を助けようとしていたことだけ、どうしても伝えておきたかった」
「――私も帝国を裏切ろうとした。人のことは言えん。だがお前を信じることはできない」
「【回復】」
僕は手を伸ばし、鉄格子から少し離れた彼女に向けて回復魔法をかけた。
彼女の体の傷があっという間に癒えていき、プルートが目を大きく見開いたまま傷がなくなっていくのを確認し、最後に僕の方を見た。
「アース、一体何のつもりだ?」
「無理に信じてもらおうとは思わない。でもこれだけは言える。さっきは僕を信じてくれてありがとう。後は僕に任せて。君をここから出してあげるね。しばらくは安全のためにうちにいてほしい」
「……私が女だと宰相たちにばれた」
「えっ……」
プルートが女性であることを身内以外の誰かが知ることは禁忌のはずだ。だがやけに冷静な上に、もう開き直っている節がある。ばれてしまったものは仕方がないと思ったのだろうか。
いずれにせよ僕の不手際のせいだ。さっきの拷問で体の一部を見られ、それで気づかれたことが容易に想像できた。これでますます帝国にも帰りづらくなった。
「明日には街中に情報が拡散されるだろう。敵の国家機密を晒すのは基本だ。我が国が怒り狂って攻め込んで来ようものなら、私は間違いなく処刑されるだろう」
「……そんなこと、させない」
「えっ……」
僕は右肘から先をガイアソラスに変え、鉄格子扉の鍵をスパッと真っ二つに切り裂いた。
「! ……お前」
「僕はプルートを信じる。何かあれば必ず君を守るって言ったでしょ」
「……ありがとう」
プルートが顔を赤らめたままそっぽを向いたが、すぐにこちらを向いて扉から出た。
「アース、私をここから出してくれるのは嬉しいが、外には門番がいるはずだぞ」
「それなら心配ないよ。もう眠ってるはずだから」
「何だと?」
彼女が耳を澄ませると、牢獄室の外から人のいびきらしき声が聞こえた。
「何をしたんだ?」
「ちょっと眠ってもらった。さっき門番に挨拶した時に【休息】をかけておいた」
「【休息】だと。確か『ヒーリングポーション』に使われている植物型モンスターがよく使う魔法だが、魔力が強ければ催眠の効果も出る」
「そうだよ。これは元々精神疲労を回復する魔法だけど、ガイアソラスの力で魔力を強くしたから、プルートが言った通り催眠効果にもなってる。だから当分は起きないと思うよ。僕は本気で君を助けるつもりであの提案をした。これでもまだ……僕が信じられないかな?」
「……本当に信じていいんだな?」
「うん。任せて」
鉄格子扉の鍵を【修復】で直してアリバイ工作をすると、そのままこっそり2人で収容所から逃げ切った。
何も考えないままプラネテスの家まで走った。
ここまでやってしまったらもう共犯者だ。ばれればただでは済まない。だがこのまま彼女が運命に翻弄されるのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。疲れなんて感じている暇はなかった。周囲に誰もいないことを確認すると、そのまま家へと入っていく。
さっきの戦いで地面にめり込んだ僕の足跡はすっかり消えてなくなっていた。
「! アースさん、どうしてプルート皇子がいるのですか?」
「えっと、これにはちょっと深いわけがあって……」
「ていうかホントに皇子なの? ……それにしちゃあちょっと女性っぽいけど」
「マーズ、失礼だよ」
「アース、もういいんだ。ばれるのは時間の問題だからな」
何かを覚悟したような目つきでプルートが口を開いた。
「私は女だ。ずっとわけあって性別を隠していた」
「「「「「!」」」」」
自己紹介を済ませると、プルートが犯行を自供するかのように全てを話してくれた。ようやく帝国側からこちら側に寝返る覚悟ができたのだ。ペラペラと僕の仲間たちにも事情を話すところからもそれがうかがえる。
あのバイデントから繰り出される重い一撃はガイアソラスをもってしても地面に足がめり込むくらいに押されてしまうくらいだ――ハッ! そういえば、バイデントが没収されたんだった。
「まあそういうわけだ。私はいつお前たちに売られてもおかしくはないと思っている。懸賞金が出た時点で通報したいならそうしてもいい」
「そんなことしないよ。君は僕を信じてここまで勇気を持って来てくれたんだ。今度は必ず君を守ってみせるから安心して」
「あ、ああ」
僕がそう言ってウインクをしてみせると、プルートがまたそっぽを向いた。この様子を見たルーナが気を惹くように僕の左腕に体を密着させてくる。僕らはこれからのことを一刻も早く考えなければならなかった。もう後には退けない。
数日中に帝国側から返事が届くだろう――やはり戦いは避けられないのだろうか。
彼女から故郷を奪ってしまった結果に対し、僕は人知れず罪悪感に苛まれるのだった。
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