第23話「無能力者、休火山に侵入する」
プルート帝国の支配を受けた国はいずれも滅びの道を辿っていた。
大地は枯れ、街は荒野となり、誰も望まぬまま密かに息を引き取った。ケレスお嬢様に仕えていた時はそんな噂を耳にすることが多かった。
第三皇子だか何だか知らないけど、何かあれば支配権まで要求してくることは明白だ。ケレスお嬢様専属の召使いだった頃、何度か帝都の宮殿まで赴いたことがあった。厳格な性格の皇帝にその息子たちや娘たちが何人もいた気がする。
帝国の支配が強まる前に食い止めなければ、ここも同じ末路を辿る。
ルーナの故郷は決して滅ぼさせはしない。
「山に潜むモンスターを倒せると?」
「はい。やってみせます。どうか僕らプラネテスに討伐をお命じください」
「分かった。ではやってみせろ。第三皇子がここへやってくるのに3日はかかるだろう。それまでにヒドラを討伐してくれ」
「お任せください」
僕らは大公会議が終わると、すぐにモーントセイレーネーへと向かった。
ふもとは緑に囲まれ、高地は雪化粧されている休火山だ。
山の頂上から中へ入ることができ、そこでたくさんの資源が取れるのだが、そこに太古のモンスターであるヒドラが住み始めたという。
僕らは外から上るのではなく、山のふもとにある洞窟のような入り口から入った。入口の近くからかなり奥までトロッコのレールが敷かれている。これは恐らく採掘した資源を運ぶためのものであることがすぐに推測できた。
いくつかの道に別れていたが、幸いにもトロッコのレールがあったので、それを辿ったお陰で道に迷うことはなかった。
「ねえ、あんな大層なこと言って大丈夫なの?」
「何とかするしかないよ。ルーナを守るには徹底抗戦しかない」
「フレースヴェルグは倒せても、ヒドラはかなり手強いんじゃないの?」
「ヒドラは3つの首を持つ海蛇モンスター。猛毒を持っている上に口から火を噴くこともでき、凶悪さはトップクラス。これも太古の昔に絶滅した」
「その絶滅したモンスターが次々と復活しているのが大きな謎ねー」
「アース、フレースヴェルグの翼を出して」
「う、うん」
マーキュリーに言われるまま、僕は背中からフレースヴェルグの翼を生やした。
すると、マーキュリーが僕の翼をその手で触り、魔導書を召喚する。
彼女の魔導書には様々な種類がある。魔力を強化する魔導書、調べたことを記録する魔導書、モンスターやアイテムなどの分布が書かれた魔導書などである。これだけの魔導書を持ちながら彼女は何を目指しているのだろうか。
触られた途端、何かが触れたような感覚がそのまま伝わってくる。この翼にも神経が通っている。完全に自らの一部となってしまっていると僕は確信した。ガイアソラスの剣と相手の武器で鳴らし合った時は痛覚こそなかったものの、剣の刃先まで何が触れたのかが指に触れたように分かるほどだった。
僕は一体――どんな生物になってしまったんだろうか。
「マーキュリー、何してるの?」
「【分析】でこれがどんな翼であるかを調べてる。翼の性質は吸収した相手の素の状態と全く同じはず。それを分析することで、いつどのようにして生まれたのかが分かる。この魔導書は魔法で分析した結果を記録することができる」
「ふーん、それで? 何か分かったの?」
「……!」
いつもは無表情で何事にも動じないマーキュリーの目の色が変わった。
大きく目を見開いたかと思えば、今度はムッとした目つきになり、しばらくはその魔導書と睨めっこを続けていた。
「ねえ、マーキュリーってば」
「これを見て」
「「「「……!」」」」
「嘘でしょ」
「こんなことが」
マーキュリーの魔導書には恐るべき事実が書き記されていた。
フレースヴェルグの翼を分析した結果、これは死んだはずのモンスターの体の一部を何らかの方法で培養し、再び復活させられた細胞であることが発覚した。つまり太古のモンスターたちは既に一度死んだ個体であったということだ。
太古のモンスターが絶滅したのは間違いない。それを何者かが復活させ、多くの人々を苦しめる結果となっている。
「これって、魔法で復活させたってこと?」
「一度死んだ細胞が魔力によって復活させられた痕跡が確認された以上、それ以外の方法ではまずありえない。これは恐らく、【蘇生禁術】」
「【蘇生禁術】ってことは、誰かが太古のモンスターの一部を見つけてそれを復活させたということね。確かこれは国際法で禁止されていたはずだけど」
「この禁術を実行するには多くの材料が必要な上、生まれつき闇の魔力を持った者でなければまず使いこなすことはできない。通常、闇の魔力を持った者は悪行防ぐ目的で、生まれてから速やかに浄化魔法で奇麗さっぱりと闇の魔力のみを浄化される義務を負う」
「ということは、その浄化魔法を免れた人がどこかにいるってことね」
恐ろしい事実が判明してしまった。
闇の魔力を持った者はそのまま成長すると闇の魔力に体や意識を乗っ取られ、大いなる災いをもたらすとして忌むべき者とされてきた。
それが今、禁術を使えるほど成長した段階で今もどこかで禁術を使っている。一刻も早く捕らえて闇の魔力を浄化しなければ、また太古に絶滅したモンスターを蘇らせてから野に放たれ、またしても大いなる災いとして僕らに襲いかかるだろう。
この世界の人間や家畜となっているファームモンスターたちは太古のモンスターに太刀打ちできるほどの力を持っていない。放置していれば間違いなく滅ぼされてしまうだろう。
「――大変なことになったわね」
「とにかく先を急ごう」
僕に連動するように他の4人もダッシュをし始めた。まずは目の前にいるであろう太古のモンスターを倒さなければ。
洞窟を抜け、山の中にある大きな空間へ出ると、周囲には溶岩が黒く固まった地面、壺の中にいるかのようなゴツゴツとした岩壁の上には大きな穴が開いており、あの穴の上が頂上であることがすぐに分かった。この山が休火山で本当によかった。
その時、地面が大きく揺れ、僕らは今にも倒れそうになる。
バランスを取るので精一杯だ。
「気をつけて。何かが近づいてくる」
マーキュリーが冷静な口調で言った。全員が武器を持って身構えると、空間の地面中央から巨大な海蛇のようなモンスターが現れた。
「「「「「!」」」」」
これが太古のモンスターの1匹、ヒドラに間違いないと僕らは確信した。
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