第22話「無能力者、会議に出席する」
翌日、大広間まで歩いていくと、後ろの方に並んで立つよう指示された。
この日は雲行きが怪しく、いつ雨が降ってきても不思議ではなかった。
僕は正式な場で大公に意見する機会を設けるため、ルーナに頼んで大公会議の場に出席させてもらうことに。
ふと、周囲を見渡していると、大公には部下となる大臣や将軍たちが何人もいる。
黄土色の長い髪に顔に傷を負った頑丈そうで猛々しい印象のアルダシール・ブラッドリー将軍、頭の後ろに薄緑色の髪をまとめたアグネス・ホイヘンス大臣、口周りに髭を生やし、シーザーカットの頭が特徴のブラン・リュムケル宰相。
みんな大公国で長年政務や軍事を担ってきた者たちばかりだ。
ハウメア大陸での僕の活躍を聞きつけたのか、みんな僕の顔を不思議な目でジロジロと見ながら大公が来るのを待っている。
平民である僕らは大公から離れた位置に立ち、ルーナは大公の隣に座るよう勧められるも、僕から一向に離れようとはせず、まだ来ていない人は大公を残すのみとなった。何で偉い人っていつもこういう時に1番最後に来るんだろうか。
そう思った頃、部屋の奥にある扉から大公がのっそりと現れた。
「遅れて済まない。みな知っての通り、ルーナがプルート帝国の皇子に嫁ぐことになった。理由は他でもない。モーントセイレーネーに太古のモンスターが棲みつき、軍に必要な資源を採掘できなくなったためだが、さっき私のもとに手紙が届いた」
「それはどのような手紙ですかな」
「プルート帝国皇帝の第三皇子が、使者たちを連れてこちらに来るそうだ。近い内にルーナとの結婚式を挙げ、ここで我々と共に暮らすことで同盟成立とするそうだ。その際、必要な資源を定期的に渡すよう申しつけてきた」
「あの無礼者共がっ!」
アルダシール将軍が右腕の握り拳を胸の位置まで上げて怒りを露わにする。
背中の鞘にしまっている大きな斧を今にも抜いてしまいそうな迫力だ。
彼らが言うには、世継ぎではない第三皇子を送り、資源を要求している時点で同盟とは名ばかりの支配であり、ゆくゆくは第三皇子に事実上の支配権を与えるつもりらしい。つまり、プルート帝国にとっては第三皇子に領土を与える作業にすぎないわけだ。
万が一のことがあっても痛手はないし、宣戦布告の口実になる。
実によく考えられた戦略だ。帝国はこうやって領土を広げてきたわけか。
「アルダシールよ、これはもう決まったことだ」
「大公、何を恐れているのですか。プルート帝国は隣国との戦争に負け続け、今や二等国家に成り下がった連中です。そんな連中が何度軍を派遣してこようとも、薙ぎ払ってやればよいのです」
「しかし、既に資源は断たれ、我が軍は継戦能力を失っている。再びここに攻め入られればただでは済まないだろう」
「ならば再び山に軍を派遣し、モンスターを倒してから資源の採掘を始めればいい」
「以前それをやって痛い目を見たのはどこの誰ですか?」
「ぐっ、貴様っ! 奴らに屈しろと言うのかっ!?」
さっきからアルダシール将軍とブラン宰相の言い争いが絶えない。
言葉に熱が入り感情的になっているアルダシールに対し、ブラン宰相は詰め寄られても顔色1つ変えずに冷静かつ淡々と反論をする。まるで普段のマーキュリーをそのまま男にしたかのようだ。
ただ、冷静というよりは冷徹という感じがする。
マーキュリーの言葉にはあった温かみは一切感じられない。本当に国のことをちゃんと考えているのか甚だ疑問だ。自分の保身のためにルーナを犠牲にしているとしか思えないが、戦争に負けて国を乗っ取られれば真っ先に責任を問われる立場でもある。
これはかなり難しい問題だ。
「落ち着いてください。私とて諦めたくはありませんが、今はこれが最善の策かと」
「このまま第三皇子に上陸を許せば、他の国にもプルート帝国の傘下となったという印象を与えてしまうのだぞ。ここを狙っているのは何もプルート帝国だけではない。ネプチューン王国もウラヌス共和国もここの資源を求め、いずれは取り合いに巻き込まれるやもしれん」
「その時はその時に判断すればいいのです。まずは目の前の問題を解決しなければ」
「あの……ちょっとよろしいでしょうか?」
恐る恐る手を上げて2人に尋ねた。
2人は水を差されたようにこちらを睨みつけた。
「確かお前は――この世界で唯一の回復術師と噂のようだな。本当にできるのか?」
「はい。では一度試してみましょうか」
「やってみろ」
僕はアルダシール将軍の前に立つと、右腕を掲げて【回復】と強く願った。
すると、アルダシール将軍の全身にあったはずの戦闘によるものであろう傷や痣が嘘のようにスッと消えていった。戦場が居場所の将軍にとっての勲章を消してしまうみたいで、若干の躊躇いはあったものの、証明するにはもはやこの方法しかない。
「「「「「!」」」」」
この光景にその場にいたほぼ全員が口を開け、その強すぎる印象が胸に刻まれたような顔だ。プラネテスのメンバーたちはもう見慣れたようで、平然とその場を眺めている。
「し、信じられん。我々にはまず使えないはずの回復魔法を何故使える?」
「えっと、厳密に言えば、これは僕の力ではなく、光魔剣ガイアソラスの魔力によるものです」
「なっ、あの光魔剣を持っているだと。見せてみろ」
「は、はい」
ガイアソラスを見せろと言われたので、剣の召喚を心の中で命じると、右肘から先が青く美しく鋭い剣の姿へと変わった。
大公たちをはじめとした周囲の人は僕のこの姿に驚きを隠せない。
ルーナはこの剣をうっとりした顔で見つめている。怖くないのかな。他のメンバーたちも恐れを抱くどころかむしろ羨ましいとさえ思っているような顔だし、確かに僕以外に回復術師としての例がないという意味では、そう思うのも無理はないか。
僕も仲間に回復魔法が使える人がいれば心底羨ましいと思ってただろうし。
「大公、噂は本当のようですね」
「ああ、間違いない」
「大公、あなた方が抱える事情はよく分かりました。もしよろしければ、僕をルーナ様の専属護衛として採用していただけないでしょうか?」
「あー、そうだったな。昨日までルーナを護衛してくれた礼をしなければならんな。ルーナの専属護衛になることも、もちろん歓迎する」
「ありがとうございます。ただ、昨日までの報酬は不要です」
「何と、報酬がいらないとは、どういうことだ?」
「その代わり、山に棲みついている太古のモンスターを倒した時は、プルート帝国に対して徹底抗戦をすると約束していただきたいのです」
「「「「「!」」」」」
周囲がまたしても騒ぎ始めた。これは権力への挑戦だ。
ルーナを守るには、もはやこれ以外に方法はない。
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