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第25話「無能力者、令嬢の専属護衛に就任する」

 僕はルーナに腕を掴まれながら大公官邸へ向けて来た道を戻った。


 ルーナの僕を握る手はいつもより掴む力が強かった。


 ここにいる全員が既に全回復している状態だが、それもこれも全てガイアソラスのお陰だ。ヒドラの問題はどうにか解決したし、これで再び資源の採掘ができるようになったわけだが、問題はプルート帝国の第三皇帝だ。


 さて、一体どうしたものか。徹底抗戦しようにも、犠牲を強いられるのは嫌だな。


 できれば穏便に解決したいところだが――。


「マーキュリー、アースはさっきの【吸収(ドレイン)】でヒドラの能力を得たんだよね?」

「その通り。アースはヒドラが持つ炎耐性と毒耐性を得た。そして様々な効果を持った放射技を口から吐き出せるようになった」

「放射技って、さっきの毒の息とか?」

「その通り。今のアースなら、脱皮をしてもう1人の自分を作ることもできるはず」

「えっ、増殖できちゃうのっ!?」

「ただし、あくまでも脱皮した皮で作られた個体だから、攻撃を受ければすぐ潰れる上に能力を使うこともできない」

「じゃあ戦力にはならなくても、身代わりみたいに使えるわけだ」


 ヒドラにそんな能力があるとは思わなかったな。


 マーキュリーはアンドロイドであることを僕以外の人間には隠している。


 精巧な技術と魔力で作られた人工頭脳は、知っていることであれば何でも調べることができる便利な機能を持っている。恐らくはヒドラの特徴も瞬時に人工頭脳で調べ、その特徴を理解することができたものと思われる。


 大公官邸まで戻り、外から戻ってきていた大公に玄関前で遭遇すると、ルーナが真っ先に大公に駆け寄った。


 これでもうプルート帝国に嫁ぐ必要はなくなったのだ。


「お父様、お喜びください。先ほどアースさんがあのヒドラを倒してくださったのです」

「何と! それは本当か!?」

「はい。もう山に資源の採掘をしに行っても大丈夫ですよ」

「よくやってくれた。君は本当に素晴らしい!」

「あはは……ありがとうございます」


 大公が僕の手を握りながら意気揚々と僕を惜しみもない様子で褒め称えた。


 大公の手には熱がこもっているようだった。賭けにでも勝ったような満面の笑みを見せ、精一杯の感謝の意を示してくれた。この喜び方からも、本当はルーナを嫁がせたくはなかったことが見て取れる。期限は3日だったが、僕らはたった1日で目的を達成した。


 翌日、大公が派遣した軍が山に害となるモンスターがいないことを確認すると、大公たちは報告を受けて大いに喜び、プラネテスは褒美を貰った上で約束通り徹底抗戦に応じてくれた。


「君たちのお陰で軍を再建できそうだ。本当にありがとう」

「大公、ルーナ様の結婚は無効ですよね?」

「ああ。だがこれで奴らの野望が終わったとは思えない。結婚を拒否したとなれば次なる手を打ってくるはずだ。奴らが軍を派遣した際、これにどう立ち向かうかだが……」

「大公、僕はルーナ様の専属護衛として、命に代えても彼女を守ります」

「!」


 僕がそう言った途端、ルーナが顔を赤らめ、心の底から安心したような笑みを浮かべると、再び僕に寄り添いながら花の香りがする可愛らしい頭を僕の左肩に預けてきた。


 可愛い、そして尊い。守りたい、この笑顔。


 そう思わずにはいられなかった。僕はやはり誰かに奉仕するべきなのだ。その方が僕にはとても合っている気がする。だって人を笑顔にしている時が1番の幸せを感じる時だから。


 令嬢専属護衛か。まさかこんな仕事に就くとは思ってもみなかった。


 召使いだった頃とそんなに変わらないけど、ただ仕えるだけじゃなくて、精一杯困難からお守りするのがルーナに報いる方法だ。


「余程アースのことが気に入ったようだね」

「はい。お父様、わたくしからもお願いします。アースさんをわたくし専属の護衛としてここに住まわせていただきたいのです。アースさんはわたくしの命の恩人であり、プラネテスの大切な仲間なのです。どうかお願いします」

「ふむ、いいだろう。アース、君たちにヒドラを倒した褒美として、プラネテスの家をエクリプスに建てることにしよう。どうかな?」

「それは願ってもないことです。あの、エクリプスって何ですか?」

「エクリプスはムーン大公国の首都、人口約50万人の大都市にして、クレセン島の経済や産業の中心地。すぐそばにあるレゴリス海岸とモーントセイレーネーから豊富な資源が取れる場所」

「ははっ、君は何だか辞書みたいだね」


 マーキュリーが本に書かれているような説明をすると、大公が面白いものを見ているかのように軽く笑った。


 辞書というか、人工頭脳なんだよなぁ~。確かアンドロイドには人工頭脳の中にAIと呼ばれる人工知能システムがあり、自立学習能力を持ちながら常に状況に応じた最適解を導き出せるとても賢いシステムだ。


 見た目は人に似せているし、表面が皮膚で覆われていて怪我をすれば血も出る。


 本人が言うまでは絶対に分からないが、こういう辞書みたいな説明をされる度になんか彼女の正体がばれそうで心配になる。


「エクリプスまで行けば、建築魔法が使える者が住んでいるはずだ。是非とも彼女にアジトのオーダーを頼むといい。アルダシールに案内させよう。アースたちを案内してやってくれ」

「かしこまりました」


 すぐそばで待機していたアルダシール将軍が僕らの案内役を引き受けてくれた。


 荷物をまとめ大公官邸を後にすると、大公たちが快く手を振って見送ってくれた。僕らもその姿が見えなくなるまで手を振りながら段々と離れていく。


 その道中、アルダシール将軍から色々と話を聞いた。


 彼はプルート帝国にかなりの恨みを抱いているようだった。口を開けば帝国の愚痴ばかり。この手の話になると顔がかなり険しくなるが、今日まであった傷が治ってしまっているためか、初対面の時よりもやや威厳がなくなってしまっている。


「アース、体の傷を治してくれてありがとな。実は結構気にしてたんだ」

「いえいえ、回復するのが回復術師の仕事ですから」

「世界で唯一の回復術師である上に、あのヒドラまで倒してしまうとは恐れ入った」

「アルダシールさん、何故プルート帝国にそこまでの恨みを持っているのか、もしよろしければ、是非とも教えていただけないでしょうか」

「――今から14年前の話だ」


 アルダシール将軍が何かを思い出したように空を見上げ、その髪が潮風になびいている。


 かつて帝国に破れ、ここまで追いやられてきた敗軍の将は今、何を思うのだろうか。

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読んでいただきありがとうございます。

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