第31話「無能力者、幼馴染に雇用を打診される」
プルート皇子はようやく見つけたと言わんばかりに僕の手を取った。
「アース、私の后にならないか?」
「えっと……僕男なんですけど」
「何? 男だと。そのような可愛らしい顔と小さな体でか?」
「は、はい」
いつもこういう勘違いされるから村の外は嫌なんだよなぁ~。
いちいち男ですって言わなきゃならないこっちの身にもなってくれよ。僕はそんなことを考えながらうんざりした顔を見せてしまった。
「金ならいくらでも払おう。今この世界では薬草の乱獲のせいでポーションが段々と貴重品になりつつある。ポーションなしで軍の継戦能力を保てる存在がうちの配下となれば、それだけでも一生飯を食っていけるぞ。それでも嫌か?」
「……お気持ちは嬉しいですが、遠慮させてください」
そう言いながら立ち去ろうとしたが、それを拒まんとするプルート皇子の手が僕の腕を掴み、再び僕らは向き合った。
「私は欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる主義だ」
「放してください。僕はあなたのものじゃありません」
「なら力づくで手に入れるまでだ。ここを手に入れたら、お前も晴れてプルート帝国民だ。私はお前が気に入った。必ず手に入れてやる」
冷徹な目をこちらに向けてそう言い残すと、掴んでいた僕の手を放し、大公が用意した奥の部屋へと去っていった。
これから昼食の時間らしい。
プラネテスのメンバー以外は誰も大広間からいなくなった。完全にもぬけの殻となったが、僕は大公たちが食事中に何を話しているのかを気にせずにはいられなかった。
「わたくしたちもそろそろ帰りましょうか」
「あー、僕、用事があるから先に帰ってて。ちょっとお手洗い行ってくる」
「「「「「?」」」」」
僕以外の全員が首を傾げた。
プラネテスのみんなを家に帰した後、お手洗いの個室でヒドラから吸収した【脱皮】を使い、脱皮した皮が僕にそっくりな形状に変わっていく。身代わりには何の能力もないけど、魔力を使って体を動かしたり喋ることくらいはできる。
そしてフレースヴェルグから吸収した【迷彩】を使い、この身代わりを景色にとけ込ませた。
これで身代わりが普通に歩いていても気づかれない。
僕でさえ身代わりの気配が全く分からないくらいだ。マーキュリーにガイアソラスが吸収した能力を【分析】によって調べてもらった結果、フレースヴェルグには気配を消す能力が、ヒドラには脱皮した皮で自分にそっくりな身代わりを作れる能力があることが分かった。
この2つを組み合わせることで、気配を消しながら身代わりを侵入させられるわけだ。しかも身代わりとは視覚と聴覚を共有している状態だ。
何故こんな能力を持っていたのかを聞いたところ、マーキュリーいわく、太古のモンスターたちにも天敵がいたと考えれば、いずれもその天敵から身を護るために備わった能力であると推測できるそうだ。
【吸収】した能力をただ使うだけでなく、組み合わせることを教えてくれたのもマーキュリーだった。
しばらくはこの身代わりに働いてもらうか。
大公官邸にある食事部屋の扉近くの壁に身代わりの片耳をくっつけると、僕は何食わぬ顔で外へ出て帰ろうとした。
「アース」
「! ケレスお嬢様」
思わず両手を前にして結び、召使いの姿勢になってしまった。
目の前には以前はあまり見せなかった笑顔を浮かべたケレスお嬢様がいた。プルート皇子たちと一緒にお食事されているかと思いきや、そうではなかった。
「プルート皇子とお食事中ではなかったのですか?」
「ええ、席を外してくれって言われたわ。それよりあんたに良い知らせよ」
「良い知らせ?」
「うちに戻ってきなさい」
「ええっ!?」
脊髄反射でのけ反り声を上げてしまった。
一体何のおつもりでそのようなことを。
でも僕は既にルーナの専属護衛として仕えている。もうこれ以上何も望むことはない。
でも……あのケレスお嬢様が僕を認めてくれている。いや、厳密に言えば僕の力ではない。目当てはあくまでもガイアソラスの力であって……僕じゃない。ルーナはガイアソラスじゃなく、助けるために力を使った僕自身を見てくれていた。
「世界で唯一の回復術師、これほど珍しい価値を持った人はいないわ。あんたは私専属の召使い、いや、あんたを貴族に昇格させた上で私専属の執事にしてあげるわ。光栄に思いなさい」
「へぇ~、引き抜きとは随分とせこいことするねぇ~」
「!」
後ろからヴィーナスの声が聞こえた。
振り返ってみれば、家に帰ったはずのルーナたちがまだ大公官邸の外で僕を待っていた。ケレスお嬢様とヴィーナスの視線が合うと、因縁の仲のようにお互いの目線の間を花火が散っているように見えた。いや、一度は殺し合った仲だ。因縁は既にあると言っていい。
九死に一生を得たヴィーナスは、終始冷静な顔でケレスお嬢様を見つめていた。
「あの時は回復術師がいて命拾いしたわね」
「ええ、本当にラッキーだったわ。あんたを倒すまでは絶対に死ねないから」
ヴィーナスが怒りのこもった呟きと共に左腰のホルスターに手をかけ、彼女の顔色をうかがいながら神経を研ぎ澄ませている。
「へぇ~、左利きなのね」
「あたしは交差利きなの。重い銃は右手、軽い銃は左手じゃないとうまく扱えないの」
「私を撃ち殺す気なの?」
「あんたの出方次第ではね」
両者の間にはただならぬ緊張が芽生えている。いつ戦闘になってもおかしくない。
「私はアースを連れ戻しに来たの。邪魔をするなら容赦はしない」
「一度捨てておいて、よくそんなことが言えるわね」
「ケレスお嬢様、何故エリスと僕を入れ替えなさったのですか?」
「――今なら話してもいいか」
満を持してケレスお嬢様が全てを語って下さった。
プルート帝国の皇帝が首脳会談を行った際、帝国屈指の将軍であるケレスお嬢様が無能力者である僕を雇っていたことで周辺国の首脳に小馬鹿にされ、激怒した皇帝は皇族に使えていた優秀な召使いであるエリスをケレスお嬢様に贈呈する形で僕が追い出されることとなった。
つまり、僕が追い出された理由は皇帝の機嫌を保つためだった。
「あんたがいたせいで皇帝陛下が他の首脳に侮られ、我が帝国はますます窮地に陥れられることになった。その上あんたが大公令嬢を渡してくれなかったせいで、私は将軍から将校への降格を命じられたのよ。しかもあんたが回復術師になったことを皇帝陛下の耳に入った時は、あんたを連れ戻すように言われたわ。さあ、戻ってきなさい」
「「「「「!」」」」」
ケレスお嬢様が希望を掴み取ろうとするかの如く手を伸ばした。
一体何の因果だろうか。不思議と戻りたいとは思わなかったが、無意識のうちに手を伸ばしてしまいそうになった。
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