第20話「無能力者、保護される」
しばらくの時が流れ、僕は静かに目を開いた。
「――ん? ……ここは?」
白く綺麗な天井が少し高い所にあるのを確認した。
「あっ、気づいたみたいです」
「アースさん、わたくしです。ルーナですっ!」
ルーナが前から勢いよく僕に抱きついてくる。
目の前に豊満な膨らみが迫ってくる。苦しい。誰か助けて。
「……ルーナ、ここは?」
「ここはムーン大公国の大公官邸、わたくしの実家です」
「――じゃあ」
「はい。無事に辿り着いたのです。わたくしの故郷に」
彼女の後ろには初対面となる人たちが数人程度いて、1人は僕らの面倒を見てくれた医者だと服装ですぐに分かった。
幸いにもルーナたちは砂浜がクッションとなっていたおかげで軽傷であり、転んで砂塗れになっただけで済んだらしい。みんな既にシャワーを浴びて着替えを終えている。僕に至っては体をぶつけてもすぐに回復できるため無傷の状態に戻っているが、魔力をかなり消耗していたために気を失っていたのだ。
魔力の消耗はその生物が持つ生命力の消耗に比例し、使いすぎると持久走の後のようなヘトヘトの状態になってしまうのだ。さっきの逃走劇ではかなりの魔力を消耗した。
ガイアソラスの魔力こそ無限大だが、僕自身の生命力という限界を抱えている。僕がこの剣の力を使いこなすには、まだまだ修行が足りないようだ。
ダメージを受けても自動的に回復するこの体だが、無理をしすぎると気絶してしまうため、僕の体も例に漏れず魔力の乱用は良くないのだ。今でも全身の筋肉に乳酸が溜まり、ピクピクと痺れている状態だ。痛みは何とか抑えているものの、起き上がるので精一杯だ。
「君が、史上初めての回復魔法を使いこなす人間と噂の、アース・ガイア君だね?」
僕の目の前に現れた背が高く、白を基調とした豪華な服に短く白い刈り上げの髪が特徴のダンディーな男性が話しかけてくる。力強くも低くしなやかな声は威厳を持っており、腰から下げている両手剣は幾多の困難を乗り越えてきた存在であることを示している。
この人たちが保護してくれたのかな。
僕はその男性の顔をゆっくりと見上げた。
「は、はい。アース・ガイアは僕です。この度は僕らを保護していただき、感謝します」
「君のことは娘から聞いたよ。あらゆる回復魔法を使いこなし、敵から吸収した能力を使ってここまでやってきたそうだね」
「はい。無事に辿り着いていたようで何よりです」
「私はアルゲウス・テイア・オルフェウス。この国の大公を務めている。娘を無事にここまで送り届けてくれたこと、誠に感謝する」
アルゲウス大公が感謝の言葉を述べながら頭を下げた。
この人が……大公。確かルーナの父親で、ムーン大公国の最高権力者だ。僕が思っていた以上に迫力がある。僕の目の前で頭を下げているのはとんでもなく偉い人だ。
それが何だか申し訳なく思い、僕も反射的に頭を下げてしまった。
「あらあら、もうお目覚めになられたのですね。ふふっ」
後ろの扉からもう1人が現れた。ルーナによく似ているが、可愛らしいルーナとは少し違い、優雅さの方が目立つほど気品のある人で、灰色の長い髪と上品そうな白いドレスを着用している。
「ああ、今起きたところだ。アース、彼女は私の妻のディアーナ・テイア・オルフェウスだ」
「アース・ガイアと申します。この度は突然の訪問でお騒がせしてしまったようで」
「あらあら、わたくしは構いませんことよ。娘を助けてくださってありがとうございます」
「いえいえ、当たり前のことをしただけです」
「随分と謙虚なのね。まるで召使いみたい」
「おいおい、失礼だろ。これほど素晴らしい者が召使いなわけがない」
「えっと……僕、前職は召使いでしたので、まだその時の癖が抜けきっていないのです」
「えっ……」
「あらあら」
大公は僕を見ながら口を開けて絶句してしまった。
ディアーナ大公妃は表情に余裕を見せ、手を口に当てながら笑みを浮かべている様子。
やっぱりどこの国でも召使いって恥ずかしい職業なんだな。これは僕の口からちゃんと今までの経緯を説明した方が良さそうだ。
大公たちにも僕の過去を話した。マケマケ村が3年ほど前に滅ぼされたことが事実であることを確認した大公はかなりの衝撃を受けていた。そして僕がガイアソラスと融合し、回復魔法が使えるようになった話には返事をすることさえ忘れている様子だった。
「――信じられん。まさかウルヴァラ家からの追放が引き金となってここまで来たとは、何とも不思議な縁であろうか」
「ケレスお嬢様をご存じなのですか?」
「ああ、私は一度、ケレス率いるプルート帝国の侵攻を受けていた」
「そんな……何故ケレスお嬢様がそのようなことを?」
「恐らくは皇帝の命を受けてのことだろう。皇帝はこの豊かなクレセン島を望んでいるようだ。新兵器の噂こそ不明なままだが、このままではまた侵攻を受けるやもしれん」
「やはり、貿易を打ち切った影響なんですね」
「! 何故それを知っている!?」
大公がびっくりした様子で僕を問い詰めた。しまった! これ国家機密だったんだ! あちゃ~、何てことをしてしまったんだろう。ルーナから聞いたなんて知ったら彼女が怒られる。
「あっ、いや、そのっ! これは単なる推測ですので」
「まあいい。お前たちには話しておこう。どの道公表する予定だったしな」
あっさりと開き直った大公はムーン大公国とプルート帝国の国家事情を説明してくれた。
帝国が資源を求めて何度もここを進行しているのは事実だった。だがここ最近は見たこともないモンスターがこのクレセン島を中心に現れ、人々の生活を脅かしているんだとか。
見たこともない生物ってことは――フレースヴェルグもその1匹か?
古代に棲んでいたはずの巨大モンスターが度々大公国を襲い、段々と追い詰められ、次に攻撃を受ければ島を乗っ取られるほどに大公国の戦力が弱体化していた。原因は他でもない。あのムーントセレーネーから採れる資源によって経済や軍事を賄っていたのだが、最近は太古のモンスターの1体がムーントセレーネーに棲みついたらしく、資源の採掘ができなくなってしまっているのだ。
なるほど、それで物流を封じられて滅入ってしまっているわけだ。
すると、話を聞いていたルーナが何やら落ち込み気味だ。
大陸からはとっくに逃げられたはずなのに、どうして気分が沈んでいるんだ?
気になった僕は彼女に事情を聞いてみることに。
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